#31 PROGRESSの選定基準と心構えについて語る月雪フロル【電脳ファンタジア切り抜き】
『まあそういうことだから、ライバーになりたければオーディションを受けろと。……何倍かは知らないけど』
「四期生で応募5000件くらいあったから、ざっと1000倍かな。枠の都合で泣く泣く落とした人が次の回で結局受かったみたいな例も出てきてるから、今後は無理のない範囲で可変枠制にしないかみたいな話は出てたけど」
『へえ、門戸は広がるかもなんだ』
「電ファンも大きくなってきて事務所としての体力がついてきてるし、最終で仕方なく落とした人にお祈りの代わりに再挑戦お願いメールなんて送るよりはね」
『そんなことしてたんだ……』
「それでも一度に引き込める人数には限界があるし、逆にもしいなければ採用枠が減りもするんだけどね。
……あとはもうひとつの手段として、PROGRESSはあるかも。目指すものではないけど」
〈おおう……〉
〈さすがに高いな〉
〈大手はそのくらいになるかあ〉
〈サポートも環境も先輩も手厚すぎるし〉
〈そう思うとライバーの印象変わってくるな〉
〈あんなんでも1000倍突破してると〉
〈PROGRESSなー〉
〈そっちはそっちで茨の道では〉
PROGRESSの先輩たちも言っていたけど、個人勢というのは夢はあれど大変なやり方だ。完全に一から、基本的には全部自分でやらないといけないし、どれだけ良くても運悪く人目に触れないなんてことも珍しくない。中には登録者数百人からPROGRESSに拾われて、そこからは嘘のようにとんとん拍子になった人だっている。
その分だけ個人勢は成功したら取り分が大きいけど、企業はできさえすれば下振れはせず安定するし、何より本人は活動に集中できる。どちらを選ぶかは人それぞれだ。
そのPROGRESSもまた難しいところだけど、こちらはスカウトとは違って方法としては充分ありだとは思う。というのも、オーディションや直接スカウトとPROGRESSスカウトはちょっと基準が変わってくるから。
「できそうかどうか」と「できているかどうか」って、けっこう違うものだ。電ファンだって完全ではないから、できると判断されなくても実際はできたということだってあるだろう。その点、PROGRESSは実際にできているところを見せつければ可能性がある。
もっとも、その「個人勢としてできている」がどれだけ難しいかは推して知るべしだ。PROGRESSにはオーディションはないから受け身にしかならないし。……それを考えられている時点でもはや電ファンにこだわる必要はないのだけど。
『気になってる人は多いだろうし、そのまま聞いてみるか。PROGRESSの選考基準や流れって表に出せたりする?』
「……全部は無理だけど、ちょっとサービスするね。守秘義務を守れるとか言われたことはできるとか、そういうのは前提とした上で、基準は大きく四つ」
『思ってたよりは少ないね』
「核心的なところだからね」
と、ママからいいパスがあった。以前から疑問が多かったところだし、城井さんも頷いたから多少話してしまおう。
「……まずは、電ファンがサポートすることでより良くなると思えること。具体的なところをひとつ挙げるなら、一芸とか」
『ああ。そもそも個人勢でやる方が伸びるなら意味がないと』
「伸びるというか、本人に利点があるかどうか? 電ファン的には旨みはあるけど、同じファン数なら個人勢の方が取り分は多いし、電ファンは方針とか緩いとはいえ好きにできるし。……ただ、それでも企業サポートを得られる方がいいって人も少なくないから人によるよ」
〈こういう話助かる〉
〈個人勢集まるぞこれ〉
〈利点か……〉
〈つまりライバー側も断れるってことか〉
当たり前だけど、電ファンでサポートすることに利点がないと判断されれば、今どれだけ人気でもその時点で選考から外れる。当然ながらそこはシビアだし、言うまでもなくそこで弾かれる人が一番多い。これは仕方ない。
その一方で、真逆の話。電ファンのサポートなんて要らない、というパターンがあるのがオーディションとの違いだ。企業にしては緩めとはいえ電ファンにも方針や制限はあるし、雑務と引き換えとはいえ配信以外のライバー活動もやらなければいけなくなる。個人勢のままの方がいいという人は多いし、実際これで断られたことは過去にあった。
「次、キャラ負けしないこと」
『身も蓋もないね』
「大事だよ。一個前にも繋がるけど、本人に魅力があっても電ファンの中だと埋もれるなんてことは有り得るから。あまりにもキャラが被りすぎる人がいたりとか、電ファンの濃さに押し流されたりとか」
なにしろ電ファン、こんなだから。たとえばまっとうで素直なバーチャルシンガーあたりを引き込んでも、それはそれで困ってしまうことだろう。既にPROGRESSに濃いシンガーがいるし余計に。
『フロルが言うと説得力あるね』
「私はない方だけど」
『みんなそう言うんだよ。……まあ少なくとも、電ファンの初配信でインパクトで負けないくらいはできないとか』
「むむむ……っと、まあそういうこと。内部から言うことじゃないけど電ファンってVtuberとして必要以上の激ヤバ集団だから、元々そういう感じか、朱に交わって赤くなれる人じゃないと多分苦しくなっちゃうと思う」
