10分でわかる月雪フロル ~イタズラがバレてVtuberになったから仲間たちで遊ぶつもりだった~

杜若スイセン

#1【VHH】神プレイの直後に夢エティアを現行犯で取り押さえられる雪【電脳ファンタジア】

 画面の端に陣取っている少女は、すっかり目を閉じて動かなくなっている。止まったゲーム画面と逆に加速したコメント欄を放って、持ち前の可愛らしい声も一切出していない。

 ……そう。彼女、電脳ファンタジア所属バーチャルライバーのエティア・アレクサンドレイアは、寝落ちしていた。


 しかし───しばらく「寝た?」「落ちた?」と状況を把握しきれずにいた“図書委員”ことリスナーたちは、ほどなく別の流れへ変化した。


〈このままだとダンピール来るぞ?〉

〈起きろ! 寝たら死ぬぞ!〉

〈トゥルーエンドが……〉

〈また5-1からやり直しか〉


 彼女がやっていたゲームは九津堂の名作アクション、『ヴァンパイアVハンターHハンターズH』。この作品にはノーデスクリアが条件となるトゥルーエンドが存在していて、彼女はそれのために攻略を続けているところだった。

 このゲームには厳密な制限時間はないものの、代わりにステージに入って一定時間が経過するとペナルティエネミーであるダンピールが出てくるようになっている。これがかなり凶悪で基本的には逃げきれないから、事実上の制限時間になっているのだ。

 エティアは今は安全地帯に操作キャラクターのエヴァを置いているものの、そこが安全なのはダンピールがいなければの話。このまま起きなければダンピールがエヴァを襲ってトゥルーエンド喪失だ。VHHはオートセーブのオンオフを選択できるからセーブせずに切れば戻れるけど、そうすればこの日血反吐を吐きながら突破した難所よりも前まで戻されてしまう。


 ……言ってしまえば、Vtuberとしてはそれはそれでちょっと美味しい展開だ。

 しかし一部のリスナーは諦めていなかった。


〈夢エティア来い!〉

〈夢エティアさえ出て来れば〉

〈出てきてもダンピールまでに間に合うかこれ〉

〈これまでもエティアを助けてくれた夢エティアなら〉


 実はこのエティアというライバー、寝落ち常習犯だった。だいたい月に一度か二度ほどのペースで配信中に寝落ちてしまう困った癖があって、そのせいで散々な美味しい目に遭ったことは一度や二度ではない。

 だが最近はそうなっていない。その要因となっているのが、今彼らが期待している「夢エティア」だった。


 最近のエティアは、寝落ちしてから少し経つとふらりと目を覚ますことがある。普段と少し違う表情をして、一切喋らないままゲームがあれば適切に終了させて、配信も終わらせるのだ。

 これはまるで夢遊病のように見えることから、ファンからつけられた名前が夢エティア。本人には記憶はないが、既に何回も発生している。


〈夢エティア、君しかいないんだ〉

〈頼む! 現実エティアを助けてくれ!〉

〈でも出るにしても早く出てこないと間に合わないぞ〉

〈ここまでもちょっとゆっくりだったんだよな〉

〈そろそろヤバイ〉




 …………私はそこまで見届けて席を立った。部屋の扉を開けて、暗い廊下をそのまま進む。それからひとつの扉の前で立ち止まり、まずは備え付けの呼び鈴を押してみる。

 返事がなかったから、私は受け取ってある合鍵を使い扉を開いて中に入った。明かりがついている部屋の中には……PCがつきっぱなしの机に突っ伏して眠る女がいた。そのPCには配信中のインタフェース、隣にあるのはやりっぱなしのVHHのゲーム画面。


 そう、この人はたった今まで私が見ていたライバー、エティア・アレクサンドレイアその人だ。

 血が繋がっているわけではない。ではどういうことかというと、私たちは同じシェアハウスに住んでいるのだ。だから普段はこの人、エティアさんともかなり仲がいいと自負している。


