#18 月雪フロル、カードもできる【#電ファンスナップショット】

 これまで私は、実際に表に出る活動はそのほとんどを自分の部屋から行ってきた。例外はたまに切り抜かれて公開される共用リビングでの一幕と、ゆーこさんの部屋から行ったコラボくらいだ。

 だけど、ライバー活動の舞台はそれだけではない。そのひとつがここ……スタジオだ。


 電脳ファンタジアは発足から二年半の若い事務所でありながら大手といっていい大きさになっている。とはいえそれでも説明はつかないほど、この電ファンハウスは威容を誇っている。

 ほとんど都内一等地というところにかなり広い敷地を持って、ビル街に溶け込むようにして高層マンションが二棟並んでいるという凄まじさ。何よりそれを発足当初から使っているのだ。いくらなんでも本来なら有り得ないと私にもわかる。

 これは事務所の親会社が所属する九鬼グループの経営的な大人の事情が絡んだ結果であり、電ファンを広告塔とすることを含めた投資でもあるらしい。だとするといまいち伸びきらない入居率と大量の空き部屋は望ましくない気はするんだけど……まあ、私にできることはそんなにない。布教くらいはするけどね。


スタジオはそんなハウスの二号館にある。二階に降りて渡り廊下を通ると、その先の一階と二階が様々な用途のスタジオになっている造りだ。

 今日の行き先はそのうち、会議室に近い構造をしたもの。比較的動きが少なくひな壇を要さない番組の収録のほか、実際の会議にも使われることがあるとか。……事務所そのものは別であるんだけど、現場単位の話をするときはこちらの方が楽らしい。




「おはようございまーす」

「やあフロル! よく来たな!」

「…………ねえ、ツッコミ待ちはもう少し隠してよ。なんで対戦相手の方まで準備万端なの」


 スタジオに入ると、待っていたライバーはまだ一人だった。無理もない、まだ予定時間にはかなり早い。スタッフはそこそこ準備に入っているし、私のマネージャーである城井さんもしっかり来ているけど。

 ただ、その一人の待ち方が問題だった。某老舗TCGのデッキをシャッフルしながら、しかも対面側にも用意した上でいやに元気よく声をかけてきている。どう考えても「一戦やろうぜ!」のノリだ。挙句の果てにはプレイヤーの顔と盤面を映すカメラまで用意されているから、スタッフもグルだとわかる。……これ、私は早く来ると完全に見抜かれているね。


「フロルなら付き合ってくれるだろう?」

「まあやるけど……なんなの今の胡散臭い第一声」

「カメラが回っているからな」

「隠してってばスナップショットは」


 彼の名は嘉渡かど決斗けっと。名は体を表すの具現化のような存在で、カードゲーマーを売りにした二期生の先輩だ。名前が呼びづらいから「デュエ兄」とあだ名されている。

 清潔感を通り越して販促アニメの主人公のような熱血厨二気味の言動だったり、大手どころのTCGはDCGを含めてほぼ網羅している徹底ぶりだったり、初心者への完璧な布教の仕方だったり、すごく出来た人だ。…………それらが基本的にカードゲームにしか向かないことを除けば。

 私も彼に教えられて、一部のタイトルは少し嗜むようになっている。シャッフルも様になってくるほどだ。……こういうのを振り返ると、以前から私が無意識にライバーデビューを見越していたのを再確認させられるね。未だに胸は張れていないのに。


「うわ、ご丁寧に五分相性のマッチアップを用意してある……」

「フロルは接待されて楽しい段階はとっくに過ぎてるだろ? ……そら、プレイヤーをアタックだ」

「ま、確かにそうだけどね。うーん……受けます」

「今度俺のリモートCSにも出てほしいくらいだ、かなり上手いしな。じゃあここ、ダブル」

「大会かー……まあスケジュールが合えば。あ、トリガー一枚。そこ止めるね」

「マジか……ならターンエンドだ」


 本当にカードゲーマーの鑑というか。初心者を誘うときにはわかりやすく強いデッキを与えてやや不利な相手を自分が使ったりするし、時にはそれと多少の改造パーツを譲渡までする。かといって相手が上達してきたら、しっかり本気で戦ってくれてヒリつきまで味わわせてくれるのだ。

 自発的にリモートの公認大会を主催までする熱量だから、仕事の面でも公式案件やコラボまで任されている。……私が見える形でカードゲームを触るのは初めてだけど、これが公開されたら次のコラボには呼ばれるかもしれない。この人はそのくらい人望がある。カードゲームについてだけは。


「効果で山札を5枚見て……あ、来た」

「うわ!? お前、それピン積みだぞ!?」

「そんな反応して。わかってるんだよ、どこかで掘り当てられるくらい山札を掘るデッキだってことくらい。……攻撃時、効果宣言」

「これ耐え切れるか……?」

「自分のトリガーに祈ってくださいな。じゃあお覚悟!」

「うわ、ねえかぁ……!」


 何よりいいのは、デュエ兄とやると楽しいんだよね。いい具合にお互い童心に返ることができる。

 そのまま一戦目の決着がついたあたりで、入口の扉が開く。


「おはようございますっ!」

「パンドラ先輩! おはようございます」

「……あ、面白そうなことしてる。わたしは簡単なルールくらいしか知らないけど」


 パンドラ・ラスト先輩だ。シェアハウスには住んでいない一期生で、すごくRPGの始まりの村に出てきそうな朴訥かつ優しい少女なんだけど……醸し出される不穏は、名前から感じ取れる通り。

