再生リスト3:あの子はフロルが連れてきた

#51【天音水波】ブレーク中の新歌姫も認めるネクストカミングバンドとは?【#電ファンスナップショット】

 マイクがオフになった。


「OK、これで大丈夫だと思います!」


 録音完了を告げたのは前回と同じく、ボイトレのついでにディレクションをしてくれた水波ちゃんだった。

 本人は楽しそうにやってくれているけど、本当に大丈夫なのだろうか。この子は最近これまでにも増して忙しそうだし、この間なんてアニメ以外の大物とのタイアップの依頼が決まったとはしゃいでいたけど。

 本人が辞める気がないようではあるけど、もう一人くらい見つけて負担軽減くらいはするべきなんじゃないかな。……そりゃもちろん、私としても水波ちゃんだとすごくやりやすいけど。


「……わたしは、こんなふうにはできなそう……」

「それはどちらかというと、フロルくんが上手すぎるだけだとは思うが……実際、真似はできそうにないな。表現力とは何たるかを突きつけられた気分だよ」

「まあ、参考にしないでください。デビューから一ヶ月足らずでユニット入りが正式に決まるのが特異的じゃなくてたまるかという話なので」


 今回の聴衆はマギにゃとアンリさん。ちょうど今日ボイトレを受けていたのがこの二人だった。電ファンは「悪質な造反がない限りうちが面倒見るから」ということで専業推奨のスタンスだから、平日でもライバーがよく動く。肝心の水波ちゃんが高校生だからボイトレそのものは夕方からだったけど、二人は今日一日ハウスの設備を使っていろいろしていた。……マギにゃは通信制だからね。

 マギにゃは明日まで、地方民のアンリさんは週明けまで滞在してまとめて用を済ませたりコラボをするとか。この電ファンハウスが狙い通りに居住率を上げられるかは、こういうときに利便性を知らしめられるかにかかっていそうだ。




「それにしても、フロルちゃん。もしかして、妹さんと腹を割って話したりした?」

「あ、やっぱバレる? 実は昨日の配信後、さすがにこれ以上放置できないと思って」


 そしてもう一人。ルフェ先輩もレコーディングルームにいた。そのルフェ先輩はどうやら、私が詩と話したことをあっさり見抜いてしまったらしい。

 まあバレるかも、とは思っていたから驚きがなかった私の代わりに、目を丸くしたのはアンリさん。配信ではかなり胡散臭いところのある彼だけど、普段の情動は案外普通だ。キャラを作るのが上手いのかもしれない。


「解決したこと自体は実にめでたいが……わかるものなのですか?」

「そういう感情を乗せて歌ってたからねぇ。フロルちゃん、感情表現が至妙だからわかっちゃうよ」

「そうですね。二番は全体的にかなり込もってましたし、特に『花たちも』のあたり、たぶん電ファンの先輩たちを重ねてましたよね?」

「ねぇ。で、ラスサビの『あの日のあなた』の開放感が珠玉だったから。妹さんの件でなにか吹っ切れたのかなぁ、って」

「………ここまでしっかり全部見抜かれてると、もう答え合わせも要らないね」


 実際、そうだ。選曲時点ではそんな気もなかったし、明確にそんな示唆を入れたわけでもないんだけど、部分的に重なるところがあったから自然とそうなった。このあたりはあくまで気持ちの問題だ。

 ただ、水波ちゃんが指摘した先輩との重ね方まで見抜かれるとはあまり思っていなかったかな。あの部分はいわば、「やります」の四文字を発するのに三年間もかかったことへの後悔のようなものの表れだ。


「カバーの歌詞に何かを込めるというのもあるのか……」

「無理にやることはないよ、だいじょぶ。思いついたら差し込むとかでもいいし、原曲を大事にする歌い方もいいと思う。考えてなかった考察が伸びることもわりとあるし」

「好きな歌を歌うだけでけっこう喜ばれるんだよね。実際ファン感情からしても、推しの歌さえ聴ければあとの部分は割となんでもいいよ」

「そうなんだ……ちょっとあんしん、かも」






 ところで、ルフェ先輩がわざわざ今日スタジオに来ているのは何も偶然というわけではない。見本を見せるくらいの厚意はあったかもしれないけど、このひとはわざわざ先輩風を吹かせに予定を曲げたりはしないタイプだ。後輩的にはしてくれてもいいんだけど。


