#50【月雪フロル】白雪詩、襲来【電脳ファンタジア切り抜き】

〈なんかいなかった今?〉

〈え、白雪詩?〉

〈本物?〉

〈登録者数的に本物だこれ!?〉

〈*白雪詩:あっやば〉

〈なんでフロルの枠って毎度こう〉

〈今日はとぱーずでお腹いっぱいだったのに〉

〈ハプニングに恵まれすぎだろ〉

〈そろそろシオンちゃんとか来ても驚かんぞ〉




 なんかいる。コメント欄にまたしても有名人が現れた。しかもsperや水波ちゃんのようにそもそも懇意なわけでも、せれなさんのようにこちらからコンタクトを取ったことがあるわけでもない。

 それに。そこにあったのは確かに白雪詩の名前。


「っ……………え、白雪詩さんって、あの?」


〈*白雪詩:アカウント間違えました〉

〈詩さんや、それ墓穴や〉

〈間違えるアカウントでこれまでも見てたと??〉

〈そういや確かにファンファンだって言ってたな〉

〈姫ってこんなポンするタイプだったんか〉


 ちょっと無言が長かったことは、みんなも突然の白雪詩に意識を吸われているようで突っ込まれずに済んだ。私は湧き上がった感情の全てをねじ伏せてどうにか応対しようとする。

 が、ちょっと無理そうだった。あくまでフロルとして、律としての要素を完全に消し切ることまではできたけど、それ以上のアドリブはすぐには出てこない。


「一旦深呼吸しましょう。表のアカウントでここに来ていても、別に悪いことはないですからね。昨日りついっとしていただいてて、認識されていることはわかっていましたし」


〈フロルがめちゃくちゃ焦ってる〉

〈せれなの時くらいバタバタやね〉

〈そらそうなるよ〉

〈こう見えてフロルも新人だし〉

〈これで焦ってる方なのか……〉

〈ずいぶん冷静なように見えるけど〉

〈*白雪詩:その、ごめんなさい。慌てちゃって〉


 コメント欄とそこにいる詩を宥めるけど、内心では誰よりも焦っているのは間違いなく私だった。心臓が嫌な音を立てている……漏らさないようにしないと。

 もはや言うまでもない、ここまで私が冷静でいられていない理由は間違いなく相手の素性にこそある。


 白雪詩、愛称は「姫」。フューチャーサウンドプロダクション所属で新進気鋭の若手声優。三年前のデビュー時点では中学生でありながらゲームのCVを中心にすぐに人気が出て、最近はいよいよアニメの主要役も任されつつある16歳。完全未顔出しという昨今では珍しいプロデュースも個性になっている。

 ───本名、白雲詩。私が突き放してしまった、たったひとりの実妹その人だった。





  ◆◇◆◇◆





 なんとかその場は収めて、配信終了まで何事もなく済んだ。なかなか焦りはしたけど、あくまでただ著名人がコメント欄に現れただけだ。コラボでもなければ用事でも、表向きの関わりがある相手でもない。ゆっくりしていってくださいね、くらいしか言うこともない。

 ただ……この一件を経て、わかったことがあった。詩が民草、ないし少なくともリスナーであるということだ。


 昼間の会話が頭に過ぎった。フロルを認知しているのなら不慮の身バレの危険は減ったとみていいと思うけど……こうまで身近に感じてしまった今、手をつけないのはかえって落ち着かない。

