#4【四期生ハウス組】限界オタクと堕落幽霊と元スタッフ【#電ファンスナップショット】

 さすがに人数が増えてきたから共用リビングへ。心愛先輩が飲み物を出しに行こうとしたけど、居合わせたスタッフさんに制されて戻ってくる。


「心愛のココア、不発です……」

「失敗しても真っ先に爪痕を残しにくるそのファイティングスピリットには敬意を表しとくね」

「え、っと」

「陽くん、これが電ファンだ」


 この中でも上位のぶっ飛び方をしているデュエ兄が常識人面しているのはちょっと殴りたくなってくるけど、まあ言っていることは正しい。ここに住んでいる8人のライバーのうち、よそ基準でちゃんとMCができる判定がつくのはハルカ姉さんの他にはルフェ・ガトー先輩くらいのものだ。

 まあそのルフェ先輩も変に話が飛ばないだけで若干ふわふわ系だから……ハルカ姉さんがMCをやりたがらないウチの公式番組がどんなことになっているかは察してほしい。


 ところが、ここで陽と呼ばれた青年は、緊張気味ながら困惑だけでない反応。


「あ、あの、一色心愛さんっすよね。俺、個人勢の頃からの推しで」

「あら」

「ここのオーディション受けたのも、憧れたからで。会えて光栄っす」


 ……なるほど。確かにこの人、他はともかく心愛先輩だけは顔を見られていない。これはガチだね。しかもガチ恋じゃなくて崇拝っぽい。

 それに、確か……。


「四期生のオーディションって、応募締切は……」

「うん、確かギリギリ私が加入を発表する前のはず」

「俺、推しにはあんまり干渉したくないタイプなんで、関わりがないつもりで受けたんすよ。戻れなくなってから心愛さんが加入して、その後通過のメッセージが来て」

「災難だったね……いや、いいことなんだけど」


 完全に偶然、推しと同箱になったわけだ。同じ建物に住むことになったのは、この感じだと自宅での活動が大変なクチかな。

 うんうん、そういうこともある。


「私もハルカ姉さんに草葉の陰からハマってた時期あったなぁ。慣れないうちは動悸が大変かも」

「そっすよね!? 俺これから生きていけるかどうか……!」


 私はむしろ安心してるよ。同期がこんなに愉快で。仲間意識を持ってやっていけそう。


「そろそろ心愛ちゃんパンクするよ?」

「個人の苦労人時代が長かった心愛にはこの後輩は眩しすぎたか……」

「は、話変えよっか。ほら、私たちまだ君の名前も聞いてないし」

「あっ」


 心愛先輩、かわいい。まだ具体的な褒め方はされていないのに、最初は「あら」なんて冗談めかしていたところから早くもこれだ。加入発表前で3000人くらいの登録者のもとで二年ほどやってきて、激動の三ヶ月を過ごしている彼女はまだまだ落ち着いていない。

 一方でこっちもこっち、名乗ってもいないことに気付いていなかったようだ。「あっ」なんて言わなければバレないのに。


「俺、四期生のあおいはるっす」

「名は体を表すの究極系みたいなの来たね?」

「陽キャの波動が……」

「めちゃくちゃ青春してそうだな」

「ってことは学園組? 火玉ひだま先輩が喜びそう」

「軽音楽部でギターしてます」

「青春してるー!」


 あおいはる、青春だね。いい意味でVtuberっぽい名前だ。ギターをやっているというのもまた。

 電ファンはさまざまな設定のライバーが混在しているけど、中でも学生系は何人か数がいる。それはまとめて「学園組」と身も蓋もない呼び方でグループ化されているのだ。


 エティア先輩は陽の気配に身構え気味だけど、それを含めてここには新しい仲間で盛り上がれるメンバーが揃っていた。ひとしきり盛り上がったところで、今度は私が……というところで、闖入者。




「あ、見つけた……! たぶんここだよね……?」

「お、もう一人の新入りだな?」

「二人来るって言ってたもんね」


 今回は二人が新しく入居するとのことだったけど、もう一人も今日だったようだ。少し遅れて入ってきたのは、今度は背が高めでダウナーな女性だった。

 なんというか、陽くん(呼称を早くから馴染ませておくのはここでは基本だ)とは対照的。そんな彼女は囲んでいた六人がけテーブルの最後の席につくと、改めて自己紹介した陽くんを眩しそうにしながら。


