#59【クロリロ】宙渡りの回廊クリア! なお【月雪フロル/電ファン切り抜き】
配信開始から2時間。私はこの日初の40階に差し掛かっていた。今回は三種の神器最強こと《転移の首飾り》を手に入れているから、可能な限りこの回で決めてしまいたい。
……初回はあの後どうなったかって? 24階で開幕モンスターハウスの中央落ちに対応できずにボコボコにされたよ。そういうときに何もできないのが壁抜けが神器第三位たる所以だ。
『ここまで難しいのですか……』
『あの『ダクリタ』を40分で仕留めたフロルくんが縛りなしで二時間以上とはね』
『フロルちゃんがここまで何度も立ち止まるの初めて見たかも』
「慣れと試行回数のゲームだから、アクションセンスとかで近道できないんだよね」
〈ここまでかかると思ってなかったな三人とも〉
〈ちよりんからタイプ音が聞こえなくなってる〉
〈ダクリタまた擦られてんな〉
〈初期運悪いとフロルでも死にまくるから……〉
ダクリタは完璧に操作さえすればクリアだけなら10分でできるシステムだけど、こっちはそもそもが99階の長丁場な上に運要素がかなり強い。
最初の5階で俗にリセマラなんて呼ばれる行為をしているし、時には深層まで辿り着いてからでも対処の難しい事故であっさり死んだりする。そういうゲームだ。
「もっと不思議で一番大事なのは、惜しい失敗でムキにならずに切り替える心だから。泰然自若」
『ライバー向きじゃないこと言い出した……』
『それを要求されるということは、裏を返せば起こることはライバー向きなんだろうね』
そうそう、現在通話ついでに観戦しているのは三人だ。この日は配信お休みで作業のゆーこさんが帰ってきて現れた。残り二人は片やボイトレ、片や配信中。
そんなゆーこさんがライバー的に際どい発言をしたけど、リアクション芸というのも配信者の要素だから言わんとするところはわかる。だけどもっと不思議チャレンジのときに思うままにリアクションをすると、たぶんかなりキツめのキレ芸になるんだよね。私はそういう芸風ではないし、反応するにしても先は長いから。
「あと、今回は縛りなしとは言ってるけど、実際ただクリアするだけの場合と比べると余計なことやってるからね」
『そうなのですか?』
「今回みたいに転移を持ってたら……このあたりの練習はもう良さそうだから実演するね」
〈そうなの?〉
〈せやな〉
〈だいぶ非効率なことしてるよね〉
〈まあよくわからん!〉
〈やってくれるの助かる〉
〈練習って……〉
ここまででは、転移の首飾りは戦いたくない敵や行き止まりを見つけてから装備して転移したら外す、その場からの退避に使っていた。ただこれは縛りなし攻略の場合の正しい用法とは違う。
そっちもやってみせることに。まずは階段を降りて、その部屋にあった薬草を拾ってから装備。すると頭上に「3」と表示された。これは次に転移するまでのターン数で、1から5の間でランダムに発生する。ただし、さすがに足踏みだとカウントは進まない。
「もう歩いた、罠のないマスを往復してカウントを消費して」
『徹底しているね。変に避けられるものを踏んでも嫌だからわかるが』
「転移したら先を目視とミニマップで確認、この部屋には何もないね」
『敵はいるけど……転移が間に合うね』
「一歩だけ歩いて、罠がなければそこを往復。罠への対処アイテムも有限だから、減らせるリスクは最低限まで減らすよ」
『絵面がシュールですね……』
「これを階段部屋に飛ぶか、階段の位置が確定するまで繰り返すの。転移先は必ず部屋だから、これでいつかは階段が見つかる」
『なるほどな。これで攻略できるなら、確かに死亡率は相当落ちる』
〈なんかズルしてる気分になるな〉
〈一気にダンジョン攻略っぽくなくなった〉
〈確かにこれが一番安全か〉
〈このゲーム通路にはなんもないもんな〉
部屋の中はどこを歩いても罠の危険がある以上、部屋の中で踏むマスの数を最低限にするのが一番安全なのだ。初回の《壁抜けの首飾り》でも発想としては近くて、薬草に余裕があれば終盤はわざと外側の壁際を通って階段の近くまで行ったりする。
これだけだとモンスターハウスで詰む可能性もあるけど、その場を凌げる書はそこそこ落ちているから底を尽かなければ大丈夫。通路への出口が塞がっていたとしても、二マス可動域があれば安全に逃げられるのが転移の強みだ。一番大きいのは三種の神器で唯一リソースの追加消費がないことだけど。
『じゃあなんで今はこうしてないの?』
「私の目標はクリアそのものじゃないもん。今のうちに道中で敵の強さの体感とか、本番で必要になる攻略情報を集めておかないと……っと、階段。次の階から元に戻すね」
『ああ、そのために危なくならない限りは転移しないと』
「罠やモンハウ対策切れでの事故死が起こったら転移はもったいないけど、手持ちが整ってないと練習のためにここまで来るのも難しいからねー。割り切りだよ」
〈練習すら大変と〉