 私は姿勢を低くして近づいてから、エティアさんの真後ろに陣取る。そこから、まるで起き上がったように見せかける動作をしながら、本人の代わりに私の顔を設置されているWebカメラに映した。これで撮っている動作を2Dモデルに反映して動かす仕組みになっているのだけど、モデルは他人の顔でも問題なく動かせるのだ。それを利用した入れ替わりも企画としてたまに行われている。

 声を出さないように注意しながら、眠るエティアさんの手からそっとコントローラーを取り上げる。ゲーム画面を見るとちょうどダンピールが現れたところで、大抵のプレイヤーはもう諦める場面だった。


〈きたあああああああ!〉

〈夢エティアだ!!〉

〈待ってました!〉

〈さすが俺たちの夢エティア!〉

〈あっ〉

〈ダンピール出てきた!!〉

〈やべえ〉

〈終わった……〉

〈ま、まあ夢エティアは普段よりゲーム上手いから……〉


 もはや言うまでもないだろう。夢エティアというのはつまり、私のことだ。同居人が寝落ちたときに一時的に乗っ取って配信を終わらせるイタズラをしているのだ。喋らないのは単に、私が話してもエティアさんの声にはならないからである。

 こんなことをしているのには理由があるんだけど……少なくとも迷惑をかけてはいないつもりだ。エティアさんはこのことを一切知らないし、何事かと怖がっているけど。


 ともかく、私は操作を始めた。まずは突進してくるダンピールを避けて、その隙に可能な限り前進していく。ダンピールは倒せないから、避けながらゴールしてしまうしかない。ゴールさえすればペナルティなしでクリアになる。

 当然ペナルティエネミーである以上はそれだけでは済まず、狭い足場で素早くこちらを狙ってくる。だけど問題ない、このくらいなら私は避けられる。私はゲームは得意なのだ。それも、ものすごく。


〈おお!?〉

〈うっま〉

〈エティア覚醒しとる〉

〈夢エティア上手くね?〉

〈現実エティアはこんな動きできないぞ〉

〈これもしかして避け切れる?〉

〈いけるかもしれん〉


 寝落ちからの夢遊じみた多重人格ネタという要素の多い現象を演じているわけだから、半端な自重は要らない。このまま振り切ってしまったほうがいい。

 ここ5-4は足場が狭く難関と呼ばれるステージだけど、幸い縛りプレイをするような化け物ではないエティアさんはちゃんと二人のプレイヤーキャラからここに向いているエヴァを選んでいる。これならまだなんとかなる。とにかく足場を跳び移っては普通の敵を倒して、ダンピールを避けながらゴールへ進むのみだ。






