#55【放送事故】フロル、お前とゲームするの楽しいけどさ……

「せっかくフロルちゃんが来たんだから、ゲームをしようと思います」


 続く二本目の第一声がこれ。本当に脈絡というものがないというか、台本のライターがオープニングトークの茶番に脈絡なんて要らないと思っている節がある。うちの公式番組でまともな前置きをやるの、ファン研くらいだもんね。

 この回から私もタイトルコールに参加している。収録は四日前の歌のときにしてあるから、あとは編集にお任せだ。


「……私が言うのもなんだけど、大丈夫?」

「頭だいじょぶ?」

「ルフェちゃんに流れるようにとんでもない暴言吐かれたけど、大丈夫だよ。私だってさすがにフロルちゃんに勝てるなんて思ってない」

「ごめんねぇ、台本に書いてあったの」

「そういうことバラさないほうがいいよルフェ先輩」


 ……ちなみに、書いてない。台本への責任転嫁どころかその手前のセリフすらアドリブだ。そんな際どい冗談が平然と流されるどころか歓迎し合うほどの仲だということだ。私も羨ましくなるような親友関係だから。

 ということを本人たちに言ったら、確実に百合の間に挟まれるから今はやめておくけど。自分でしっかり咲く前に咲かされるのはちょっと、プライドがね。


「だから今日は協力ゲーやってイミアリの絆を見せつけていくよ」

「なるほど」

「よかったぁ、それならエティアせんぱいのついでにわたしまでボコボコにされずにすむ」


 やっぱり中々な言い草だけど、まあ事実だから突っ込めない。私のほうも対戦ゲームでコラボしないよう気をつけることにしたくらいだし。

 出てきたタイトルは『Capacity Over!!!』。その名の通りで、明らかに間に合っていないオーバーワークを協力してこなす2~4人向け作業ゲーだ。そこそこ有名なゲームだから通常コラボでもできそうではあるんだけど……わざわざリリりでやるということは、スタッフの意図はわかった。あとはできるかどうかだけど……。






「……すごい、全部やってくれる」

「公式番組のいいところだよね」

「甘い汁は吸える時に吸っておいたほうがいーよ。あとでどうせ辱められるから」

「なんて物言いを……」


 ソファに座ったままの画角で、中央のテーブルの向こう、1カメから少し横へズレた位置にモニターが用意された。ほぼ常時私たちのカメラ目線が提供されるあざとい仕込みで、ワイプとしてバストアップを画面端に置いておくらしい。

 当然一度カットは入ったんだけど、立ち上がる必要すらなく準備が進んでいく。このときの私はまだ、この場面転換中に3カメで撮られていた自分の初々しい反応と会話が本放送で使われることになるのを知らない。


「じゃあやっていこっか」

「はーい」

「はぁいっ」

「この瞬間だけなら小学校の放課後なんだけどね」

「このユニットって自分で言うことじゃないこと言いまくるよね」

「自分も含めてね」


 それは否めない。否定したらこの動画のシークバーを戻されてしまう。というか完成版では実際に戻して確認する演出が入っていた。


 このゲームで行うことになるタスクの内容は何種類かあるけど、チュートリアルを兼ねた第一ステージはレストランのホールだ。

 注文を取ってキッチンに伝える、出てきたものを配膳する、会計をする、席を片付けるの四つの業務が必要になるんだけど、当然ながら所要時間がそれぞれ違うからプレイヤーが四人いても完全分業は難しい。適宜できることをやることと、待たせすぎを作らないことをしっかり意識する必要がある。


 連携の重要性と見た目以上の難しさを突きつけて、舐めてかかったプレイヤーの鼻っ柱を折りつつ基礎の操作や立ち回りを覚えさせるステージだ。当然、初見での実況者の反応としては「上手くいかなくてわたわた」あたりを期待されるところなんだけど……。


