#33 【電ファン切り抜き】無慈悲な罰ゲームで地獄が始まる四期生メリカ【野々宇千依/アンリ・ブラウン】

 というわけでレース開始だ。仕様上、スタート地点では常にライバー六人が前に固まる形にはなる。まあ、いつまでもつかは別として。


「じゃあみんな、いくよ! 闇のレースの始まりだぜ!!」

「よくテンション上げられるよね」

「こうなったらやるしかないからね」

『白々しすぎるだろこの先輩……』


〈諦めがよくてよろしい〉

〈悲壮感を感じる〉

〈まあ誰よりも酷いことになるのは目に見えてるし……〉


 まあ、とりあえず一戦目はいわば前哨戦だ。参加者の半分は普段と違う動きをしてくるけど、それだけ。何より参加しているリスナーは基本的に自分の推しに罰ゲームを受けてほしいものだろうから、少なくとも罰ゲームが偏るまでは誰かが集中して狙われるなんてこともない。

 強いていうなら、全員普段より被弾が多い。


『うわ、また赤飛んできた!?』

『きゃーばくだんー!? ひどいよみんなぁ』

『うわっとと、……おい、戻ってくるんじゃない! 一度の無敵で一人を轢くのは一度にしなさい、君助手くんだろ!』

「これアレですね、単純に前逃げして混戦地帯から離れた方がいい! だからこのバナナは仕方ないと思わないとやってられない!」


 いい具合に地獄絵図になっていた。リアルタイムでは数える余裕なんてなかったけど、被弾回数は一戦目からいきなり切り抜きで数えられるほど。……なんと今回、全体の被弾回数をダービー形式で数える手の込んだ切り抜きが電ファン公式から出されて、電ファン全体でもトップクラスの再生回数を叩き出すことになる。






 ただ、今回はライバー六人に対してリスナー六人だ。しかも当然、先着順だから毎回綺麗にそれぞれのファンが一人ずつとはいかない。

 そうなると各々が複数人に狙われる回や逆にノーマークになる回が発生する。初回から名前に「民草」とある清々しいほどの私狙いが二人いる一方、ちよりんと陽くんは野放しになっていた。


『あれ、勝ってしまいました』

「フロルちゃん、可哀想なくらい狙われまくってたからね。マッチング運次第でこういうこともあると」

『ノーマークで二人狙われのフロルに負けたんだが……』

「こ、これを……あと二時間……?」

『しかも罰ゲームしながら……』


 そういう偏りがある以上はおかしなことではなかったんだけど、いきなり番狂わせとコメントが賑わった。一位はちよりんで、私はライバー内二位となる三位でフィニッシュ。マギアちゃんが続いて、残り三人が沈んだ。

 なおこの配信、予定では二時間やることになっている。けど、誰かの体力が尽きる方が先かもしれないね。なにしろ一レースが、つまり罰ゲームの期間が思っていた以上に長い。


「あの、みんなおかしいですよね? さっきまでもっと落ちろって言ってたのに、終わったら終わったでなんで一位取れてないんだは理不尽ですって!」

『おかしいのは二人に狙われて全体三位にいるフロルだろ!』

「結局みんな推しがなんかさせられてるのを見たいだけなんだー!」

「うん、一レース目で本質突くのやめてね」


 ともかく、これで最初の動きが決まった。ハンデはちよりん、罰ゲームはそのちよりんから陽くん、アンリさん、ゆーこさんのいずれかに向けてだ。


『想定外ですが……とりあえずハンデの方を見てからにしても? どのくらいの空気感なのかを確認したいので』

「おっけー。じゃあ引くよ……はいっ」

「ふむふむ、『今使っているカスタムのパーツ禁止』だって!」

「あ、ほんとにルフェ先輩も来た」

『なるほど……ハンデらしいものが来ましたね』

『同じのを三回くらい引いたらしんどくなってきそうだな』


 小ハンデのほうの箱からエティア先輩が引いて、それをちょうど入ってきたルフェ先輩が覗き込んで読んだ。……まあ、いいか。向こうに二人いた方が実況と解説みたいな形で場が持つだろうし。

