#7【ドッキリ】寝起きを襲われて草食動物になる肉食植物【月雪フロル/電脳ファンタジア公式】

 翌朝。現在時刻、5


「おはようございまーす。電脳ファンタジア二期生、バーチャル大図書館の主、エティア・アレクサンドレイアでーす」


 わたしは後輩の部屋の前に来ていた。もう秋も深まってくるこの頃、この時間帯かつ部屋の北側にある廊下は照明なしだとまだまだ暗い。

 あんまり大人数で押しかけると気付かれるかもしれないから、スタッフは一人だけ。彼女が持っているのはここ数年で開発された新型カメラで、スーツなしでモーションキャプチャができる優れものだ。この家には沢山用意されているもので、わたしはそれに向かって話している。

 このシェアハウスの個室は全て配信用に防音室になっているから、声量を気にする必要はない。声を潜めたのは、それっぽいからだ。


「今は10月14日の日曜日、午前5時半です。四期生の初配信の翌日ですね」


 もっと言えば、初配信リレーが終わってから7時間しか経っていない。終わった後にはシェアハウス組は共用リビングに集まって、それ以外も新人を含めて何人か通話を繋いで労いの会をしていたからそれこそ熱も冷めやっていない。

 わたしは今のために早めに部屋に戻ったけど、この扉の向こうにいる子も部屋に戻ったのは午前1時過ぎだという情報を得ている。


「皆さん、四期生の月雪フロルちゃんが初配信で言っていたことを覚えていらっしゃるでしょうか。……そう、『仲間で遊ぶのが好き』ですね」


 これは、わたしとしては歓迎だ。電ファンは箱単位での絡みも多く組まれている事務所ではあるけど、だからこそマンネリ気味だとはわたし自身感じていた。フロルちゃんならそれを叩き壊して、新鮮味を取り戻してくれるのではないかと期待しているのだ。

 だけど、わたしはそれだけでは不充分だと思うんだ。そしてこれは、ある意味では逆のことを散々やられてきたわたしだからこそ適任だと思う。…………他の子だとフロルちゃんより早く起きられないというのは、あくまで副次的な理由だ。


「でも、遊ぶ気なら遊ばれる覚悟もあるんだろうな、というか。いっそ本人が真っ先に遊ばれた方が面白いと思うわけですよ」


 わたしは般若面を取り出して着けた。過去の公式番組で使われたものだから、3Dモデルもちゃんと存在する。……まあ、寝起きでいきなり見る分にはけっこう怖いはずだ。


「というわけで、寝起きドッキリを決行します。攻めっけ強めのアルラウネの化けの皮、剥がしちゃいましょう」




 全室防音はこの部屋も例外ではないから、いざ開けてみるまで中の様子はわからない。これでもう起きていたら全てご破算だけど、呼び鈴で起きてしまったらそれこそ本末転倒だ。

 わたしが寝落ち癖を考慮して渡しておいた(だから実は夢エティアの件はわたしの自業自得である)のに対して、「対等にしとこ」と渡してくれた合鍵を使って中へ。念のため扉はしっかり閉じておく。……幸い、フロルちゃんはまだ寝ていた。


「では」


 時は2029年。最近は技術の進歩も著しく、デザインさえあれば3Dモデルを作るのも簡単になっている。ウチのような大きめの事務所だと最初から3Dになっていることも珍しくないから、今スタッフが向けているカメラにもちゃんと3Dモデルで投影されることだろう。その代わり、第一次Vtuberブーム時代のように3D化をイベントとして盛り上げることはできなくなったけど。


 わたしは少し考えて、逃げ場を奪っておくことにした。というのも、たぶんこの子はホラーに強いのだ。幽子さんと一緒にホラーゲームを、とか言っていたから。ホラゲ監視はそのタイトルを熟知しているか、強くないとできない。見守り側も一緒に驚いたら愉悦できなくて、ライバーで遊ぶことにならないから。

 スリッパを脱いでベッドに上がって、綺麗な仰向け姿勢で寝ているフロルちゃんを跨ぎながら四つん這いになる。そのまま馬乗りに……ちょっと思わせぶりな体勢になったけど気にしない。わたしも電ファンに入って一年半だ、体当たり系の企画もいくつもやってきたし、自分でも半分くらい芸人だと思っている。

 ガチレズのローラちゃんあたりはキレて羨んできそうだけど、悔しければ入居すればいいのだ。事情があるのはわかるけどね。


「フロルちゃーん……起きてー」

「……んん…………」


 ちゃんと肩を押さえて、肘を伸ばした状態で軽く揺する。ここで油断をして関節を固めておくのを怠ると、飛び起きたところに額どうしがぶつかって大惨事になるから。

 フロルちゃんは高校生だという点を差し引いても元々早起きなほうだ。だからここまで早い時間にやっているんだけど、それもあってか起こしてさえしまえば目を覚ますのは早かった。


「ん、ぅ…………うわぁっ!?!?!?」


 瞼が開いて、焦点が合って……飛び起きた。しかし肩がベッドから離れず、すぐに自分が押さえつけられていることに気付く。

 人間は野生の食べる食べられるから離れて久しい生物だけど、いざそういう局面になると本能がちゃんと理解を促すんだね。お面越しに、狼を見た子うさぎのような怯えを感じる。


