#9【九部屋の館】後方腕組み同期と最近話題のやつ【四ツ谷幽子と月雪フロル|電ファン】

 月曜日の教室は、普段より少しだけ新鮮に見えた。


「なあ、電ファンの新人見た?」

「見た。相変わらずの狂人揃いでマジでおもろい」

「ぶっ飛んでなければ電ファンじゃないみたいなところあるしな」


 まあそう言われても仕方ないと思う。私たちはそういう事務所に入ったのだから、それと運命を共にすることは当然だ。

 フロル自分のことも言われているけど、そう演じられていることを誇りに思いこそすれ恥じたり怒ったりなんてしない。


「あの中で推すなら誰?」

「ちよりんはアリ。ちょっと変態っぽいけど」

「話聞いてて飽きなそうなのはアンリさん」

「好みに忠実になるならマギアちゃんね」

「それこそ幽子さんだろ」

「陽くんを見守りたい。弟みたいで可愛くない?」

「一番面白いのはフロルちゃんなんじゃないかって思ってるよ」


 割れてるね、いいことだ。やっぱり全員に人気が出るに越したことはない。もちろん自分のことを面白いと思ってくれるのも嬉しいし。

 四期生に限らず、電ファンはコラボ適性が高い人が多いから私も楽しみだ。年功序列での上下関係は少なく対等に近い空気感とはいえ、やっぱり先輩とのコラボはもう少し我慢しておいたほうがいいけど。そのうち誘ってくれるだろうし。


「全然知らないんだけど、そんなに面白いの?」

「Vはいいぞ」

「特に電ファンとあとプロはガチ」

「漫才とゲーム実況とドラマを一度に見られる」

「ちょうど新人が入ったし、今が始めどきだから見よう」


 布教助かる。一昔前はVtuberへの風当たりも強かったけど、時間が経って浸透してきたこともあって今は大衆に受け入れられつつある。アニメやボカロなんかも通ってきた道だ。……とはいえ、クラス規模でここまで盛り上がるのはかなり先進的と言うほかないけど。

 笑いとエモとてぇてぇと時々それ以外をお届けするので、電ファンをよろしくお願いします。私も頑張りますから。


「朱音的にはどうだった?」

「よく尖っていて面白かったですよ。それでいて締めるところは締めていたので、あのまま任せておけば間違いはないだろうな、と思いました」

「ものの見事にキャラが立ってたもんね。よくあのレベルを六人も集めたよ」


 ……あのかなり小柄なクラスメイト、九鬼朱音は、電ファンを持つ芸能事務所が入っているグループの跡取り娘だ。将来的には遠い上司ということになる。

 同じクラスにいるのは凄い偶然だけど、友人として見ている限りでは安心して任せられるのだろうと思う。あの子は幼少期に難病で何度も生死の境を彷徨ったそうで、今も体力が絶望的になく体育はやったこともないけれど、代わりにそれ以外の全てを有しているといっていい完璧令嬢だ。

 そんな朱音も見ていたらしい。自分のところの傘下の新人だからといってしまえばそれまでだけど、電脳ファンタジアという事務所の規模を感じて引き締まる思いだった。


「……持ち切りだね」

「うん。三期生のときよりかも」

「当事者としてはどう?」

「嬉しいよ。元気が出る」

「よかった。……私もだよ。宣伝してくれたおかげでいきなり二件依頼が入った」

「おお、おめでとう。私が言わなくても時間の問題だったとは思うけどね」

「四分割のカオス画面のおかげだよ」


 普段なら席に鞄を置いた後は適当に誰かに話し掛けに行くところなんだけど、どちらを向いても私たちの話をしている。おかげで挙動不審になりかけたけど……この中で唯一私の正体を知っている人が呼んでくれた。私と同じく明かせない立場に少し窮屈そうなことりだ。

 どうやら好き語りの一環で出したことで、たった二日でいきなりお仕事の話が舞い込んできたらしい。布教がしたかったのは本当だから、それは私も嬉しい。


「あとは昨日のフロルと幽子さんな。いきなりかっ飛ばしすぎだろ」

「ガチRTAだもんなぁ。ちゃんと上手いし」

「全編脊髄たっぷりで最高に電ファンだったな」

「幽霊が深夜に怪談朗読もシャレにならないって」

「自分の話に自分がビビってちゃ世話ないんだよなぁ」

「本人降臨からの絶命音は切り抜き出るでしょ」

「もう出てるよ」


「……言われてるね」

「意外と人って脊髄で喋れるんだなってわかったよ」

「絶命は」

「ああいうのはさすがに出そうとして出してると思ってた」

「素で出たんだ。……配信か。絵描きがやるのは珍しくないし、考えてみるのも……」

「ほんと? じゃあ親子やろ」


 昨晩も時間の許す限り配信タグとファンアートに目を通したけど、やっぱり反応が見えるのは嬉しい。わざわざそういうタグをつけてただのアンチコメをしてくるアカウントをミュートしておくのも、様々な側面から見て早い方がいいし。