「あ、会計止まってる!」

「私が行くよ」

「向こうの片付け間に合うかなぁ」

「ルフェ先輩、向こう優先でお願い」

「これ猶予キツいね……」

「料理出てるときに注文取って、そのまま別の注文を届けると効率よさそうだよ」


 ……初見でも意外と回る。難易度調整はシビア寄りなタイトルだったはずだけど、いきなり最高評価だった。

 チュートリアルだからなのかな。ピンチ状態こそ何度かあったけど失敗は0。このままだとまずい点も特にないほどだ。


「……いけるね」

「これ想定されてる?」

「いけちゃったからしかたないね……」


 なるほど、これがイミアリの絆か。二人がやたら私の思い通りに動いてくれているだけに思えるけど、それが息が合っているということならいいことだ。

 とはいえ、順調に進むだけでは動画として面白くない。ひとまずこのまま、壁に突き当たるまで進めていこうか。





「あ、どんぶり洗ったほうがいい?」

「お願い。こっちは私がやっとくから」

「フロルちゃん、今の注文のスープなんだったっけ……」

「醤油4、豚骨3……んー、左から順に1、4、2、3で!」

「その指示助かるけどそこまで把握してるの?」





「これ1と4のレーン周期が一致しちゃってるね……合図出したら近い方がもう片方お願い」

「おっけー」

「任せて」

「今回ゴミ箱かなり遠いし、速度落としていいからミス減らしてこ」

「ミスったら最悪余裕できるまで置きっぱかな……」





「うんわかった、これ今までと違って誰かがレジ専任したほうがいい!」

「だよね! やってくる!」

「赤くなったら教えて! いざってとき入りやすいように……だけど配置的に斜めに割るかな? エティア先輩は左上の半分お願い」

「フロルちゃんが2レジ入ったら全部だね」

「そのときもある程度持ち場優先でいいよ」






 …………で。


「また☆5っ!」

「やったー! ……でいいのコレ?」

「他の人たちの実況だとめちゃくちゃミスってめちゃくちゃギスってたよ」

「そんなのやらせようとしてたのエティア先輩?」

「でも実際問題、このままだと撮れ高ないよ」


 けっこう進んだんだけど、初見最高評価ラッシュは一度も途切れていない。むしろ慣れて動きがよくなってきて、意味不明な形のステージや変な動きをするギミックも増えてきたのにスコアは上がってきてすらいる。

 エティア先輩も言っているけど、このゲームはかなりの高難度ゲーだからとてもよくギスる。いわゆる「そんなゲームでもやっちゃって、終わったらケロっとしている俺たち仲良し」みたいな文脈で使われるものなんだけど……おかしいな。今のところただの以心伝心だ。


「いいことじゃないの?」

「よくないよルフェ先輩。スタッフさんたちはギスを求めてるから、このままだとOKもらえなくて撮影時間だけ伸びてくよ」

「たぶんこの会話の前で一区切りにされて、ここまでダイジェスト祭りと☆5リザルト大量貼り出しの編集になってるよ」

「で、ノーカット版が別で出るんだよね。あと今このへんに現時点の収録時間が出てる」

「そういうこというとほんとにそうなりそう……」


 まあ本来いいことなんだけど、これが実況動画なのがよくない。難しいゲームの実況動画を簡単そうにプレイしてしまうと、もともと想定されていた撮れ高や構成が満たせなくなってしまうんだよね。……初めてじゃないからね私。

 しかもこれはアドリブ多めの公式バラエティだから、スタッフさんたちがある程度の進行を握っている。するとどうなるか。カット編集、倍速、ダイジェスト、画面分割……あの手この手で圧縮されていって、撮影時間が長くなるのだ。


 ……あ、ちなみにあとで見たところ言ったことは全部やってくれていた。これはもはや誘ったからね。


「……ギスるフリでもする?」

「それ今言った時点でご破算じゃない?」

「とりあえず、こんなことになった理由を探そっか」

「上手くいきすぎて反省会するんだ……」


 ほらもう、二人とも悟っちゃってトークでオチをつけにきた。そもそもわかってなかった風の言動をしていたルフェ先輩もばっちり全部理解した上で、会話の流れのために聞き手役に回っていただけだからね。

 こうなるとだいたい私がツッコミに回ることになる。私だってギス営業は考えたし、こうなった原因は理解……というか自覚している。


MVPせんぱんを指さそっか。せーので」

「せーのっ」

「ほらもうフロルちゃんもわかってるし」


 そうなんだよね。どう考えても私のせいだ。そりゃそれしかない。

 正確には全員なんだけど、一人選べと言われてエティア先輩とルフェ先輩のどちらかを選ぶというのは無理筋だ。二人は同じくらい、本来なら相当目立つほど活躍していたし。


「指示がよすぎるんだよ」

「周り見ながら言われたことやってるだけでクリアしてるもんねぇ」

「二人も大概だけどね? いてほしいときにいてほしいところにいるし、作業早くてミスもないし」

「それ以上の速度と正確性を担保しながら全体を即座に把握して攻略法を開幕すぐ教えてくれる子にいわれましても」


 いろいろな動きはしたけど、共通していたのは「基本的に指示は私が出した」こと。こういうゲームは状況把握とステージごとの攻略法の看破が難しくて、それが遅れるほどスコアが落ちるから、そこをなるべく早く解決してしまうのはどうしても効果的なのだ。

 で、それを全面的に信頼してくれる上に、頭がよくてクレバーな上に慎重だからミスが少ない二人がいる。こうなれば私が読み違えない限り大事故は起こらない。


「わかった。じゃあ次ラストで、フロルちゃん喋るの禁止ね」

「ライバーなのに!?」

「だってフロルちゃん口を開くたびに有能なんだもん」

「不満口調でベタ褒めされてる……」

「とにかく、フロルちゃんは一言も喋らないこと。返事もしなくていいよ、全部わかってくれたつもりで受け取るから」

「……まあ、わかった。それでやってみよっか」


 実際、動画的にはそれが落としどころだろう。そして二人でギスって、「やっぱりフロルちゃんは必要」みたいな終わり方をしてきそうだ。なんとなく予想がついてしまったのが悔しい。

 ひとまずそれで納得して、私は1ステージ中ずっと口を閉じておくことにした。私がやるべきと思ったことは指示されなくてもやるけど、基本的には言われた通りに動けばいい。






 それで、そのステージが終わって……私は開口一番、叫んでしまった。


「どうオチつけるのこれ!」

「どうしようね……」

「フロルちゃんの攻略法、染み付いちゃってたの……」


 二人が完璧な意思統一をできていて、しかも的確だったのだ。画面にはまたしても五つの星が主張していた。

 もはやお手上げだ。しかも確か今のところは関門扱いされる高難度ステージだったはずだし、もう何をすれば予定の展開になるのかわからなくなってきた。


 ねえスタッフさん、今のがオチってことでよくない? いい? ……うん、ありがとう。

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