#27 デビューを渋った経緯を語る月雪フロル【電脳ファンタジア切り抜き】

 しなきゃダメだよね、この話。わかっていて振ったということは、ハルカ姉さんは現状維持を許さないということだろうし。

 これだけ恵まれておいて情けないし、あまり話したいことではないけど……とっくに全部自覚していることは、もう見抜かれていた。そういう視線が至近距離から注がれている。


「……ハルカ姉さんは、私が街に降りてきて最初にやろうとしたことを知ってる?」

「うん。……フロルちゃんは、芸能界志望だったんだよね」


〈おっと?〉

〈ほう〉

〈マジか〉

〈それはそれで見てみたかったけど、そうなってたらフロルはここにいないんだよね……〉


 そう。私は元々、芸能界に夢を持っていた。動機はさほど特別なものでもなくて、ただ小さい頃にテレビを見て憧れたというくらいのものだ。

 とてもおおらかというか、応援してくれる親だったから私は恵まれていた。タレント養成にもそこそこ実績があるという児童劇団に入って、自惚れでなければその中ではかなりいい線いっていた。


「もっとも、お察しの通り上手くはいきませんでした。よくあることですね」

「…………そっか、それが繋がるんだ」

「うん。何も私だって、一度や二度ただ落ちたくらいで心折れるほどヤワじゃないよ」


 そのままオーディションに参加して、特に何事もなく落ちた。何回目かで三次審査まではいったけど、最終審査に私の名前はなかった。よくある話だ、電ファンじゃないけどこの手の倍率は凄まじいし。

 むしろよく二次審査を抜けたと思うことにして、次の挑戦を考えていたときのことだったんだ。


「ところで、私には妹がいて。ハルカ姉さんの手引きで一緒に人里まで降りてきていたので、私はねだられて習ったことを教えたりもしていたんです。一緒に練習、なんてことになったりもして」

「うん。私の初めての妹たちだね。実はもう一人いるんだ、今は近くにはいないけど」


〈へえ〉

〈妹アルラウネ?〉

〈お姉ちゃんの習い事が気になるお年頃〉

〈今その話をするってことはまさか〉


「お察しの通りです。せっかくだから、って受けたオーディションで、あの子は一発合格しました」


 あの子はそれが初受験だった。私が間接的に教えたくらいでまだ完璧ではなかったんだけど……面接官が素質を見出したのだとか。私が三次で落ちたそのオーディションで、妹はあっさり採用された。




「祝福すべきだとは思ったんですよ。我がことのように嬉しい気持ちも確かにありました。だけど……私が最初に感じたのは、絶望だったんです」

「絶望、か。……私がわかるなんて言ったら、怒るよね」

「どうだろ、いろいろ違うし……。ただ、なんとなくわかったんです。私はあの子とは違うんだなって」


 どう言葉にすればいいのかは、あまりよくわからない。心が折れたわけではないし、夢が絶たれたわけでもない。だけど……。


「何回受けても同じだ、なんて言う気はないですよ。ウチ電ファンも何度受けてもいいタイプのオーディションやってますし、現に二回落ちてから受かったライバーだっていますし。だけど、なんというか……」

「馬鹿馬鹿しくなった?」

「いや。……もしかしたら、嫉妬なのかも。それか、今後どこかで入れたとしても、妹と比べられ続けるんだろうなって、思っちゃったか」


〈ああ……〉

〈近しいからこそ同じ目線で見ちゃうやつか〉

〈劣等感?〉


 たとえば天才高校生女優として名が売れている九鬼シオンちゃんや、十年に一人のジュニアアイドルと呼ばれる天香ちゃんを見て嫉妬したりなんてしない。だけどこれが妹だと、身内だと話が別だった。

 劣等感。それだ、たぶん。私と血を分けている上に年下で、おまけに私も知っていることしか知らないあの子に、完膚なきまでに負けたから。私より妹のほうが優れていることは、私が誰よりもわかってしまった。

 それに、仮にいつか這い上がったとして。姉妹として取り沙汰されることもあるだろうけど、その分だけ比べられる。自分より優れた妹と並べられて、やっぱり妹のほうが、なんて世間の声に晒されて。私はそれに耐えられる?


「一晩寝られずに考えて、私は夢を投げ出しました。しかもその後、有頂天で寄ってきた妹を、突き放したんです」

「フロルちゃん……」

「あの子はすぐに売れました。凄いと思うと同時に、本格的に夢のことなんて考えられなくなってきて……ハルカ姉さんに電ファンにって誘われたのは、ちょうどその頃ですね」


〈大変だったんだね〉

〈そりゃ辛ぇでしょ……〉

〈兄より優れた弟なんてとかネタにしてるけど〉

〈逃げてもいいんだよ〉


 まあ、これ自体は終わった話だ。電ファンには強い恩義を感じているし、今更芸能界に未練なんてない。


「それが……妹への劣等感が、今もフロルちゃんが自分に自信がない理由?」

「それもあるかもしれないけど……それよりも、終わったわけでもなかった夢を放り投げた自分のほうが痛いの」


〈そこまで思い詰めなくてもいいのに〉

〈フロルは真面目すぎる〉

〈ハルカ姉よくガス抜きしてくれた〉


 私は折れても壊れてもいない。なのに、まだ五体満足なのに諦めた。最初は人間そんなものだと思って、割り切って生きていくものだと思っていた。

 だけど私が連れてこられたのは、そんな軟弱者とは真逆の世界だった。電脳ファンタジアは誰もが全力だった。


 それへの後ろめたさを、勢いのままに私は吐き出して───


「電ファンは夢のために諦めずに突き進んで勝ち取ったライバーの集まりです。……私は? 私が一度投げ出したことと、パンドラ先輩やルフェ先輩とも違って迷わず飛び込んだわけでもないことを、私だけは忘れちゃむぐっ」