〈ゴール!!!〉

〈できちゃった〉

〈????????〉

〈ヤッバ〉

〈夢エティアなに??〉

〈マジ?〉

〈上手すぎる〉

〈どこにそんな実力を隠してたんだ〉

〈まさか本当にあそこから生還するとは〉


 無事にゴールまで到達できた。そこそこ自信はあったけど、ミスが出なくて一安心だ。これでエティアさんが5-3の地獄にもう一度挑まなくて済む。


 そこでしっかりマニュアルセーブをして、マウスに手をかける。軽く手を振って、配信終了ボタンを押すだけ……というところで。


「───なるほどね。夢エティアって、そういうことだったんだ」

「わあっ!?!?」


 すんでのところで終わらなかった配信と────私の人生そのものが、大きな転換点を迎えることとなった。





  ◆◇◆◇◆





〈え???〉

〈エティア?〉

〈夢エティアが喋った!?〉

〈他の子の声したが〉

〈何が起こってる??〉


 エティアさんが起き上がったのだ。……声色に眠そうな様子がない。もしかして、


「ずっと起きてた?」

「うん、寝たフリ」

「うあぁぁ……!」


 やられた。完全に嵌められた。エティアさん、狸寝入りだったらしい。犯行の一部始終を全部知られてしまった。


「5-3あんなに大変そうだったのに、それを投げ捨ててまでやってくるなんて……」

「助けに来てくれると信じてたよ♡」

「来たらハシゴ外されたんだけど!?」


〈なになになに??〉

〈エティア起きてたん?〉

〈じゃあ夢エティアって〉

〈一緒にいるのどなた?〉

〈神回の気配してきた〉


 策士だ。私だって毎回来るわけじゃないけど、こんな場面だったらさすがに来てしまう。わざと危ない状況で罠を仕掛けて誘い込んできたらしい。

 特有のロリ系声が作り出す猫撫で声が憎らしい。ただバレるだけじゃなくて配信中に、しかも全部やった後に摘発されたせいで余計に恥ずかしいし。


「ちゃんと説明するからね。……夢エティアっていうのは、わたしが寝ちゃったときにいたずらっ子の住み込みサブマネさんがわたしの体を操ってるところのことだったみたい」

「……ねえ、どこまで晒されるの?」

「ぜんぶ。こんなことしてたんだから、雪ちゃんだってそのくらい覚悟してきてるでしょ?」

「う」


〈イタズラ?〉

〈電ファンハウスそんなことまでされるのか〉

〈まあやってることは人助け〉

〈スタッフまで撮れ高にストイックだ〉

〈雪ちゃん!?〉

〈えっあの雪ちゃんですか!?!?〉

〈雪ちゃんってこんな声可愛かったんだ〉

〈噂の雪ちゃん━━━━(゜∀゜)━━━━!!〉


 もしかして、エティアさんけっこう根に持ってる? 確かにオモチャにしたのは私だけど、まったく容赦の気配がないんだけど。




 自己紹介をしよう。

 私は白雲律、都内の私立高校に通っている3年生だ。ただ少しだけ特殊な居住形態をしていて、シェアハウスの一室を間借りしている。

 そのシェアハウスというのが問題で、ここは「電ファンハウス」と呼ばれている。電脳ファンタジアの一部ライバーたちとそれをサポートするスタッフが住んでいる、シェアハウスというよりは高層マンションという規模の家なのだ。エティアさんもその住人の一人である。


 そんなところに私が住んでいる理由については、話せば少しだけ長くなるんだけど……私はアルバイトのような形でお手伝い、具体的にはマネージャーの補助業務をしている立場だった。

 ここでは不意の身バレ防止のため、ライバーたちは常にライバーとしての名前で呼び合っている。そのノリで、ちょっと特殊な扱いをされている私は他のスタッフとの区別のため「雪」と呼ばれていた。


「うん、雪ちゃんだよー。ずっと配信には出ないの一点張りだったけど、現行犯なら逃げられないよね?」

「…………はい」

「よろしい。雪ちゃんのことはみんな知りたかったんだから、ちょっとだけお話してこ」


 そこからが問題で。私はちょっとライバーたちに気に入られてしまっているようで、複数のメンバーからことあるごとに雪についての雑談が飛び交うのが日常となっていた。私はそこまで変なことはしていないのに、やれアイスの食べ方が可愛いだのあれにこんな反応をしていただの、ライバー同士の裏話そのもののような話がぽろぽろ。私はライバーではないのに。

 そのせいでリスナーさんたちは当然、「雪は何者なんだ」となるわけで。ただの住み込みアルバイトで正規のマネージャーですらない私は、今や非公式wikiに項目ができる始末だった。何もしていないのに。


 そんな人物が人気ライバーであるエティア・アレクサンドレイアの配信を、寝落ち後とはいえ常習的に乗っ取っていたと露見したのだ。騒ぎ……というかお祭りになるのは当然のことだった。




 ただ、やむなく最低限の受け答えをしながらエティアさんに猫可愛がりされる間、私はこれから起こることになる出来事を想像して遠い目になっていた。この場では言わなかったしエティアさんも知らないけど、このイタズラには理由があって……それがバレたこともまた、大きな意味があったのだ。

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