#2【雪】実録・デビュージャッジの様子がこちら【電脳ファンタジア公式】

 翌日の午後。土曜日だから学校は休みで、昼と夕方の間あたりの時間帯だからライバーたちの配信も少ない。……というか、電ファン所属のうち三分の一ほどいるここの入居者は全員がフリーの時間だった。


 私は広々とした共用リビングラウンジにいた。ここは軽い3Dコラボや企画に使われたりするほか、オフショットを不定期に動画化する緩いシリーズも行われていたりして機材は常備されている。

 私からテーブルを挟んで反対側にいるのは、ここの主といってもいい存在。個人勢から大成功を収めて電脳ファンタジアを立ち上げた三人組のリーダー格で、現在Vtuber業界の先頭を走る明日ぬくいハルカだ。

 そしてこの部屋の中には今、入居しているライバー8人全員がいた。別に呼んだわけではないけど、「何か面白いことが起こるっぽい」で集まってきたのだ。ハルカ姉さんがこの家の中で大々的に動くのは珍しいし、他の住み込みスタッフさんたちも集まっていたから。きっとこの後のことを雑談で話したりするのだろう。

 ……あんまり、気が進まない。だけどこれは約束だから。


「まずは雪ちゃん。……バレちゃったね」

「…………うん」

「ちょっと長い話になるけど、みんなにも聞いてもらおっか」

「うん。約束だし」


 肩をすくめる。私のやっていたイタズラに関することを知っているのは、ライバーの中ではハルカ姉さんだけだ。なぜならそれはハルカ姉さんと二人で決めたことだから。

 あの後「話す場があるから」と逃げたこともあってか、当事者であるエティアさんは隣に座ってきた。ただのイタズラというわけではなかったと察したのだろう、楽しそうにこっちを見ている。




 ここは電脳ファンタジアのライバーとサポートメンバーが集うシェアハウスだ。そこにライバーでも社員でもない、せいぜい学生アルバイトの私が混ざっていることには理由がある。


 一言でいえば、コネだ。実はこのハルカ姉さん、私とは再従姉妹はとこの関係にあたる。

 今から3年と少し前、私は親に連れられて親戚の集まりに出た。そこで出会った、というか再会したのがハルカ姉さんだ。小さい頃から正月やお盆に会う度に遊んでくれて、ずいぶん可愛がってもらったんだけど……私が小学6年になってからめっきり会わなくなった。向こうが上京したからなんだけど、その間にハルカ姉さんは大人気Vtuberになっていた。

 で、久々に会って、彼女は言い出したのだ。「事務所を作るところだから、一緒にVtuberにならない?」と。


 私はまだVtuberについてほとんど知らなかったから、その場では断った。ただ「よくわからないからやめておく」という言い方をしたせいか、それとも以前から私に何かを見出していたらしいハルカ姉さんが諦める気がなかったのか……その日の夜には、私は両親から上京、そして晩生野おくての大学附属高校を勧められた。都内の附属高は後々とても有利だからという言い方だったけど、その一駅隣に設立予定だったシェアハウスへの入居を前提とした話だ。言うまでもなく丸め込まれていた。

 ライバーになるかどうかはともかく、それ自体はまたとないほどいい話だったから断り切れず、さすがに必死になった受験の末に私は都内へ進学することになった。


 …………と、ここまでの話は隠しも言い換えもせずにした。目の前に置かれたラジオマイクがオフになっていたから。

 だけどこのタイミングで、それのスイッチが入った。その魂胆がわかってしまって、私は声を出さずに苦笑してしまう。それを察知してから、まるで編集点のように背後から声がかかる。


「そういうことだったのじゃな……まあ、雪が可愛いことには変わりないがの?」

「みくら先輩、ほんと可愛ければいいんですね……」

「エティアは違うのか?」

「いえまったく同じですけど」


 一期生の豊川みくらさんは当時からここに住んでいた数少ないライバーだ。私を撫でるのが日課とばかりで今も私の後ろにいるけど、もう慣れた。

 ただ、話の大事なところはここからだ。それがわかっているのか、手は頭の上にあるままだけどみくらさんもエティアさんもすぐに黙る。……かえって話しづらい。


「ただ、そうやってここに来て……有り体にいえば、自信がなくなったの」

「自信がなくなった?」

「うん。……断ってはいても、ちょっとは舞い上がってたんだよ? あの明日ハルカに縁があったとはいえ直々にスカウトされたんだから、私にはできるのかもしれない、なんて」

「舞い上がってるとは思わないけど……」

「でも、すぐにわかったんだ。そんな甘っちょろい感覚は毒でしかないって」


 来てすぐ、目の当たりにしたのだ。ハルカ姉さんと一期生たちを。なんとなく想像していたよりもずっと真摯な、真剣で熱意に満ちた姿を。

 いずれはやってもいいかな、なんて舐めた考えは簡単に消えた。私が一言「やる」と言えば同期になっていた、間近で見た200倍のオーディションをくぐり抜けたライバーたちには憧れもした。

 だからこそ、わかった。それは私がそのまま手にしていいものじゃない。私はもし血縁がなかったらスカウトされている自信がなかった。


「それで私は、ここを出ることをハルカ姉さんに相談したの」

「え」

「雪ちゃん……冗談でもそんなこと言ったら、みくら先輩が一ヶ月は使い物にならなくなるよ?」

「じょ、冗談じゃないよ。だって、こんな素晴らしい場所に実力も自信もない部外者がいたらよくないもん。腐ったリンゴだよ」

「ゆ、雪」

「だけど、私はそう思わなかったんだ」

「ハル姉……」


 そう、ハルカ姉さんはそう思わなかった。どうやら本気で私をスカウトしていたようで、その場で改めてデビューを打診された。転居に至っては強い口調で止められた。

 だけど私はその気になれなかった。それは今でもそうだ。二期生、三期生と入ってくるにつれて入居者も増えて、その誰もが凄い人たちだった。それでもハルカ姉さんは諦めなかった。