『本当に内部から言うことではないね。……そっか、電ファンってVtuberとしての能力さえあれば務まる場ではないんだ』
「これはオーディションでもそうだけどね。まあこれは仕方ないかな。どうしても『@プロジェクト』あたりのほうが向いている人はいるし、むしろそっちの方が多いと思う」
〈意訳:芸人として振り切れる奴じゃないと無理〉
〈セレーネとか心愛みたいなのじゃないと……〉
〈これは1000倍ですわ〉
〈それはそれとしてフロルはトップクラスだろ〉
〈激ヤバ集団の自覚だけはあったんですね〉
これは元々はそんなつもりではなかったらしいんだけど、0期生こと発起人三人組の時点でもうわかっていたことだと思う。スカウト二人を含んだ一期生の五人もあんなだし、最初から方向性は固まっていたことだろう。斜め上に。
同業他社でシェアを分け合う大手に『@プロジェクト』があるけど、向こうは電ファンほどはコントに振り切っていない。アイドル売り主軸の子も、とはいえちゃんと面白くはないといけないとはいえ所属できる。一方でエンタメ性は電ファンのほうが強みになっているから、このあたりは競合とはいえ役割分担だ。
「それから性格。ちゃんと人当たりがよくないと電ファンは入れないから」
『確かにそんな感じはあるね。まあ、今や大手事務所はどこもそうだけど』
「電ファンは特にだよ。プロレスも多いから裏では仲良くできてないと話にならないし」
『もしかして今不仲営業中の先輩に営業妨害した?』
「ああいうのは成熟してからバラされて誤魔化すところが一番面白いの」
『惨いこと言ったね今』
どの界隈もだいたいそうだけど、黎明期はどうしてもいろいろ甘くなる。ただ、この業界は特に昔いろいろあって。あんまりにもトラブルが多かったものだから、こと最近の大手はあんまり性格面に不安要素があるとそもそも獲らない。
だから電ファンのプロレスは100%じゃれ合いだし、不仲営業は下手だ。人がよすぎて漏れてくる。……ちょうど今夜それをやっている先輩たちのコラボがあるから、みんなで見ようね。
「ほら、電ファンにはハウスがあるでしょ?」
『あー……』
「ここは希望したライバーなら住めるの。つまりライバーの中にトラブルメーカーとかサークラが混ざると、最悪シェアハウスごとギスる羽目になって」
『だからそもそも厳しめに見てると』
〈しっかりしてんのな〉
〈電ファンらしいといえばらしい〉
〈あの三人のマインド生きてるなー〉
もっとも、これは順序が逆かもしれない。厳しく見ているからこそシェアハウスなんてできる、というか。そもそもハルカ姉さんと、その親友である0期生がそういう好みをしているし。
具体的には言わないけど、PROGRESSの選考のときにはライバーの誰かがコラボを持ちかけて、抜き打ちで裏での様子までしっかり見る。見栄えがよくても裏での態度が悪かったりしたら二度と関わらない、くらいのことは当たり前にやっている。
こちらとしては今後ずっと一緒にやり続ける仲間を選ぶ場面だからね。自分が嫌な思いをする羽目にならないようにしっかり探るし、だからこそそれを潜り抜けたPROGRESSのメンバーはそのチャンスを逃さない。
そういうところを見ると、やっぱりプロだなとは思うものだ。もう私も置いて行かれる気はないけど。
「で、最後。なんだかんだこれが一番大事」
『それは?』
「本気でやれること」
『……そりゃそうだね』
「ちょっと言いづらいことだから小声で言うね。……もうひとつの名前よりもライバーであることを優先する必要があるよ」
『正真正銘ライバーとして生きていく、ってこと?』
「うん。まあ公式な選定基準ではないんだけど、みんなそのくらいの気持ちでやってるから。それはわかっておいたほうが、心の準備ができるかも」
〈?〉
〈当たり前では〉
〈ああ、そういう〉
〈際どいとこまで言ってくれるね〉
〈生半可じゃついていけないと〉
この二週間、活動しながらずっと考えてきたことがあった。背中を押されるまで私が怯え続けたのは何だったのかだ。……もちろん自信のなさもあったけど、それ以外にも。
たぶん私は先輩たちを間近で見てきたせいで、この覚悟を肌で感じてしまっていたんだと思う。今なら杞憂だったの一言で済むんだけど、それは私自身の話。雑用程度に出席していたオーディションの選考会議では、一見するとよさそうな受験生が暗黙の一致であっさり落とされたりしていた。
『つまり裏を返すと、オーディションに通った子達は素で』
「そうなの。だから私、ほんとに尊敬してて」
『フロルもその仲間じゃないの?』
「そうありたいけどね。背中押されないと覚悟決められなかった弱腰を私だけは忘れちゃいけないし」
『……そういうところが好かれるんだろうね』
〈てぇてぇ来た〉
〈フロルの同箱好きは良き〉
〈自己評価が低い!〉
〈覚悟キマってる奴に背中押してもらえるのは凄いことなんだぞ〉
私がライバーのことが好きなのはきっとそれもある。みんなと肩を並べることができれば、私自身のことも胸を張れる気がするし。
まあ見てて。いつかちゃんとそうなるから。
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