 そんなパンドラ先輩、二つ名は『電ファンの最終兵器』である。まさかまさか、ただの村娘だなんてご謙遜を。


「じゃあせっかくですし、やってみますか? 教えますよ」

「ん、デュエ兄はほんと教えるの上手いからオススメだよ」

「それなら、やってみようかな。コラボ二弾の残弾、フロルちゃん込みでも足りてないだろうし」

「パンドラせんぱーい、そういうの言わないでー」


 興味を持ってくれたようだから、デュエ兄が張り切りはじめた。彼のすごいところは、こうなってもわかりやすく一定の速度のレクチャーが続く点にもある。

 私は対戦相手役になってかつてデュエ兄がやってくれたようなプレイングをしていたけど、その一方で少しだけ戦々恐々としていた。……だって、今日の番組の題材とこの人を掛け合わせたらほぼ間違いなく……。





  ◆◇◆◇◆





「秋も深まるこの季節、村も冬支度の時期のようです。しかし近頃、村の狩人の猟の成果が思わしくありません。村娘のパンドラ・ラストは、このままでは干し肉が足りなくなる村の力になりたいと狩りに出掛けました」


 この番組はいつも、本題と一切関係ない謎の茶番からスタートする。動画画面は暗転して、紙芝居にデスクマイクで声を当てる形式だ。

 何の脈絡もなくナレーション役に回ったデュエ兄にツッコミを入れる人は今はいない。私も配役があるから仕方ないのだ。


「ところが森に入ってみても、シカやイノシシどころかウサギすら見当たりません。いつもなら襲われないか気になるほどたくさんいるというのに」

「どうしてかしら……どこにも獣がいないわ」

「困り果てたそのとき、パンドラの足元に何かが伸びてきました」

「おっと」

「えっ!? どうして、死角だったのに」

「背後から音もなく伸びてきたそれを、パンドラは難なく掴みました。太い植物のツルらしきそれを引っ張ると……大きな花の中に佇んでいた少女に繋がっていたではないですか」

「あれは……アルラウネ? …………そうだ」


 たぶんこのあたりで、リアルタイム公開されたときのコメント欄は「フロル逃げて」に染まるのだろう。……普通は逆なんだけど、パンドラ先輩だから。

 パンドラ・ラストの恐ろしいところは、どう考えてもただの村娘ではない超人性にある。頭脳、肉体、思考……どれをとっても、電ファンの中でも有数だ。


「……みくらはご満悦でした。今では神となっていても元は妖怪、さらに辿れば一匹の狐。野を駆ける獣だった頃のように、たまにはやりたくなった狩りが大成功に終わったからです」

「くふふ。たまにはやってみるものじゃなあ、これはぜぇんぶわしのものじゃ」

「背負いきれないほどの戦利品を引きずりながら、今にも森から出ようというそのとき」

「み い つ け た」

「っ!?!?」

「背後から恐ろしい声が聞こえたのです。振り返ると……ただの村娘の格好をした女の子が、身の毛もよだつような微笑みを向けながら近づいてくるところでした」


 ……今のセリフは、自分に向けられていない私でも思わず震えそうになった。…………演技だよねこれ?

 本人はただの村娘と自称するけど、誰も信じていない。それこそが最終兵器村娘の真骨頂だ。どこまで自覚的なキャラなのかはわからないけど。


「く、来るなっ!」

「みくらは弾かれたように逃げ出しましたが……目の前には大量のツタが壁を作ってしまいます。これでは森の外へ逃げ出すことができません」

「な、なんじゃこれはっ!?」

「ごめんなさい、狐さん。……やりたくてやったんじゃ、ないの」

「女の子、パンドラの背後から、アルラウネの少女が現れました。ですがどこか様子がおかしく……禍々しい首輪をつけられて、虚ろな目になっていました」

「なっ……お、お主、何者じゃ!? そんな代物を魔物につけるなぞ、只者ではなかろう!?」

「わたしはただの村娘だよ? ……だけど、そうやってみんなの食べ物を持っていかれたら、困っちゃうなあって」


 たぶん隷属の首輪のたぐいだ。それも呪われてるやつ。そんなものを持っていて、しかもタイマンで魔物につける少女が普通なわけがない。

 だけど、この茶番のみならずパンドラ先輩ならそういうこともできかねない。そういう恐ろしさがある。


「わ、わかった! これは全部やる! じゃから」

「ああ、もういいの」

「勝てない相手だとわかり命乞いを始めるみくらでしたが、そんなものは聞いていないとばかりのパンドラ。彼女は冷たい声で……」

「だって、イノシシさんより美味しそうなの、見つけちゃったから」

「この日を最後に、みくらを見たものは…………怖い怖い怖い! 誰だよこんなの書いたやつ!!」


 茶番をデュエ兄が投げ捨てたらスタートだ。……まあ、あんまり違和感はなかったかも。パンドラ先輩はそういうキャラだし、みくら先輩もそういうキャラだから。

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