「それで約束をしたの。───ひとつ賭けをする。それが外れたら、雪ちゃんのデビューは諦める。だけど当たったら、雪ちゃんにはライバーになってもらう」

「さすがにそこまで言われて断れなくて。友達が言っていたのを思い出したんだ……『自信はなくてもいいけど、向けられた期待を否定するのは裏切りだ』って」


 ……改めてこの場で考えてみる。私はライバーになれるのだろうか? 大好きなこの人達と肩を並べたい、並べられると、心から思えているだろうか?

 私は弱い。だから怖かった。昨日からずっと気が進まなかったのは、怖かったからだ。


「その賭けって?」

「週に一度以上、雪ちゃんはライバーの誰かにイタズラをする。ほんとになんでもいいって言ったよ」

「それで……そのうちどれかがバレたときに、みんなに決めてもらうの。私にライバーが務まるかどうか」






 答えは、すぐには返ってこない。

 無理もない、というか当たり前だ。二つ返事が来るほうがよほど怖い。なんの予告もなく、他人の人生が左右される問いかけを投げられているのだから。どちらかというと、お互いに様子を窺い合っているようにも見えたけど。

 ……これも私が自分で決められなかったせいだ。ほんと、ごめんなさい。


 十数秒して、エティアさんが口を開いた。


「ちなみにさ。夢エティア以外には、どんなイタズラをしてたの?」

「ああ、そうだな。それが気になる。いや、夢エティアだけでも相当面白いんだが」


 まあ、そうだよね。それは言わないといけない。


「…………うん、気になるよね。自分たちが掛けられて気付かずに2年経ったイタズラ」

「うわ、いきなり怖いこと言うなよ!?」

「ゆ、雪や……わらわは怒らぬ、何をしておったのか教えてくれんか?」

「え、他にも何かされてたのかな……」

「ヤバい、怖くなってきた……」


 ……こんな場面なのに、怖くて仕方ないはずなのに、ちょっと楽しくなってきた。この人たちプロ根性がすごいから、リアクションはやっぱり一級品なんだよね。

 仮にこの後否定されるとしても、今だけは楽しんでしまった方がいい、のかも。たとえそうなるとしても、「悪いけどお前は向いてないよ」なんて言われる想像をしてしまうよりはよほど。




「『ファンボードパーティ』のオープニングで」

「えっ」

「ロシアンワサビシューの当たりを増やしたり」

「あれかよ!!」

「やっぱ当たりやすかったよねあれっ!?」

「いきなり公式番組に手出してるんだけどこの子」


 まあ、そりゃそうだよ。六分の一の当たりを参加者四人で引く確率は三分の二しかないのに、ほぼ毎回誰かが当たっている。当たらない方が放送事故扱いだったし、わけもわからないまま複数人が当たることも何度もあった。

 なんなら三個当たった回もあった。あのときは機材の陰に隠れるのが遅れていたら、笑ってしまってバレていたと思う。


「心愛さんが視聴者参加レースでイキってたときにスナイプして10連勝阻止したり」

「うわ凶悪」

「思い出したくもないのに……!」

「どっちかというとイキリが黒歴史になってんなこれ」


 うん。あれは楽しかった。名誉のためにもゴースティングはしていないと主張しておくけど、落雷狙い撃ちをした途端配信からすごい悲鳴が聞こえたものだ。直前のイキリ方があまりに芸術的だったから、以降2ヶ月弄られ続けている。


「みくらさんのマシュマロ」

「アレお主かあああああ!!!」

「わあ!? 怒らないって言ったじゃん!」

「ああ、あの」

「伝説のたぬきそば事件だ……」

「やめよ! 未だに言われるんじゃぞアレ!!」


 ……最高のリアクションだった。頭がぐわんぐわんする……。

 なんてことはない。みくらさんは稲荷神、つまり狐なのに年末に配信をミュートにして『たっぬきっそばー♪』と歌いながら共用リビングまでお湯をもらいに来ていたことをマシュマロでバラしただけだ。明らかに内部犯だったけど、ライバー全員にアリバイがあって迷宮入りしていたんだよね。


 この三つはどれも切り抜きが100万再生を超えている。本人たちのエンタメ精神によるところが大きいとはいえ、私もしても上手くいったと思えるものだ。




 ……ずっと後からなら振り返って思える。なんで私、怖がってたんだろうって。

 ただまあ、そう思えるのも私がライバーに染まったからなのかもしれない。その始まりになったその瞬間は、半ギレの先輩たちに囲まれながら訪れた。


「よくこれで自信なくせるな!?」

「雪ちゃんより面白い子、街からさらってこれたら許してあげます」

「『ファンボード』に来たときはボコボコにしてやるのじゃ! 逃げるでないぞ!!」

「雪ちゃん、もう答えはわかりますね?」

「………うん」


 こうして私は満場一致でデビューが決まった。自分たちにまあまあ手酷いイタズラをしでかした小娘を後輩に迎えるというのもなかなかのプロ意識だ、この人たちが撮れ高という概念に逆らえないことは私もよく知っているけど。

……この日の録画はデビュー後に動画にされるらしい。できれば勘弁してほしかったんだけど、許してはもらえなかった。

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