#35 「みなみのおさななじみ」の登場シーン、集めました Part1【月雪フロル/電ファン切り抜き】
『ふろるちゃん、ふろるちゃんっ』
次のレース中、ふとマギアちゃんが言い出した。
『つぎ、だれに罰ゲームしたいにゃ?』
『なっ……マギアさん、まさか!』
『わたしはこびを売るにゃ』
思えばこれこそが地獄の始まりだった。罰ゲーム中で順位が関係なく、一方で意外とすんなり語尾をつけて余力がありそうなマギアちゃんが思いついてしまったのだ。……今のうちに私に一番手を取らせながら罰ゲームの補助をすれば、私に媚を売れて今後罰ゲームを受けにくくなるのではないかと。
そう、実はこのゲーム、駆け引きのゲームだったのだ。舌鋒や他プレイヤーへの攻撃というレースゲームとして主題ではない部分で、恩を売ったり媚びたりして自分に罰ゲームが向く可能性を下げたりできてしまう。彼女はそれに気付いた。
そしてこのタイミングで、最初の順位表示禁止が響いてきた。私が今のマギアちゃんとポジションを入れ替わることはそのせいでできない。
「じゃあアンリさんかな。最初以来やってないし、面白そうだし」
『了解にゃ』
『うわ赤だ!? これマギアくんかい!?』
『それから……にゃ』
『あれ、マギア今……っしゃ助かる!』
『……もしかして今、別ゲー始まった……?』
〈もしかしてマギアって天才か?〉
〈そうきたか……〉
〈うっわ凄いわマギア。ルールが思いっきり変わったぞ今〉
〈これはパンドラの箱を開けたのでは〉
そこからマギアちゃんは動き出した。アンリさんに攻撃を当て、陽くんに加速を与えてサポートし、なんとかしてアンリさんが四番手以降になるようにやっている。
果たして、見事その目論見通りの結果になった。私としても無碍にするわけにいかなくなって、その次のレースでもマギアちゃんに罰ゲームを与えることができなくなっている。
『っと、フロル。トゲ消しといたから』
「わ、ありがとう」
『今二位にいるアンリさんに赤を当てれば……』
『僕が一位を取ったら覚えておかないといけなくなるね』
『……そこにいる“助手くん”の赤を潰しておきましょう』
『あ、雷引いた。タイミングは……』
で、その結果がこれ。熾烈な読み合いが発生することとなった。一気に難しくなったし、ハンデとしてミニマップ非表示設定を強いられることになった私には一気に不利が増した。
そうして私たちはやりすぎた。その末、
「ルール追加するね。2レース以上前のことは忘れること」
『『『『『「はい」』』』』』
エティア先輩の采配で制限されることとなった。無理もないとは思う、レースが膠着しはじめていたし。
異変が起こったのはあるレースの待機中だった。
「縛り自体が罰みたいになってきた……」
『ゲーム配信中に横文字禁止はキツそうだなぁ』
「ほんと大変だよ、いちいち口に出す前に確認しないとだし……ん? 『みなみのおさななじみ』?」
『しかも星五つ持ち……もしかして』
「い、いやいやまさか。そんな都合のいいことないって」
〈草〉
〈これは……〉
〈いいセンスだ〉
〈違ったとしてもフロルを怖がらせた時点で大成功よ〉
〈ひらがな10文字でフロルにこの反応させるなんてやるな〉
視聴者枠として突然現れたとあるアカウントが発端だった。やり込んでいると表示される星が最大数ついているだけでなく、名前がなんと『みなみのおさななじみ』。この間水波ちゃんと話したときのことを明らかに踏まえられている。
それだけでも怖がってみせるだけの理由はあったんだけど……私は内心、本気で戦慄していた。単に友達として遊んだことのある朱音のアカウントと、アバターの作りが全く同じなのだ。
これたぶん本物だ。九鬼朱音だ。あんな身長以外は深窓の令嬢みたいな見た目をして再戦ノアEXTREMEとVHH200%を両方達成した化け物だ。
〈*天音水波 Amane Minami:これ本物ですね〉
〈!?〉
〈水波ちゃんまた来とる〉
〈さては普通に見てるな?〉
〈本物!?〉
〈マ!?!?〉
「うわ、水波ちゃんが言うなら間違いないね……そっか、本物か……」
『え、こないだ言ってた子?』
『勝ち目ないですね……』
『え、どういう子なんだい?』
「ああ、この話したときアンリさんは通話にいなかったもんね。この『みなみのおさななじみ』さん、九津堂の人間卒業試験どっちもクリアしてる人外だよ」
『……何が起きても仕方ない覚悟はしておこうかな』
そう、恐ろしいのはこれが特殊ルールの企画であることだ。そうでなければ一位を諦めるだけでよかったんだけど、今回のルールのせいで何の安心もできない。こんなジャンルを問わないゲームお化けが、この中の誰かを執拗に狙ってくることが約束されているのだ。
