#10 四ツ谷幽子の新鮮な悲鳴の数々と愉悦民フロル【電脳ファンタジア切り抜き】
さて。今日やっていくゲームは『九部屋の館』だ。最近特に配信者の間で流行っている、謎解き脱出ホラーのインディーズゲームである。この系統のゲームはいくつかシリーズ化されていて、もはや新作が出る度に大半のライバーが触るのが恒例になっている。
反応比較集のような切り抜きが上がるものだから私も自分でやろうか迷ったんだけど……月曜日に試しに過去作をやってみたところ、マネージャーさんと先輩たちに口を揃えて「この反応ならいきなりコラボでいい」と言われてしまった。
「暗黙の了解的なところのあるシリーズものということもあってチュートリアルがちょっと不充分だから、ゆーこさんには軽く説明しておくね。新人ライバーを見に来てくれるリスナーさんの多くは知ってるとは思いますけど、知らなかったら一緒に聞いてください」
このシリーズには共通のコンセプトがある。「基本となるものによく似た場に発生する様々な怪奇現象を目の当たりにする」というものだ。ずいぶん前から手を替え品を替え、マイナーチェンジを繰り返しながら続いてきたスタイルである。
それ以上の部分は作品ごとに少しずつ異なるんだけど、今回の場合はこう。
「主人公は目が覚めると、見覚えのない館の一室に閉じ込められていました。その不思議な館には出入口が二つだけ、しかもその先は別の部屋……隣とほとんど同じ内装の部屋と繋がっています」
「半分くらいは昔ながらの館ものなのかな」
「その部屋には元の部屋にはなかった怪奇現象があったり、なかったり。唯一明確に区別がつくのは部屋の番号を示す数字のプレートだけで、適切な行動をしなければ何故か0番に戻されてしまいます」
「つまり、間違い探しホラーだね」
「ざっくり言うとそう。シリーズ内には間違いの有無だけを問うものと対処を求めるものがあるけど、今回は対処ありだよ。正常に直せるものは直して、無理なものは上手く逃げる。やること自体はそんなに複雑じゃないはず」
ただ、今回は連綿と続くシリーズの中でも方向転換を図った挑戦的な作品だ。具体的には、ホラーテイストがこれまでより強い。
ホラー好きだけどホラーに弱い、怖がりなゆーこさんはどれだけ耐え切れるかな?
まずは最初の部屋を探索して、基本の状態を覚えておく。これが基本になるから、ここをおろそかにして間違えると本当に大変になってしまう。その昔、過去作で合っているものをずっと勘違いし続けて珍伝説を作り上げたライバーが存在したりもした。
とはいえそこはホラー慣れ自体はしているゆーこさんだ。慣れすぎて「ここに何か出そう」の段階からびくびくしてしまってはいるものの、ここまでは問題なく進む。……まだだ、まだ笑うな。既にちょっと楽しいけど、まだ始まってもいないんだから。
そしてほどなく、ゆーこさんは動き始めた。まずは0番と書かれた廊下を抜けて、最初の部屋へ。
ところがゆーこさん、持っていた。
「えっ、なになになに、すごい音するんだけど」
「うわ、いきなりヤバそう。何か起こったときは、何かしないといけないときだよゆーこさん」
「で、でも何すれば……ひゃあっ!?」
「あ」
〈あっ……〉
〈えっ何〉
〈うわ〉
〈これは……〉
〈いきなりこれかよ〉
〈幽子さんすげえや〉
〈これが配信者パワー……〉
〈ほら走って!〉
〈!?〉
〈うわ!?〉
〈こわ〉
〈ヒュンってなった〉
〈まあ初見でこれは無理よ〉
最初に引いた怪奇現象がまさかの、
間違い探しとしてじっくり確認して回ることが基本になるこのシリーズでは恒例の、たまに焦らせてくる当たりの怪奇現象だった。操作そのものはまともにできているゆーこさんだったけど、右も左もわからないところに最初からいきなりこんなものを投げつけられてしまえば適切な対応なんて不可能だ。
「な、なに今の……」
「あー、ゲームオーバーだね。最初からやり直し……まあそもそも最初だからノーデメだけど」
「まさかいきなり床全部抜けるとは思わないじゃん……っ」
「うん、私も思わなかった。怪奇現象が出る順番や頻度はランダムだから、運が悪いといきなり凶悪なのが来るんだよね」
ちなみに、たぶん今回の正解は「ベッドに腰掛ける」だ。よく見ると揺れているのは床だけで、家具は全く揺れていなかった。
もっともそれに気付けたのは私がプレイしていなかったからかもしれないし、今日の私は協力者ではなく見守りだ。これは愉悦とともに今は胸の中にとどめておくことにする。
「……ところでフロルちゃん、これのプレイ経験ほんとにないの? 全然驚いてなかったけど」
「初めてだよ。私、ホラーは配信の面白さに関わるくらい強いの」
「これで仲間で遊ぶってそういうことか……」
「言ったでしょ、愉悦民って。一応普通にやることも考えたけど、マリエル先輩に『比較切り抜きも見守りで充分ですね』って言われて諦めたよ」
〈ええ……〉
〈まあ強そうではあった〉
〈どんだけだよ〉
〈*マリエル・オーレリア -Mariel Aurelia-:一年七組を初見叫び声0で30分で全クリしていました〉
〈マリエル先輩もいま……は!?〉
〈もしかしてRTAしてる?〉
〈もはやロボットだろ〉