 そしてハンデの内容だけど……まあ、困るけど一度くらいなら大丈夫、という塩梅。このゲームは対戦の性質が強いから当然なから最強カスタムというものもあるんだけど、それにも次点に位置するものは存在するから。

 一応引いたものは戻されなかったけど、こういうありがちなハンデは複数枚入っているものだろう。私もそのうち当たるものと思っておいた方がいい。




「さて、罰ゲームはどうする?」

「まあ、たぶんハンデよりは精神的にきついやつの方がいいよね。じゃないと誰も一位狙わなくなっちゃうし」

「だけど、ゲーム内のものじゃないほうがいいかも。遅かった子をさらに遅くしても……」


 続けてちよりんが罰ゲームを決める番だ。幸いにしてどんな罰ゲームになっていくかはなんとなく感覚の擦り合わせが行われた気がする。

 まあ、パーティゲームの罰ゲームくらいの温度感でよさそうだ。そう確認した上で、ちよりんの選択は。


『……では。アンリさん、語尾を『ザウルス』にしてください』

『ティラノ剣○!?』

「いきなり相当キツいのを……」

『ちよりん意外と守備範囲広いんだな……』

『わかったザウルス。負けは負け、仕方ないドン』

『…………これ吹き出さなかったの、ほめてもらえる?』

『普段っ、優男イケボなアンリさんの、ティラノ○山っ……破壊力やばいっ……』

『こりゃ今後の罰ゲームのハードル上がったぞ……』

「なんてことしてくれたのちよりん! 結果的に一位も罰ゲームみたいになっちゃったよ!?」


〈草〉

〈これは草〉

〈wwwwwwwwwww〉

〈アンリのティラノやばすぎ〉

〈腹よじれるwwww〉

〈ちよりんがこういうネタいけるってだけで強いのに〉


 なんというか、振り切ってきた。ちょっと予想外だ、ちよりんは素で凄いだけで意図的にボケるのは苦手だと思っていたから。そんな古のネタを無表情で投げてくるとは思っていなかった。

 ただ、どちらかというと即座に完璧にやってのけたアンリさんに持っていかれてしまう。普段はCV石○彰系のキャラなのに。やはり逸材だ、このひと。






 アンリ・ブラウン。四期生の同期である私立探偵の男だ。少々胡散臭いが探偵としてはとても有能という触れ込みだけど、ライバーとしては推理の機会なんてそうそうあるわけでもないからただ胡散臭いだけである。

 長躯痩身の優男、伸ばして括った茶髪、細目に掛けたモノクル、なぜだかとても裏切りそうな声色。完璧である。神父服とか似合いそうだ。


 その一方で彼、ある特技を持っている。それが怪力で、ここまでの黒幕系そのものの出で立ちとは似ても似つかぬそれを初配信でいきなり披露してのけた。

 そういうときの相場はリンゴだと思うのだけど、彼が用意したのはまさかのカボチャ。「リンゴは陳腐だしスイカは柔らかすぎる」とのことだけど、なんとこの男は本当に素手でカボチャを砕いた。はっきり言って危険人物だ。


『千依くん、見つけたザウルス』

『ひっ!? わ、私などに構っているのではなく、一位を狙いに行かれたほうが……』

『罰ゲーム後は安全ザウルス。それにフロルくんにはもう追いつけないドン』

『痛ぁっ!? ……やはり一位は実質罰ゲームではないですか……!』


 そんな彼が、嬉々として珍奇な語尾を振り回しながらそれを強要したちよりんを追いかけ回している。あんまりなやり取りに他のライバーと各コメント欄は笑いが止まらないけど、その一方で私は我が身だった。他が固まりすぎて二位か三位を確実に狙うことは難しいし、一方で前回運がよかったちよりんがいなくなってマークも一人になった今となっては独走は難しくない。