「エティア先輩はもうちょっとかかりそうみたいだね」

「もったいないよねぇ、フロルちゃんの歌を聴けるところだったのに」

「まあ今後はお互い飽きるくらい聞くことになるから」


 今日はエティア先輩もこちらに来ることになっている。話は単純で、三人でのImitateAlice初の歌も今日録る予定だからだ。オリジナル曲はまだだけど、カバー曲は用意ができている。

 電ファンもこれまでなかった音楽シーンへの進出は相当やる気があるようで、音楽ユニットであるイミアリには専属スタッフがいるから色々と楽だ。大体のことは任せていいし。


 だからルフェ先輩はそれのアップも兼ねて後輩の面倒も見に来ていたんだけど、残るエティア先輩がまだ来ていない。聞いたところかなり忙しそうだったから無理もないし、まだ集合時間には早いから待つだけだけど。


「ってわけで、ちょっと時間できたねぇ」

「クラ限予告で言ってたオフショットですか?」

「面白い話になったら出すかも。……そういえばルフェ先輩、一箇所パート分け的に、私だけ歌わないほうがよさそうなトコあったんだけど……」

「あ、それ思ってた。『すり替えろ』だけ二人にして『本物に』で三人に戻るほうがしっくりじゃない?」

「そうそう。私たぶんそういう見られ方するよね」


 電ファンはもともと共用リビングにはカメラとマイクが常備されていて、そこでのオフショットは公式チャンネルからときどき出されている。だから私がファンクラブ限定公開に出すと予告していたオフショットはそれ以外のものにする必要があるのだ。たとえば今のような収録の合間とか、公式番組の楽屋とか、同期やママとの通話とか。

 一人で配信外でやるゲームなんかもアリだとは思うけど、今のように私と他のライバーとの会話も多くなるだろうから、これは参加者それぞれのチャンネルに同じ動画を出すのもありかもしれないと思っていたり。

 口では面白い話になったらと言ったけど、ついに関わりを明言した水波ちゃんが混ざっている会話は需要がありそうだからどうにか採用したいところだ。かといって面白いこと言おうと意識してもダメなんだけど。


「ところで、何を歌うんだい?」

NYXニュクス PROJECTプロジェクトの『デコイ』だよ。三人での初カバーには満場一致だったの」

「ああ、この間も通話で言ってたバンドか」

「聴いてみたけど、すきな音だったよ!」

「なかなかニッチなところ行くんですね? 私もあそこはポテンシャルあると思ってます」

「イミアリにドンピシャだったから二人で歌うのも考えたんだけど、元が六人曲だからパート分けが煩雑になっちゃってボツってたの」


 NYX PROJECTはここ最近伸びつつあるインディーズバンドだ。男女半々の六人組でありながらかなり硬派で、しかも一体どんな練習をしているのやら全員が複数の、それどころか相当数の楽器を操る。和楽器からジャズまで当たり前にこなしてのける正体不明の怪物バンドである。

 ライブハウスを拠点としているようでまだメジャーデビューの気配はないけど、YeahTubeではいよいよ「知る人ぞ知る」の領域から脱しつつある。とはいえ明確なバズはまだだから、通話で布教している同期はともかく水波ちゃんまで知って高評価しているとは思っていなかったけど。


 ……この会話、その水波ちゃんの発言が一番大きい気がする。水波ちゃんで稼ぐみたいになっても嫌だし、歌わせてもらう感謝も込めてこれは全体公開すべきかもしれない。


「だが『デコイ』はかなり高火力なハイテンポロックだったと思うが……」

「BPM200くらいありますもんね。このビジュアルのイミアリがそれを真っ先に歌うんだ……」

「イミアリはギャップ萌えのユニットだから」

「それ言えばなんでも許されるとおもってない?」


 マギにゃからジト目をいただいてしまったけど、これは本当のことで。イミアリのキャッチコピーはそもそも「可愛いのは見た目と声だけ。」だから、逆にガーリィなアイドルポップは合わない。このくらい弾けているほうがわかりやすいと思う。