〈まあ縛りなしでも地獄難易度だし〉
〈そっか……本番これよりキツいんだもんな……〉
〈あれ、ってことは〉
〈転移なかったらそろそろ死んでるよなあ〉
〈これにキレるなとかそら話し相手欲しくなるわな〉
そうだね、話しながらできているのはとてもありがたい。おかげで感情を引きずられすぎずにプレイできている。
今後のチャレンジでも可能な限り通話しながらやったほうがいいかもしれないね。相手がいれば、だけど。
その回は以降もそれなりの幸運に恵まれて、大きなミスもなかったことで順調に進んだ。
96階まで到達したところで残り階層数と階段へ直接飛ぶことができる《導かれし果実》の所持数が同じになったから、あとはこれを食べ続けるだけだ。……これを最後まで切らさずに済むのは比較的いいパターンである。
「よし、クリア……」
『長い戦いでしたね……』
『これ練習だけどな』
『本番はもっとむずかしい、んだよね?』
『本来ならこの時点で万歳三唱のはずなんだよね』
〈おめ!!〉
〈やっぱすげえわフロル〉
〈宙渡りを三時間ちょいで……〉
〈あんま喜んでない〉
〈むしろヤバさが浮き彫りになっただけという〉
〈これで終わりでは! ないのである!!〉
〈まだスタート前ってマジ?〉
〈今からこれを縛ります〉
初クリア時限定のご褒美ムービーを見ながら体を伸ばす、半分あたりからどうしてものしかかっていた緊張から解放された時間だ。画面では神秘的な場所へ辿り着いた主人公が、エンディングで消えてしまった本作オリジナルの相棒の痕跡を見つける感動的なシーンが流れている。
こればかりは私も、電ファン全体のリスナーもリアルタイムでは初めて見るものだからじっくり鑑賞しておこう。クリア後ストーリーに出てくる裏ボスの力を削ぐため、相棒と正気を取り戻したラスボスが時空の向こうへ消えていったのだけど、ここ『宙渡りの回廊』の果てにはそんな彼らからの漂着物があったのだ。
なお、通話にはいつの間にか四期生が全員集合していた。ボイトレを終えた陽くんが顔を出してくると、うずうずしていたところを
そんな二人も合流してしばらく、配信時間は三時間半ほど。長丁場になってきているから、今日このまま本格挑戦は厳しいかな。
「じゃあ最後は、本題である合成縛りがどれだけキツいかを体感して終わりましょうか」
『きれいに終わりでもよかっただろうに……』
『そこで現実を直視するのがフロルくんらしいね』
「そのほうがモチベ上がるし……せっかく集まってるから、ここまで見てくれたみんなのリアクションが欲しいの」
ありがたいことに四期生は全員集合しているし、その会話目当てもあってか遅めの時間になっているのに普段よりだいぶ同接が多い。そんなたくさんの目にこの鬼畜ダンジョンの通常クリアシーンを見せられただけでも今回に価値はあったけど、せっかくだから合成縛りがいかに厳しいかも知って帰ってほしいのだ。
というわけでさっそく再度進入。親の顔より見た宙渡り一階の光景が現れる。
「運次第だけど、最初からいきなり立ち回りが変わるんだよね」
『《カビたパン》も拾うんですね』
「見ててわかったと思うけど、ポーションがぜんぜん落ちてないからね。合成がないと薬草のまま使うことになって回復量が足りないから、リソースは他で補充しないといけないの」
基本的には今の経験から合成なしの立ち回りにアレンジしていく形だけど、先人の知恵は使うに越したことはない。水波ちゃんと橙乃が口裏を合わせてくれるから、朱音から聞いたことはどんどん使っていく。
HP回復が足りなくなるから自然回復に頼って、それで消費する空腹度を補充する、という話だ。カビたパン自体は小テクとして知っている人は幅広く使っているらしい。
それはあっさり受け入れられたけど、これは問題の本質ではなく不便への対応だ。教えたかったのはこれではなく、次だった。
『あ、そっか。銀の首飾りはひろわないんだ』
「あれ、素だと効果なしだからね。合成しないと意味がないの」
『……ん? 待てよ。確かさっきフロルは、ここでは銀以外の首飾りは落ちてないって』
「あ、気付いた?」
画角に入った首飾りのアイコンをそもそも拾いに行かなかったことに気付いたのはマギにゃだった。拾わなかったのは単純で合成なしだと効果がないからだけど、陽くんがピンときたのはそれが銀の首飾りだと私が調べずに断定したこと。
それは陽くんの言う通りそもそも宙渡りに銀以外の首飾りはドロップしないからなんだけど……そう、つまり。
「この合成縛りはつまり、首飾り使用禁止縛りでもあるの」
『えっ』
『……だがさっきまで、フロルくんは首飾りに助けられ続けていたよね?』
『そうだよ! 壁抜けも転移も使えないってことは……!』
「うん。だから私は、合成縛り基準ならまだ20階に到達してないよ」
ね? この縛り、ヤバいでしょ?
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