 それに。こうして認知した以上、後回しにすればするほど不誠実だと思う。


 私は後片付けが落ち着いたところで、意を決して連絡を取ることにした。


『……あ、お姉ちゃん!』

「久しぶり、詩」


 ……第一声はいやに明るかった。妹の合格と門出を祝うどころか、見送ることもできずに三年半も連絡を取っていない姉にかけるには、不釣り合いに思える。

 詩はあまり表裏のないタイプの子だった。芸能界で仕事をして三年以上になるのだから今は違うだろうけど、それでも意味もなく心を隠すようには思えない。……だけど、怖い。


 怖いけど、まずは謝らないと。


『久しぶりでびっくりしたよ。元気だった?』

「うん。……その、詩」

『……なに?』

「これまで、ごめんなさい」


 返事はすぐには来ない。許されなくても仕方ない。それでも、怖さを言い訳にしてはいけない。理不尽に突き放したのは私なのだから。


 …………と、思っていたのだけど。


『なんで? お姉ちゃん、何かしたっけ?』

「───え?」


 詩は本当に心当たりが一切ない様子で、電話口で小首を傾げてみせたのだ。




「何かしたっけ、って……あんな突き放し方して、もう三年半だよ? いくら怒られてもおかしくないくらいなのに」

『突き放し……? えっと、あのときの「浮かれて調子には乗らないようにね」ってやつ?』

「そう、覚えてるんじゃ……」

「突き放しだったんだ、あれ……あたしはずっと、忠告と激励だと」


 えっと…………なるほど、そうか。詩はあれをそう受け取っていたんだ。私は完全に八つ当たりをしていたのに、この子はそれすら好意的に受け止めてくれていた。

 それなら確かに、怒りようがない。私からすれば、かえって余計に面目ないけれど。


『あたしね、ずっとあの言葉を拠り所にしてやってきたんだよ。勇気はないくせにいい気になりがちな自覚はあったもん。たまに調子に乗りそうになったとき、耳元でお姉ちゃんが引き戻してくれたような気がして』

「そ、っか」

『それにね、あのときお姉ちゃんが辛かったのはなんとなくわかるし……お姉ちゃんがその気じゃなかったとしても、心のどこかで心配もしてくれてたんだとあたしは思うよ?』


 ……私はもう、感情を制御できている気がしなかった。だって、こんなの。


「……私、こんなに恵まれてていいの……? 自分一人では掴み取ることもできなくて、八つ当たりして、くよくよして……どうしようもないくらいダメな」

『ダメなんかじゃないよ! あたしの大好きで憧れなお姉ちゃんを腐すなら、いくらお姉ちゃんでも怒るよ?』

「っ…………うん。ありがと」


 白雲詩は悪い子だった。こう言えば私が何も言えなくなって、自分を肯定するしかなくなるのだとよくわかっているのだ。


『あたし、お姉ちゃんに連絡するのずっと我慢してたんだ。お話したら、絶対甘えちゃうから。その分だとわかってないかもしれないけど、あたしはお姉ちゃんのこと世界で一番好きなんだよ?』

「うぇ、あ、えっと……ありがと」

『ん、わかってきたよ。お姉ちゃん自己肯定感低いみたいだから、これからはどんどん言わなきゃダメだね!』


 ……本当に、タジタジだ。勝てない。






『それでね、今度主役任せてもらうことになったの! 今はその準備で大変で……だけど、お姉ちゃんの声聞けてよかった。これでまた頑張れるよ』

「うん、情報見たよ。おめでとう。……ずっと連絡できてなかったけど、それでもファン一号のつもりで応援してるから」

『……いまやる気跳ね上がった。絶好調のピンクアイコンだよ』

「もしかして独特な形の体で野球してたりする?」


 向こうも手が空いているタイミングだったようで、それからしばらくは近況の話を聞いていた。情報や出演作は追っていたけど、やはりそれだけではわからないくらい頑張っているようだ。わだかまりが解けた……というには私は何もしてないけど、またなんでも話せるようになった今はその全てがただ嬉しい。

 だけど、そうだ。今日こうして詩と連絡を取ったのは、こうして話をするためだけではないんだった。


『こうまで上手くいったのは天音水波さんのおかげで、あの人と同じってところではFフューチャーSサウンドプロにも感謝してるけど……やっぱりあたし許せないの。お姉ちゃんを見落とすなんて……』

「それは仕方ないよ。私が目を惹けなかったんだから。……だけど、そうだ。詩、実はお願いがひとつあるんだけど、いい?」

『お願い? お姉ちゃんのならいくらでもいいけど、なあに?』


 ちょうどよく私の話になったから、このあたりで伝えておこう。……さっきまではまさか詩が私のオーディション落ちをそんなふうに感じていただなんて思っていなかったけど、話していなかった間もずっと昔みたいに私にべったりだったなら納得かもしれない。とはいえそれを割り切って走り続けられているあたり、やはり私の知る詩からはずいぶん成長している。