あ、マリエル先輩。この間はありがとう、おかげで初見見守りに踏み切れたよ。
ともかく、そういうことだ。寝起きドッキリからもわかるように驚かないわけではないけど、ホラーはどうにもね。
というわけで、そろそろこの枠が一方的な幽虐であることはわかってきたと思う。ここからは私と一緒に、ゆーこさんの悲鳴を楽しもう。
「えっと……今回は何か……わっ、わぁぁぁっ!? これ、古典的な分怖いやつっ! 何、何すればいいのっ!?」
「っふふ。ほんといいリアクションするなぁ、ゆーこさん……」
「わ、笑われてる場合じゃないのこっちは!!」
〈!?〉
〈うわこれか〉
〈マジでいいリアクションだ〉
〈フロルの愉悦が美味い〉
床にいきなり血の手形足形が大量についたときの反応。ホラーとしてはありふれた演出だけど、だからこそランダムに不意打ちされると輝くものだ。
ひとしきり慌てたゆーこさんだけど、ほどなく部屋の隅に掃除道具があったことを思い出した。雑巾で拭き取ればクリアだ。
次の部屋は怪奇現象なし、その次は虚仮威しの簡単なもの。しかしその次が、
「うひっ!?!? な、なんだ……子供たちか……っ!? なんでこんな洋館でかごめかごめしてるの!?」
「うん、それは本当にそう」
「た、たぶん止まったときに後ろにいちゃダメなんだよね?」
「あ、ちょっと慣れてきたねゆーこさん」
〈出た意味不明現象〉
〈だるまさんの系譜〉
〈意味わからないのも怖いから実質ホラー〉
大きな洋館の部屋の隅でいきなり西洋人形じみた装いの子供たちがかごめかごめをしているという、これまたカオスな怪奇現象。猶予時間が長めなこともあってかゆーこさんも見抜いた通り、「うしろの正面だあれ」のタイミングで中央の子の後方にいなければOKだ。
ちなみに出口付近で集まって入口に背を向けているから、横にズレないと餌食になる。
ちょっとびびりすぎな気はするけど、もう何が出てきても怖い気分になってしまっているのだろう。どうにか通過して、次。
「……うぇっ!?!?」
「うわー……今作けっこう凶悪だねぇ」
「え……これやり直し……?」
「残念ながら。ちなみに一度対処できた怪奇現象は再登場しないって」
「まだわかんないのしか出てこないってことじゃん……」
〈ヒッ〉
〈これ本当にあのシリーズ……?〉
〈こっわ〉
〈ナメクジに一度はやられるのは様式美〉
シンプルに怪物が襲ってきた。恐怖で硬直してしまったゆーこさんは、そのまま途中から細く鋭い形になっている腕の餌食になってゲームオーバー。
たぶん対処法は一度ドアを閉めて、貫通してきた鋭い腕へ廊下の食事ワゴンに乗った塩を振りかけるのだろう。ナメクジが変異した魔物がどうとか、部屋にある本に書いてあった。
このあたりのことは考えるだけで言わないけど、ゆーこさんもホラゲ慣れはした人だ。リスポーンした最初の部屋で本を読み直して塩に弱いことと、廊下で塩があることを確認していた。
「ぎゃっ!? く、暗い……また古典的なやつにやられた……怖いぃ……」
「ほら、頑張ってゆーこさん。その調子だよ」
〈かわいい〉
〈いちいち反応がかわいいな〉
〈幽霊なのに〉
〈フロル化けの皮剥がれてきてない?〉
〈優しさ出ちゃってますよ〉
〈愉悦するはずだったのに〉
これもありがちなものだ。急に照明が途切れてしまった。これは真っ暗な中で机の上にあったマッチを拾って、壁のキャンドルスタンドに火をつける。ただそれを暗い中でやる必要があるから、記憶力と恐怖に打ち勝つ心が必要だった。
そろそろ声も弱々しくなってきた。私のほうから励ます場面も増えてきたけど、安定して奥まで行けるようにはなってきている。……愉悦はしてるよ。ただそれ込みで励ましで煽り立てているだけで。
「ほら、ラスト」
「う、うん……っ」
「見てくださいこの子、最後に一番なんでもない怪奇現象が来たのにもう喋れてません。かわいいですね」
〈かわいい〉
〈かわいい〉
〈フロルの仲間での遊び方が変わってきた〉
〈同期を愛でてる〉
〈むしろこっちが本来の愉悦では〉
「あ、や、やったっ……!」
「クリアー! ……いやあ、楽しかったですね。私コントローラーを握ってすらないのに」
最後はこの通り。なんだかゆーこさんが可哀想に見えてきたけど、そもそも初配信でホラゲをやり出したのはこの幽霊だ。
見ている間に私の楽しみ方も変わっていた。最初はかわいそうなところを引き出すつもりだったんだけど、そうするまでもなかったんだよね。途中からはかわいいを誘導する方に切り替えていた。難しくはなかった。
「ちなみにゆーこさん、真エンディングには怪奇現象コンプが必要なんだけど」
「……フロルちゃん、やってみてくれない?」
「いいけど……自信なくさない?」
「最初からないから大丈夫!」
「…………そっか」
〈草〉
〈おっフロルのホラゲ?〉
〈つまらん判断でも一回は見ておきたいぞ〉
〈どんだけなんだろ〉
〈待ってました!〉
…………まあ、この後繰り広げられた光景については、説明は不要かなって。
一応切り抜きにはなったけど、およそホラゲの楽しみ方ではなかったからさ。うん。
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