#28【電ファン切り抜き】褒め殺しのお手本を見せつけるハルカ姉さんに液状化するアルラウネ【明日ハルカ/月雪フロル/ルフェ・ガトー】

「よっつめね。芸能事務所にわからなくても、フロルちゃん自身が見失ってても、私たちはフロルちゃんの良さをよく知ってるの」

「あの、ちょっと待って」

「だーめ。ちゃんと言い聞かせてあげないと、また見失ってクヨクヨするかもしれないし」


〈そうだぞ〉

〈二度と自虐なんてできない体にしてやる〉

〈オラッ大人しく自覚しろ!〉

〈もしかしてフロ虐始まった?〉


 あ、まずい。こうなったらハルカ姉さんは止まらないのだ。このままだと精神がもたなくなるまで攻め込まれ……あっ、いいところに。


「あれ、ドアホン鳴りましたね。ちょっと見てきます」

「フロルちゃん?」

「こんな配信中に来るくらいですし、何か大事な用があるなら聞かなきゃ。どなた…………げっ」

「げっ、とはご挨拶だね、フロルちゃん?」


 どうにか逃げないとと思った矢先、部屋のドアホンが鳴った。今だ、逃れるにはここしかない。私が見に行くと主張してなんとかハルカ姉さんの腕から逃れた。

 あとは来訪者を丸め込んですり抜ければ……と思っていたところ。そこにいたのはルフェ先輩だった。

 ひとつ問題がある。この人のことを私はある意味で救ったことがあって、それもあってかライバーの中でも特に懐かれている。


「る、ルフェ先輩、どうしてここに」

「わたしの恩人がグチグチ悩んでたので、ちょっとその分際を思い知らせてあげようと思いましてぇ」

「わっ!? は、離してっ」

「ハルカねぇ、捕獲しましたー」

「よろしい。そのまま手首押さえててね」


 そんなルフェ先輩、どうやらちょっと怒っているらしい。私をあっさり捕まえると元の椅子に戻してきて、しかも後ろ手にする形で椅子の後ろで私の手首を掴んできた。

 さっきまでは抱きしめてくる腕さえすり抜ければよかったけど、これは完全に拘束されている。もう無理だ、さすがに詰んだ。


「さてと、それじゃ始めますか」

「な、何を」

「わからずやのフロルちゃんのために、フロルちゃんのいいとこ好きなとこ百連発」

「ま、待って、むり、そんなことされたら」

「さぁて、終わっても原型保ってますかねぇ?」


 …………私は心の中で遺書を書いた。






「……だから、電ファンにとってフロルちゃんは唯一無二なんだ」

「やっぱり自己評価よりも、他者からの評価のほうが当てになりますよねぇ」

「……して……ころして…………」


〈かわいそうに〉

〈表情緩みっぱなしなんだよな〉

〈なんて凶悪なんだ……〉

〈これが必殺・嬉し漬けですか〉

〈ここまでひどい褒め殺し初めて見た〉

〈フロルだからギリ意識保ってるだけだろこれ〉

〈他の子にはしないほうがよさそうだな〉


 私はあんまりな公開処刑でおかしくなっていた。もうなんか、全身熱い。精神崩壊ってこんな感じなのかな。さすがに違うか。

 私はこれまで褒め殺しという概念の凶悪性に懐疑的だったけど、これはだめだ。まともに人の顔を見られなくなる。明日も配信予定あるんだけど、できるかなこれ。


「さすがにこれだけ言えばわかるよね」

「わかりました……二度と卑屈になんてなりません……だからもう許して……」

「あーあ、今後一生謙遜するたびに恥ずかしくなる体になっちゃった。早く自信つけとけばよかったのに」


 うん、たぶんこれから「私なんて」とか言う度にこれを思い出すと思う。無理だ、トラウマになってしまう。もう後ろ向きなことを言えなくなってしまう。

 そして不思議なことに、もう居心地の悪さや申し訳なさは残っていない。……どっちかというと、自信じゃなくて羞恥に洗い流されたような気はするけど。




「まあ手法は半分冗談だけど」

「冗談でこんなことしないでもらえるかな!?」

「言葉に嘘はないし、私にも電ファンにもフロルちゃんがいないと立ち行かないのは本当だからさ。自分が凄い、求められている存在なんだってちゃんとわかってくれるかな」

「……うん。冗談抜きに、ほんとうに染み付いたから」

「よかった」


〈ええんかこれで〉

〈なんか違うような……〉

〈ひどい洗脳を見た〉


 まあ、大丈夫。ちゃんと伝えたいことと熱意は伝わったし、何よりここまでして励ましてくれたのが嬉しい。人を本気で励ますのって案外大変なことだ、その上でハルカ姉さんの想いが伝わらないほど鈍感ではなかった。

 そんな大事な転換点が撮れ高として追加の性質を帯びるのも電ファンらしいといえばらしいし。また改めて、今の話を踏まえてこれまでとこれからのことを振り返ってみようかな。それで少しは自信に実感がつくはずだ。





  ◆◇◆◇◆





 途中になっていたアーカイブを最後まで見終えて、おすすめ欄に並んだ切り抜きから断腸の思いで目を逸らした。そろそろ本番の時間だから、何か見ると途中になってしまう。

 見ていたのは昨日行われた推しVtuberどうしの初コラボだ。新人面接という形だったけど、デビュー前からずっと懇意だったというこの二人の絡みを見られてありがたいことこの上ない。距離感も近かったし……他ではできないであろう込み入った話もしていた。