 水波ちゃんと懇意なのは聞いていた通りだ。ほとんど大恩人だったらしいことは、水波ちゃん自身は言っていなかったけど。


「今後、お芝居以外の音声や記事でのメディア露出とかももっと増えるだろうけど、そこで私のことはあんまり言わないでほしいんだ」

『え? んー……元々シスコンがバレないように喋らないでいたから、いいけど……なんで?』


 電ファンはその性質上、Vtuber事務所の中でも身バレ関連のコンプラが厳しいほうだけど、さすがに家族には話していいことになっている。だから問題ないのだけど……自分で話すのはちょっと緊張する。経緯が経緯だから、両親は最初から知っているし。

 だけどこれは、詩には知る権利のある話だ。いつまでも隠しているわけにはいかない。


「詩はさっき、何してた?」

『えっと……配信見てた。電ファンの月雪フロルちゃんの』


 これには素直に答えてくれる。それはそうだ、さっきの一幕はそこそこ話題になったから調べればすぐに出てくる。

 もちろん私も、「白雪詩」でパブサをすれば知ることができる。……その必要はなかったけど。


「そう、それです」

『…………えっ』

「つまるところ、そこが繋がったりしちゃうとですね。詩がアルラウネってことになっちゃうんですよ」


 私はこれに、いつものように声を作って応えた。私だって仮にも元声優志望だ、このあたりの切り替えと幅は電ファンの中でも自信がある。

 そして予想通り、詩はこれに目を瞬かせるような間を置いて。


『…………お姉ちゃん、フロルちゃんだったの!?』

「うん。実はね」

『………………あー、全部繋がっちゃったぁ……!』


 詩は地頭はいいけど、推理力はないタイプだった。いくらヒントを与えても犯人探しはできないけど、答えだけ聞かされれば途端に全てを理解するのだ。

 たぶん同じことが起こったのだろう。力が抜けたのか、ソファに埋もれるような音が聞こえた。




『つまり、ハルカ姉の正体がああで』

「うん」

『こないだ帰省してもお姉ちゃんがいなかったのは電ファンハウスにいるからで』

「うん」

『新人面談のときの話はそういうことだったんだ』

「そうなの」


 そうとわかればわかることは多いのだろう。きっとフロルとしてやってきたあれこれも今、詩の頭の中で片っ端から律としての過去に噛み合っている。パズルのピースのように。

 そしてこちらとしては、詩がかねてからリスナーだったことはわかっている。どんな反応になるかと思っていたら、


『なんか、全然ありかも。他の人はどうだかわかんないけど、あたしはそもそもお姉ちゃんのことは推せる』

「なんか変な扉をひとつこじ開けさせちゃった気はするけど……ありがとう」

『むしろあたし自身がアルラウネってことになるのも割とアリだし……何より、お姉ちゃんの魅力をわかってくれる人たちがいたのが、一番嬉しいの』


 べったべたの全肯定だった。今なんとなく察しがついたんだけど、たぶんこの子、三年半会っていないせいでシスコンが加速している。お互い上京してきているわけだし、どこかのタイミングで会ってガス抜きすべきかもしれない。

 ただ……最後の言葉は、なんだか余計に嬉しかった。実力通りそのままかはわからないけど、私のことを価値をもって見てくれる人がいるんだ、って。確かな心強さがあった。


『えっと、ともかく。つまりあたしがお姉ちゃんの話をし過ぎたら、お姉ちゃんがフロルちゃんとして話してる内容と一致しちゃって身バレに繋がりかねないから、そうならないために避けた方がいいってことだよね』

「うん。……私のほうはどうしても雑談もあれこれ喋る仕事だから、制限するのは難しくて。それに、もうある程度話しちゃってるし」

『おっけ、わかった。じゃあなるべく話さないようにして、どうしても喋る必要があっても被らないようにするね。元々あたしはお姉ちゃんの活動だいたい見てるし、ちゃんと何を言ったかはすぐ連絡する』

「ありがとう、ほんと助かるよ」

『んーん、こんなことでお姉ちゃんの役に立てるなら嬉しい。しかもフロルちゃんのためでもあるし……なんか一石二鳥というか、得した気分かも』


 ……ま、まあ、一件落着かな。なんだか詩が思っていたよりもデレデレだけど、悪い様子ではない。

 今後はちゃんと詩とも話していかないといけないな。こんなにいい子な、たった一人の大切な妹を、これ以上蔑ろにしたりすればいよいよお姉ちゃん失格だから。




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 二章終了となります。ここで毎日更新は終了となりますが、まだストックがあるので三章は火、木、土の週三回の投稿を予定しています。

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