「なに、なになになにこれっ!? た、たべないでっ、」

「……」

「そ、そうだっ、私植物だから! 肉じゃないからっ、美味しくないよぅっ!?」

「…………っ」


 混乱のままに叫んで逃げようとして、体をずらすことすらできないと理解すると命乞いを始める。冷静に考えれば別に般若は人を食べたりしないのだろうけど、人は錯乱すると往々にして支離滅裂になる様子がよく見えている。ドッキリ冥利に尽きる最高の反応だ。

 ただその一方で、フロルちゃんとしての設定が全く剥がれなかった。デビュー二日目にして素晴らしいプロ意識だ、きっと決まってからの一ヶ月で徹底的に自分自身へ叩き込んだのだろう。でないとこんな極限状態で自分が植物だとか言えない。


 …………その、ね。不覚にもこの場で新しいものを見つけてしまったのはわたしの方だった。生物としての危機に陥って対処の手段を完全に失い、抵抗から媚びに切り替わるあまりに綺麗な流れにわたしの中の何かが灯ってしまったのだ。

 だけど、そろそろ笑いをこらえるスタッフが限界だった。このくらいで許してあげることにして、片手でお面を外す。


「…………へ?」

「まだ寝ぼけてるかな? ごめんね、フロルちゃん。これ、寝起きドッキリ。昨日あんなこと言ってたから、先制攻撃しようと思って」

「せ、せんぱぁい……!」


 わたしが顔を見せてようやく、本当に目が覚めたらしい。たっぷり数秒はぽかんと放心してみせて、全部バラしたところでようやく力が抜けた。このあたりの反応、なんだか全てが可愛らしく見えてくる。

 ただ、フロルちゃんはこれだけやってもわたしのことを安心する対象として認識したらしい。抱きついて引っ張り込んできて、そのまま背中を力なくぽかぽか。なんとも役得な体勢だ。


「…………あやうく漏れるとこだった」

「ごめんね?」

「もうっ。反撃される覚悟はしてたけど、先にやられるなんてっ!」

「先輩として上下関係を理解させてあげないとと思ってね」

「なんかもう、エティア先輩にだけは勝てなそう……」


 これ、DV彼氏の感覚なのかな。わたしのせいで弱りきっているのにわたしを信じきっているフロルちゃん、あまりにも可愛い。投稿されたときにつくコメント、「てぇてぇ」と「あくどい」のどっちが多いかな。こんなつもりではなかったんだけどな。

 とはいえ、わたしはフロルちゃんをいじめに来たわけではない。そのあと抱きつかせたまま起き上がらせてしばらく、フロルちゃんが動き出すまで好きに甘えさせていたんだけど……それこそが余計にDV彼氏っぽくさせていたと気付いたのは人肌が離れてからだった。






「ご馳走様でした」

「お粗末さま。やっぱりこういうの好きだった?」

「そりゃもう。やる側が先だったらなおさらだったけどねっ」

「そう聞くと、デビュー前はあれでも自重してたんだね」


 すっかり目が覚めてしまったようで、フロルちゃんはそのまま起きた。むぅぅ、とまた可愛らしい様子で頬を膨らませている。本人には自覚がないようだけど、この子は今のようにときどき幼げがあって可愛い。

 少し早くに起こしてしまったのは申し訳ないけど、なんでも昼寝で調整するらしい。埋め合わせとして、寝過ごさないように今度は優しく起こすくらいはしてあげようか。

 ……それにしても、本当に7時間ちょっと前に初配信をしたばかりかというほどライバー魂に満ちていた。わたしでも半ば芸人といえる電ファンに完全に慣れるにはひと月はかかったものだけど、やっぱりライバーとしてではなくても二年半のキャリアは嘘をつかないらしい。


「なんかエティア先輩、ドSの目をしてるんだけど」

「あー……今ので目覚めちゃったのかも」

「うわ、厄介なの呼び起こしちゃった……? ハウスではルフェ先輩の次くらいに良心寄りだと思ってたのにぃ」

「ルフェちゃん? フロルちゃん、今は他の女のこと考えたりしないで。いい?」

「…………キャラ変わってるよ先輩」


 二人がけソファに並んで座って、もう少しだけ話を続ける。まだデビュー直後で情報のないフロルちゃんだから、どんな会話でも供給だ。ライバー相手だと敬語が取れて口調の伸び方なんかが可愛いところとか。

 重い女ムーブをしてみたら、口を尖らせながら肩に頭を乗せてきた。……本当にかわいい。半分以上冗談のつもりだったのに、これじゃあ。


「わたしの女にしちゃおうかな」

「こんなにすぐてぇてぇする気はなかったんだけどなぁ……あ、でもハルカ姉さんなんて言うかな」

「あ。……でもわたし、フロルちゃんのためなら頑張るから」

「や、別に私が望んでるわけじゃ」

「フロルちゃんはわたしとじゃ嫌……?」

「よくもまあすらすらとテンプレムーブが出るねぇ先輩……まあ、嫌じゃないけど」

「…………フロルちゃん、あなたは自分のデレが持つ殺傷力をなるべく早く自覚しようね」


 でないと最悪死者が出かねない。わたし以外にも何人も。

 ちなみにライバーが自分を指していう「てぇてぇする」は「これはフリですよ」という主張だ。大抵の場合ガチになる。


 今日のところはこのくらいにしておいて、録画データはスタッフに任せてついでの朝活のため部屋に戻った。なるべく早く編集して公式チャンネルから出すらしい。

 フロルちゃんは「いっそそれまでに能動的な印象をつけておいた方が面白くなる」と言い出した。本当にこの子はライバー適性が高いね。

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