 ……sperママが配信に出てくれるなら、それも楽しみだ。そういうのにも少し憧れていたところはあるし、友達としてもこの子がもっと日の目を浴びるのは大歓迎。


 点数を計算したところ、私は少なくとも卒業はほぼ確定している。附属校だから受験の心配も要らないし、調整しながらとはいえ配信は多めにできるはずだ。

 今日と明日はひとまず同期に譲ってお休みだけど、それからはどんどんやっていく予定だ。何よりもまず、楽しんでいこう。

 ……ああ、そうそう。雑談のネタは逃さず探すようにしないとね。身バレの危険がない程度に。





  ◆◇◆◇◆





 その週の金曜日。まだデビュー直後ということで、少しだけ活動頻度は控えめになっている。水曜の夜に二度目のゲーム配信をやって、昨日はお休み。……配信以外にも意外とやることあるんだよね、Vtuberって。

 そんなわけで通常配信はまだ二度しかやっていないのだけど、今日は早くも望まれはじめていることをやる。


「……カメラマイクOK。立ち絵はダウンロードできた?」

「うん。あとは始まったら持ってくるだけで……」

「ウィンドウの下に隠しておいたらワンクリックで出るよ」

「ああ、確かに。フロルちゃんはやっぱり頼りになるね」

「先輩たちのを見て覚えただけだよ」


 現在地は同期の幽霊、四ツ谷幽子さんの部屋。自室からWebカメラとマイクを持ってきて、PCに繋いで動作確認までしたところだ。

 初配信でこれを例に挙げたのはあくまで言い出しやすかったからだけど、全員の需要に綺麗にハマったこともあってとんとん拍子で本当にやることになった。わずか一週間足らずでのことだ。


「……うん、入りはこんな感じで。始まってからは私がフォローするから、ゆーこさんはゲームに集中しちゃって」

「ありがとう。じゃあ、お任せするね?」






「うらめしやー。電脳ファンタジア四期生、幽霊の四ツ谷幽子だよ」


〈うらめしやー〉

〈うらめしやー〉

〈ゆーこさんにしちゃ早い時間〉

〈コラボと聞いて〉

〈もうコラボか〉


 ゆーこさんの特に凄いところは、早くも確かなファン層のターゲッティングができている点だ。四期生唯一で電ファンでも有数の抜群のプロポーションはもちろんのこと、とにかく配信内容面での好みでファンをつけることがよくできている。

 特にホラー好きが多い。怖がるのがなんだかんだ好きな層と、自身は強くて反応を見たい愉悦民の二種類がいるけど。初配信でいきなり時間の半分をホラゲに割いてみたり、二回目で既に深夜帯に枠を取りつつ怪談を見事に語ったり。

 それ以外だと、単純に深夜帯のリスナー。他のライバーがなかなかいない時間帯に雑談やゲームをしているだけでも、けっこう有り難がられるし人が来てくれるのも箱の強みのひとつだろう。


「さすがにもうわかっちゃってる、というか隠す気もなかったからさっそく出てきてもらいましょう。どうぞ!」

「はーい! みなさん、コンロンカー! 同じく四期生、アルラウネの月雪フロルです!」

「というわけで初コラボだよー。初配信のときに言ってくれていた通り、今日はホラーゲームを見守りに来てくれました」

「ありがたそうな言い方しなくていいよ。今日は愉悦民と一緒に楽しみに来ただけ」


〈コンロンカー〉

〈コンロンカだ〉

〈一週間足らずでコラボ、電ファンのいいところだ〉

〈電ファンハウスさすが〉

〈幽子さんで遊びに来たんですね〉

〈フロルは俺ら側だったか〉


 そう、こんなに早くコラボができるのもこのシェアハウスのおかげだ。普通なら連絡を取りあって距離感を探るところからだけど、半分くらいとはいえ同居ともいえる部分があるから意思疎通がやりやすい。


「ってわけで、今日やっていくのはこれ。最近先輩たちの間でも流行ってる『九部屋の館』」

「思いのほか流行りに媚び売るね?」

「コラボだし」

「私のことを思って? 嬉しいよゆーこさん」

「ん、てぇてぇ営業? 昨日のアレ見てるし、このくらいじゃ絆されないよ?」

「アレね……ほんとしてやられた。反撃を食らうのは何回かやってからのつもりだったのに、悔しい」

「私はこのほうがかわいいと思うけどね」


 そう、あの動画は昨日出されてしまった。私は再来週あたりまで待ってほしかったんだけど、スタッフさんたちの意見はゆーこさんと同じだったらしい。

 ただ、どちらかというとドッキリの反応そのものよりも半分寝惚けた状態でのてぇてぇムーブのほうがダメージが大きくて。傍から見ている分には面白かったけど、当事者になると恥ずかしいね。

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