「詩ちゃん、そろそろ現場入りだよ」

「あ、はいっ」


 声優になってからそろそろ三年、それなりに紆余曲折があったけど、ここのところは落ち着いてきている。そのきっかけともなったのが、ちょうど今控え室まで呼びに来てくれた天音水波さんだった。

 難しい話ではない。ちょっとだけ、悪目立ちし過ぎたというか。ありがたいことに人気が出たことで新人の割に仕事が多かったんだけど、そのせいで周りの新人との間に溝ができてしまった。かといって先輩たちのほうに話し掛けに行く勇気もないから、孤立してしまったのだ。そんなとき、お姉ちゃんならきっとうまく立ち回れるんだろうけど。


 そんなとき助けてくれたのが、ひとつ上で同じく駆け出しだった水波さんだったのだ。真っ先に仲良くなってくれて、その水波さんが次々に交友関係を作るからそれに連れられる形でたくさんの人と仲良くなって、気付けばわだかまりなんてなくなっていた。

 だけど、それはあたしが何か解決をできたわけではない。ほとんど水波さんのおこぼれをもらっただけなのだ。……ほんと、自分のそういうところは嫌になる。


「……それ、電ファン?」

「あ……そうなんです。好きで」

「そうなんだ、私もだよ」


 今日はそんな水波さんが、幼馴染だという九鬼シオンさんと二人で持っているラジオ番組のゲストとして呼ばれていた。この番組がたまに呼ぶゲストの人選には二人のレギュラーが割と裁量を持っているそうなんだけど、あたしのことは敢えてしばらく呼ばないことで周りと角が立たないようにしてくれていたらしい。そのあたりの配慮、ほんとうにありがたい。

 ただ水波さん、まだ開かれていたスマホの画面が見えたのか話を振ってきた。最近はVtuberも一般化してきているものだし、隠す理由もなく頷く。……それにシンガーソングライターの水波さん、確か電ファンのライバーに楽曲提供をしたこともあるし。


「ちなみに、何見てたの?」

「昨日の新人面接のアーカイブです」

「……フロルちゃんの?」

「はい。そろそろ推しで」

「うん、そっか。私も見たよ、作業中の流し見だけど」


 そう。あたしは最近、電ファン四期生の月雪フロルちゃんに凝っている。なんだか安心するような安心感と惹きつける雰囲気があって、気付いたら彼女ばかり見ているのだ。あたしは明日ハルカさんからの追っかけだけど、最近は箱推しのつもりだったのに。

 スタジオに歩きながらの話だからか、少し考えるような様子をみせながら水波さんは口を開く。あたしは早口にならないよう気をつけながら続けた。


「すごく活動に誇りを持ってる子だと思ってたので、悩んでたのはちょっと驚いて。でも、ハルカ姉の言う通り杞憂だったと思いますし……なんだか人間味があって、逆に安心したくらいです」

「……彼女の妹さんについてはどう思う?」

「そうですね……なんだかあたしと境遇が似てて、シンパシーもあるんですけど……それでいて、あたしたちとは真逆だな、って思いました。うちのお姉ちゃんは凄いから、あたしはその妹さんみたいにお姉ちゃんを黙らせられるような演技ができるほどじゃないですし……あたしのお姉ちゃんはすごく嬉しい激励もくれましたし。むしろあたし、フロルちゃんのほうが似てるかも」


 正直にいうと、フロルちゃんの心証はむしろ上がった。人としては弱みを見せたのだろうけど、そのくらいのほうが親しみがあるし……大事なコミュニケーションで後悔しているところとか、姉妹に自分の足りないところでコンプレックスを感じているところとか、なんだか親近感が湧く。

 その妹さん、ぜひ会ってみたいな、とは思ったけど……馬鹿な上に人との距離を縮めるのが苦手なあたしだから、仮にそれが可能になったとしても声をかける勇気がなかったり。


「…………お姉さんのこと、好きなんだね」

「はい! あたしにないものをたくさん持ってる、自慢のお姉ちゃんなんです! ……正直、お姉ちゃんのことがわからなかった事務所にはちょっとだけ不満があります」

「ふふ……でも、そっか。そういう見方もあるんだ」


 そう、あたしはお姉ちゃんのことが大好きだ。シスコンみたいになってしまうから、なるべく人にその話をしないようにしているくらい。水波さんには話しているのは、この人なら必要以上に言いふらしたりしないと信用しているからだ。

 水波さんは何やらいっそう考え込むような様子で目を伏せたから、表情はあたしからは見えない。そのまましばらく無言が続いて……そのままスタジオに着いて、収録準備が整った。ラジオの生放送は初めてだけど、考えようによっては配信のようなものだと思うと緊張もある程度解れてくる。そのまま曲が流れて、ワンコーラス終了に合わせてマイクがオンになった。


「さて、本日のゲストはこちら。声優の白雪詩ちゃんです───!」






 …………なお、あたしはこの翌日、水波さんを心底恨むことになる。




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 ここで第一章が終了となります。二章以降も方向性はほとんど同じですのでご安心ください。

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