「私は、四ツ谷よつや幽子ゆうこといいます」

「すごい幽霊っぽい名前」

「あ、はい。幽霊です……」

「おお……ウチにはいろいろいるけど、死後の存在は初めてだね」

「でも大丈夫だよ、吸血鬼とか魔法少女とか人魚とか兎とか狐とかいるから。幽霊くらいいても不自然じゃない」


 当然ながら今の私たちに見えているのはいわゆる中の人で、まだ立ち絵すら知らないんだけど……すごいね、よくもまあこんなハマり役の人が見つかったものだ。

 ……それにしても、眠そう。


「さては昼夜逆転の民?」

「これはローラちゃん狂喜乱舞だね」

「ガチレズ吸血鬼とお姉さん幽霊はもはやデザイナーズコンボだろ!」

「……ダメ幽霊を秒で見抜きながら怒りもせず盛り上がってる」

「見てる側が不快にならなければ、ライバーはどんな個性でもステータスみたいなとこあるから」

「寝落ち癖でもね!」

「も、もうフロルちゃん!」

「これは寝かせ甲斐がありそう……!」


 度合い次第ではあるけど、完全な夜型ならそれはそれで希少なのだ。単に朝に弱いライバーはとても多いけど、深夜に強いなら強みになる。そういう時間帯にも何か見たいリスナーはいるから。

 その一方で真逆のことを言い出す心愛先輩。というのもこの人はASMRガチ勢なのだ。時にコラボ相手を本当にヘッドスパすることもある彼女は、そのためにここに転居してきたまであるし。そんな心愛先輩にとっては、女性ライバーは全員獲物みたいなものである。私も逃げなきゃ。






「で……そろそろそこの妙に馴染んでる同期? が気になるんだけど」

「うん。どの先輩でもなさそうだし、ここに三人って言われてた同期だよね?」


 順番を譲っていただけではあるけど、そうだよね。事情はまだ公開していないし、その状態で私の存在は不自然に見えるだろう。今までは初めてのキャラに忠実な日常を演じるのに必死だったようだけど。

 その点、私はちょっとだけ慣れている。二人のことは私がある程度引っ張ってあげないとね。


「うん。月雪つきゆきフロル、四期生だよ。……雪、って言えばわかる?」

「ああ、あの!」

「そっか、雪ちゃんあのままデビューになったんだ。確かに、それなら急に六人になるのもわかる……」


 月雪フロル、それが私の新しい名前だ。sperと二人で考えた。陽くんにあんなことを思ったけど、私の方も大概ライバーっぽい名前になった。

 しかし、雪の知名度は思っていた以上に高い。加入にあたって調べた部分はあるのかもしれないけど、すっかり知られていた。おまけに納得とばかりで違和感もなさそうだ。


「ちなみにこの子、アルラウネだよ」

「そうなんだ!」

「あ、バラさないでよエティア先輩。袖からいきなりツル出して脅かそうと思ってたのに」

「そのツルで寝てる私を操り人形にしてた悪い子に仕返しだよ」

「もう……ああ、大丈夫だよ。私ちょっと都会かぶれなところあるから、現代社会や日本文化に疎いとかないし」


 作るにあたって事務所からはひとつだけオーダーがあった。「属性を盛れ」だそうだ。これは小心者幸運悪魔お嬢様という心配になるほど盛られた三期生がかなり好評だったこともあって、シンプルより属性が多い方がいいとか。四期生のそういう枠に、ライバーの色をよく知っている私はちょうどよかったと。

 そうしてできたのが「都会かぶれイタズラっ子微ロリアルラウネ」。アルラウネだけでなかなかいないのにさらに掛け算をして、その一方でキャラ崩壊はしづらい絶妙なものになった。




「こう並べると、四期生もずいぶん濃いね」

「三期生ほどじゃないよ?」

「三期生は……まあ」

「社長が『今回は全員横文字!』って言い出した結果だから」

「にしても大概だけどねー」

「ルフェをスカウトしてきたフロルが言うかそれ」

「スカウトではないもん! 面白そうな子がいたって喋っただけで、やったのはハルカ姉さんだし!」


 いやまあ、確かに私が言わなければルフェ先輩は今ここにいないかもしれないけど。でもアルバイト扱いで参加したリアイベにこんな子いたんだ、って雑談しただけで、ハルカ姉さんがいきなり連れてきて三期生とか言い出したのさすがの私も面食らったんだよ?

 電ファンは最初からここでデビューする人の中にもたまにスカウト組が混ざっている。一体どこで見つけてくるのかと思ったら、けっこう力業だったのだ。同じスカウト組扱いの私が言えたことではないけど。


「四期生は六人だったよね。残り三人はどんな子なんだろう?」

「あ、軽くだけど聞いてるよ。探偵と魔女とクノイチだって」

「濃いなぁ、もうそれだけで濃い」

「魔女の子はロリだとか」

「濃度上がったわ」

「フロルちゃんを差し置いてロリ呼ばわりするほどの……?」

「む。それどういう意味?」

「あれ、もしかして俺浮く……?」


 幽霊、アルラウネ、魔女、忍者探偵、学生。……うん、浮くかも。

 でも大丈夫。それでもちゃんと同期だから。一緒に頑張ろうね。

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