 まあ、最初から手を抜く気なんてないからね。せっかく作ってくれた大ハンデもありがたく頂戴していこう。今回はちゃんと無双するつもりだし、みんなそれを求めているだろうから。




「さすがに一人しか民草がいなかったらハンデなしじゃ勝負にならないね」

「フロルちゃんほんとさすが……さ、どっちからにする?」

「ハンデから見よっかな、軽いほうはオチになるような強度じゃないみたいだし」

『罰ゲームのほうが重いザウルス』

「そうだね、ちよりんがいきなり本気出したせいでアレが相場になってる」


〈強すぎる……〉

〈ダメだこいつ速いわ〉

〈ガチ勢技術をポンポン使うのやめろ〉

〈追尾三つはないと当たらないのに取りに下がったら追いつけなくなる〉

〈純粋な走力が〉

〈今回の民草はよく頑張ったよ〉


 二戦目は無事に一位。しかし狙われたちよりん、うまくいなしつつ最後のアイテムをうまく決めたことでギリギリ三番手に滑り込んだ。言わないでおくけど、私は一位を獲りまくってハンデで雁字搦めになることを期待されているのはわかっている。

 さすがに大ハンデのほうは怖いけど、一歩間違えば誰でも受けることになる小ハンデは大したものではないだろう。ということで、ルフェ先輩がドロー。


「ふむ。順位表示見るの禁止、ですっ」

『まあ、まあ……』

『調整はできなくなったな』

「ひたすら逃げるしかなくなったけど、そんなに変わんない?」


 比較的軽いものを引いたかな。安全にいくだけならライバー内二位か三位に収まるほうがいいけど、それはできなくなったくらい。あとはアイテムの出方の調整か。

 どうやるのかと思ったけど、モニターの順位が表示される左下の一角に手動でダンボールを貼られた。ゲーム側に想定されていない縛りプレイだからちょっと雑だ。


「さて、罰ゲームどうする? 千依ちゃんは逃げ切ったけど」

「そうだなぁ……禁止系の罰ゲームってあるじゃないじゃない、破った場合のお仕置きの用意とかその荷物の中にあったりする?」

『あっ馬鹿おい』

「いくつかあるよ。ただ、それをやるならお仕置き内容はこっちが重さに応じて決めるね」

『フロルくん!? 君自分が今何やらかしたかわかっているドンか!?』


〈!?〉

〈パンドラの箱が開いてしまった〉

〈自分も受ける可能性あるんだぞ?〉

〈芸人魂が過ぎるだろこいつ〉

〈進行側も準備がよすぎる〉

〈各マネが嬉々として乗ったと思うと面白すぎるな〉


 うんうん、やっぱり罰ゲームはそういうのもないとね。というか、アンリさんが完璧にこなしたからよかったけど、これは今回の時点で適用されているべきだったんだ。

 ともかく、これで罰ゲームの幅は広がった。本命のすぐに思いつくものは後回しにして……。


「じゃあゆーこさん、悲鳴禁止で」

『殺す気!?』

「もう幽霊でしょ」

「それなら……違反する度に悲鳴のフリー音源を幽子さんにだけ流そっか。それへの反応だけは許してあげよう」

『いやあああ!?』

『じ、地獄がはじまったのかも……』


〈GJ〉

〈これはいい仕事〉

〈実質被弾する度に悲鳴と同じで草〉

〈助かる〉

〈需要をよくわかっておられるな〉


 ゆーこさん、早くも悲鳴が健康にいいとされつつある。それを見越してのお仕置き内容だろう。……なんか、ライバーでの遊び方では私とエティア先輩で似通っているのが何故か悔しい。

 そしてそれと同時にアンリさんの罰ゲーム終了、ただしちよりんのハンデは継続。少しずつカオスへの道筋は開けてきている。

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