「はいそこまで」


 ───口を塞がれた。






「今その口から手を離したらまたネガが顔出しそうだから、このまま話すね」

「むぐぐ……」

「まずひとつめ。電ファンを神格化しすぎだよ」


〈捕まってる〉

〈まさかこのために……〉

〈そこまで声出ない?〉

〈捕まえ方がガチ〉


 本当に喋れないわけではなくて口は塞がれたから黙っているだけだけど、代わりに腰はがっちり固定されていて逃げ出すことはできない。もしかしてこうするためにオフ形式にした? 同じ建物の同じ階に住んでいるとはいえ、オンラインコラボにしてもよかったのに。

 すっかり何もできなくなってしまったから大人しく聞くことにしたけど……いきなりそんなこと言わなくても。


「あれは何事にも全力なんじゃなくて、やりたいことにブレーキが利かないだけだよ。夢を追うすごい人たちというよりは、立場と環境を傘に遊び回ってるただのヤバい人たち」

「んぅ、」

「そっか、フロルちゃんそんな風に思ってたんだ。道理でね……仕掛けるイタズラがやけに控えめだと思った」

「んーっ!?」

「だって、やろうと思えばもっと酷いこともできたでしょ?」


〈ひっでえw〉

〈一応あんたらが集めた後輩だぞ〉

〈自分は違うみたいな言い方ですね?〉

〈アレで???〉

〈大概やってたが〉

〈何すると思ってたんだハルカ姉〉


 フロルは電ファンが好きすぎる、とは言われたことはあるけど……それにしたって旗振り役が言い出すにはあんまりな言い草だ。まるで暴走機関車みたいな。

 しかもあれだけやったのに、まだ全然足りなかったらしい。ワサビシューはともかくみくら先輩のとか、けっこう怒られる領域までやったんだけどな。


「それからふたつめ、そんな劣等感なくていいんだよ。私もフロルちゃんの妹のことはよく知ってるけど、あの子はライバーとしてこんなにみんなを楽しませたり笑わせたりできる?」

「…………ぅ」

「お芝居は妹の方が上手いのかもしれないけど、ライバーに向いてるのはフロルちゃんの方だと私は思ってるし、だから誘ったんだよ。芸能事務所に選ばれなかったことと、電ファンに直接誘われたことをごっちゃにしないで」


〈そうそう〉

〈俺らはフロルに惹かれたんだから〉

〈ひとつ負けたからって下位互換なわけじゃないでしょ〉

〈適材適所だよフロルちゃん〉


 そう言ってもらえるのは確かに嬉しいし、混同していたかもしれない。捨てる神あれば拾う神ありではないけど、それを認識しないと連れてきてくれたハルカ姉さんと受け入れてくれた電ファンには確かに失礼だ。

 だけど、私は今の立場を恵まれすぎているのはやっぱり確かだ。オーディションも受けていないのに、諦めず受け続けている人たちよりも優先されてライバーに……


「言わんとするところはわかるからみっつめ。割り切っていいんだよ。迷っていいんだよ。だって、そもそもVtuberになることなんて考えてなかったフロルちゃんを外堀埋めてここに連れてきたのは私なんだから」

「……」

「わかんなくて当然、迷って当然。イタズラの約束を律儀に守ってくれたことだって真面目すぎるくらい。……それにね、スカウトっていうのは恵まれてはいるけど、オーディション組との比較なんてする必要ないの。スカウトする側が勝手に脳内でオーディションしてるし、ぶっちゃけ上手くいかなくてもスカウトの責任だし」


〈ぶっこむなあ〉

〈フロルが真面目すぎることがバレていく〉

〈外堀埋めたって言った?〉

〈お巡りさんこのお姉ちゃんです〉

〈やっぱり無理やり連れ込んでるじゃねーか!!〉

〈この人ならやると前から思ってました〉

〈発足半年前の時点で「一番弟子ならぬ一番妹を連れてくる」とか言ってた女だぞ〉

〈三年待ったぞ、やっと見れてマジで嬉しいんだ〉


 ……甘やかされている。断ることもできたのはわかっていたのだ。それでも結局流された私を、いざ今になったら責任はスカウトした側が取るなんて都合のいい。

 リスナーも、甘いよ。自信もないまま配信していた生意気な新人に、こんな。


「…………いいん、ですかね」

「もちろんだよ」


 勘違いするよ、このままだと。私のことをそんな、何をしても求められる天才みたいな扱いしたら。そんな持ち上げられ方をして舞い上がらないほど強い精神はしてないんだから。

 ……でも、そうなっていいというなら───


「あ、いい話がまとまったみたいな雰囲気出してるとこ悪いんだけど。まだ言い足りないから」

「えっ」

「今日はこのままフロルちゃんを褒め倒していくよ」


 …………えっ。




─────────────────────

 本作のシリアスは一話もちません。

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