 あとは歌詞がなんとなく私たちと重なる部分があるのと、以前からエティア先輩がNYXに凝っているのだ。


「あのひとチャンネル登録者3桁の頃のスクショを後生大事に保存してるから」

「ガチ勢じゃないか」

「それは、もし私がNYXのメンバーだったら相当嬉しいですね……」


 うん、知り合いだとママことsperも同じ感想だった。創作者表現者としては黎明期から見てくれている人はどれだけ伸びてからでもありがたいし名前を覚えていたりするものだと。

 私たちみたいな企業ライバーはデビュー前から注目を浴びて飛び越えてしまうけど、その気持ちはなんとなくわかるような気もする。デビュー前から積極的にリプライを送ってくれたりした人って、案外覚えていたりするし。


「あれ? もしかしてエティアせんぱいがはるくんのこと気にいってるの……」

「ロックが好きだからだよ」

「そ、そうだったんだ……」


 エティア先輩は先輩たちの中でも私への執着が強い方で、その理由も無理のないものなんだけど、それに次ぐ勢いで明らかに陽くんのことを気に入ってもいる。その要因は確実に、音楽の趣味が合うからだろう。異性の先輩後輩としてはずいぶん早く二人でのコラボをしていたりするし、たぶんそのうちデュエットすると思う。

 私は焚き付けておいた。陽くんと革命を叫んでみるのとかどうかな、って。





 

 ……私がかなり早く収録を終えたこともあって余った時間は多かったから、長話をしているうちにどんどん話題が逸れていく。


「ギター自体はけっこう持ってくる人もいたんだけど……大真面目にエレキ抱えてきたのは、さすがに陽くんが初めてだったよ」

「まあVtuber事務所にアンプがないわけないから、使えると踏んだんだろうけどねぇ……」

「そのガンギマリ具合というか、思い切りのよさはやっぱり大きかったかな。知ってると思うけど、電ファンが最後に見るのって埋もれない覚悟だから」


 オーディションの最終面接で陽くんが当然とばかりにエレキギターを持ち込んできた話は、早くも擦られまくっている。四期生まではオーディションにも裏方で関わっていた私から見るに、陽くんはあれがなければ合格していたかは微妙なところだろう。アコースティックだけど、ギターと歌で個性勝負をしてくる人はたまにいるし、他事務所を含めるとそれだけでは希少価値がないとすら言われがちだ。

 「隣の部屋からアンプ持ってきて」と指示を受けたとき、私はちらっと横顔を見ただけだった陽くんの合格を確信したものだ。同期になるとはそのときはまだ思っていなかったけど。


わたくしも爪痕を狙いに行って、結果的には正解だったわけだな」

「だろうね。アンリさんが退室したあと、面接官全員笑いこらえ切れなくなってたもん」

「あ、あの」

「なあに、マギアちゃん?」

「前から気になってたんですけど、ルフェせんぱいってスカウト組だったんですよね? どんなふうに電ファンに入ることになったのか、ききたいです」

「ああ、それは私も興味あります。イミアリ配信でちらっとは言ってましたが……」


 ……と、オーディションの話に移っていたところでマギにゃがおずおずと声を出した。ルフェ先輩もだいぶ背が低いから見上げる形にはならなかったものの、それでも上目遣いを作って話を欲しがる構えだ。

 これにルフェ先輩も応えた。彼女は自分のスカウト時のことをあまり話せていないから、都合がいいと判断したのかもしれない。私が裏方だったからとっかかりがなかったのもありそうだけど。


「それなら、話しちゃおっかな。……あれは電ファンのリアイベがあった、去年の春先のことだった」


 現にほら、ノリノリだ。まあ、そういうことならそのまま喋らせてみるのもいいかもしれない。




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 三章開始となります。少し投稿ペースは落ちますが、今後ともどうぞ。

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