そしてそれは、私にとっては九鬼朱音がこの中の誰を推しているのかがわかるというのも兼ねていた。学校ではうまく言わずに逃げている彼女だけど、実際この中で好みは誰なのか……気になる。
と思っていたのも数分前の話。
「うわ痛っ……ちょっと待って、おさななじみさんほんとに上手いんですけど!」
『さっきまで本当に当たらなかったのが嘘みたいですね……』
「偏差撃ち完璧すぎて斜め走法してもブーメランすら当たる……痛っ! 今のどうしようもないじゃん!」
〈!?〉
〈うわすげ〉
〈冗談抜きで上手いぞ〉
〈これはフロル並ですわ〉
〈レベルたっか〉
〈よくこんだけ避けてるよ〉
〈上位勢の走り方を当たり前のようにしてるフロルでこれか……〉
〈余裕なくなってきましたね〉
〈エティアの楽しそうな顔が目に浮かぶな〉
これアレだ、実力を武器に希少性からただただ私を狙ってきている。当然ながらこのルールはリスナー側も技術が求められるから、なんだかんだで避けられていれば前で逃げられていたんだけど……飛び道具を人並外れた精度で偏差撃ちされると話が変わってくる。当たりさえするなら後ろを取るほうが有利だから、三発あると一発くらいは当てられてしまうものだ。
しかもそこに六つの小ハンデと手錠、それにさらなる大ハンデとして開始から五秒停止に加えてこのレースから横文字禁止まである。もはやまともにレースができるだけで褒めてほしいありさまだし、普段ならともかく今は朱音に勝てるはずがなかった。
「うわっ……そうなんですよね、下がると巻き込みが増える!」
『ようこそ、私たちがずっとやってた地獄へ!』
「しんどいねこれ! いっそ打開……もそれはそれで難しいのは聞いててわかるし……!」
『おお、ついにフロルが苦しんでる』
『すごいですね、みなみさんのおさななじみさん……!』
『だけどわかるかい? 今やっとこれで、それでも中位帯で耐えてるってことは、そのレベルのゲーマーじゃないとフロルさんを罰ゲーム圏内まで落とせないってことだよ』
『今回きりじゃないですか』
私としてはもういつ朱音なしで落ちてもおかしくないくらいの感覚だし、低周波治療器のリモコンを楽しそうに握っているエティア先輩が怖くて仕方ないんだけど。そんなハラハラ感は伝わらないようで、一度きりの機会扱いされている。
やっぱり私、まともな形で対戦ゲームコラボはやめておいたほうがよさそうだ。ハヤテ先輩はそうしているし……あのひととはできるかもと期待もしているけど。
結局その後も突破口は見いだせず朱音からの被弾が続いて、ライバー内四番手の位置に沈むことになった。14レース目にして初めての罰ゲーム圏内だ。
それによって手錠は外れたけど……さすがに当然、罰ゲームは私に来た。
一位はマギアちゃん。何してくるかわからないアンリさんよりはマシだけど、マギアちゃんも4期生の中では攻めっけがある方だからちょっとだけ怖い。でも、怖くない陽くんとゆーこさんはどっちも私より後ろだ。
マギアちゃんは途端に嬉しそうになって、それはハンデを受けても変わらなかったけど……。
「じゃあ罰ゲームはどうする?」
『そうですね……ふろるちゃんって、ゆーこちゃんとちよりちゃんにはあだ名で呼んでるよね?』
「ゆーこさんはただ間延びして呼んでるだけだけど……まあそうだね」
『ずるい。わたしもあだ名でよんで』
「いいけど……え、罰それ?」
『マギアちゃん、もったいないよ! たぶん今日唯一のフロルちゃんの罰ゲームだよ!?』
うーん。どうやらマギアちゃんは罰ゲームを与える側にはあまり向いていないようだ。攻めっけはあっても結局優しいというか、許される範囲を見極める経験値がないから軽いもので済ませてしまう。
自分が欲しかったのもあるのかもしれないけど、あだ名が欲しいなんて罰ゲームでなくても聞くのに。
「別にあだ名にしてなかったことに区別なんかがあったわけではないからね。それがいいなら今後はそうするよ、マギにゃッ!?!?」
「その瞬間を待ってたよフロルちゃん」
「別に覚悟はしてたけど、あだ名をつける間くらいは許してよ……!」
『マギにゃ……えへへ、マギにゃ』
「でも気に入ってるよ?」
「え!? いや、今のは電流で噛んだだけで……」
エティア先輩は思いのほか引っかからない私に痺れを切らしていたのか、それともわざとオチをつけさせたり噛ませるつもりでやったのか……ただ、それで得をしたのはマギアちゃん、もといマギにゃだった。本当にただ噛まされただけなのに、それを気に入られてしまうなんて。
本当は別のあだ名を考えるところだったんだけど、繰り返すマギにゃが可愛すぎて全部飛んだ。もういいや、マギにゃで。
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