#61【新展開】放送一年強にして初のゲスト回

 電脳ファンタジアは基本的に撮影関連のことは全てハウスに集約されていて、事務所はほぼライバーの近くでなくてもできる事務関連の事柄を行うだけの文字通りの場所となっている。これは何をどうやったのか発足時にハルカ姉さんが手を組んだ九鬼によって、それが可能になって余りあるほどの投資がなされた結果だ。本当にハウス内の設備だけでなんでもできてしまう。

 それだけの投資を三年足らずでもうペイできる目処が立っているというのだから、電ファンの成功具合がうかがえる。ハルカ姉さんなら当たり前にすら思えてしまうのが恐ろしいけど。


 とはいえそんな電ファンハウスのスタジオでも、さすがに月に一度の撮影でしか使わないセットは毎回設営しては片付けている……わけでもないんだよね。いずれその予定はあるようだけど、今のところは専用セットを用いる公式番組が三つしかないから足りてしまうのだ。ちなみに発足二年半で公式番組五本はかなり多い。「三つしか」ではないはずなんだけどね。

 というわけで出しっぱなしにされていて、時折3Dのショートを撮るときに使ったりする部屋のひとつが今回の舞台だ。


「ここが一カメの画角のサインです。ただこの向こうも三カメには映るので気をつけて」

「ん、わかった。……他はいいかな、スタッフのときに一応見たことあるし」


 といっても背景はただのスタジオで、演者が触ることがある机や椅子のようなものだけが置かれている状態だ。スタンダードな学生演劇の舞台あたりが近いだろうか。

 その大道具も折りたたみ式の長机とパイプ椅子、奥にちょっとしたソファといったところ。私も中学の頃までは慣れ親しんだよくある学生机ではないのは、この番組が学級だとかではないことに起因する。


「雪さんがライバーにと聞いてすぐに腑に落ちたつもりでいましたけど、いざこうして見てみると思っていた以上にしっくり来ますね」

「元々は一期生としてのスカウトだったって話だろ? ハルカ姉がそう言った逸材なんだから、むしろそれで当然さ」

「あはは……まあ、あのときすぐにデビューしていればよかったかというと、それもなんとも言えないんだけどね」


 撮影開始前の各種確認に付き合ってくれたのは、三好ささげ先輩と火玉ひだま修翔しゅうと先輩だった。どちらも二期生で電脳組、それも学園組だ。

 十二月一日、今日撮影するのは『電脳学園ファンタジー研究会』。学園組のライバー五人をレギュラーとして、「ファンタジーを探究し見つけ出して、そこから人生に必要なことを学ぶ」を標榜とするノンジャンル掛け合い型の番組だ。リリりと同じく単独のチャンネルを有していて、イミアリのようなユニットありきのものではないとはいえ、レギュラーメンバーはある種のユニットとして扱われることもある。


 私がサブマネージャーとして担当していた三人はいずれもファンタジア組だったけど、ファンボードのようにファン研にも雑務のスタッフとしては参加していた。今や私のほうのトラウマとなったワサビシューほどではないけど、こちらにもイタズラを仕掛けたことがある。


「前回からだったと思うけど、陽くんは上手くやれてる? 変な空回りとかしたりしてない?」

「大丈夫だよ。デビュー一ヶ月すら経ってなかったとは思えないくらいよくやっていたさ」

「ですね。とてもいい子ですし、振り回し甲斐のある子ですよ」

「それならよかった。ガンガン振り回しちゃって」

「おいフロル!?」

「あっバレた」


 レギュラーはなんと陽くん以外の三人が非ハウス組で、うち二人は私と関わるのは初めてかいつぞやの凸待ち以来だ。理科室系女子ことささげ先輩はコメント欄には来てくれたことがあったかな。

 火玉先輩はいかにもモテまくるサッカー部のエースっぽいデザインだけど、公式設定では様々な運動部に助っ人で出ているだけで籍はファンタジー研究会にあるとなっている。……まあそこは電ファン、この人の中身まで爽やかイケメンでしかないとは言っていない。


 今回はそれより先にささげ先輩が見た目には似合わない振り回し発言をしたから、陽くんは振り回してこそだという意見が一致した私からお墨付きを出しておいた。本人が気付いて寄ってくるけど、薄々自覚はあるのか本気では抗議してこない。

 そして、


「フロルちゃん、三週間ぶりだね!」

「三週間で、というか月二で会うような活動してるならここに住めばいいのに……」

「まあ今月からはファン研だけだから」


 ハヤテ先輩が一期生から唯一のレギュラーで、ファン研の部長。獣耳が生えている時点でファンタジーを探す側ではなく探される側な気はするのだけど、電ファン的には妖怪でもないただの獣人は電脳組判定らしい。彼女のアイデンティティが「出席番号一番で学級委員」という学校に依存したところにあるから仕方ないか。

 この四人で基本的には回っていて、たまにもう一人、幽霊部員扱いの準レギュラーがいる。今日は不参加だけど、0期生は本当に忙しいからやむを得ない。






 撮影スケジュールはリリりと大きく変わらなくて、一日で4~5回分を撮るからそこそこ詰まっている。レギュラー四人もハウスでの前泊が当たり前になっていて、撮影は午前十時から始まった。午前に二本、遅めのお昼を経て午後に二本だ。雰囲気をリセットするため一本ごとにしっかり休憩を取るから、撮影開始が押してしまうとその分終わるのが遅くなる。

 私はゲストの立場で、出演するのはそのうち一本目。準備段階から現場に来ていたのはそのためだ。


「……なんですかこれ」

「これね、こまちちゃんが置いてったの。忙しいみたいで置くだけ置いて帰っちゃったんだけど……」

「こんな露骨なプレゼントボックスを学校まで持ってきたのかあの人は……」


 ちょうど始まったところの撮影では、まずは私が出るまでの前振りが行われている。ある意味ではこの課程のほうが重要なくらいかもしれないから、しっかり時間をかけて電ファンにはやや珍しいしっかりした台本による長めの芝居が続く。

 中央に寄せられた机の上にあったのは、いまどき珍しいほどステレオタイプなプレゼント箱。リボンの結び方までアニメのようで、全く同じ形の3Dモデルまで用意されている。


「開けてみるか」

「そうだね。箱の中身はー……」

「…………水晶玉、ですね」

「なんで?」


 ファン研ではどこまで先を見越しているのやら、陽くんまでハヤテ先輩と同級生設定になっている。番組内ではタメ口に指定されている彼が箱を開ける。

 出てきたのはささげ先輩の言う通り水晶玉だった。といっても本物の水晶玉はかなり高いから、もちろんダミー。結局映るのは3Dモデルだからね、極論形さえ合っていればいい。


「あ、箱の裏に手紙が」

「凝ったことするな、こまちさん……」

「えっと……『知り合いの占い師から水晶玉を借りてきました。初心者にも使えるようになっているらしいから、ぜひ試してみて』」

「そんな面白そうなことまでスルーだなんて、七歌さんはどんだけ忙しいんだよ」


 0期生、つまりハルカ姉さんと一緒に電ファンを立ち上げたうちの一人である七歌こまちは、今回この水晶玉を置いていっただけの登場らしい。先月の撮影にはいたし仕方ないか。

 なお、水晶玉の出処は電ファンを見ている人ならすぐにピンとくる。残る3人目の0期生、占い師だから。


「試してみてといってもな……水晶玉って普通どんな占いに使うんだろう」

「水晶玉占いなら……これを媒体として幻視を呼び起こして、見たい光景を映し出すようなイメージだよね」

「たぶんいつも通りファンタジー探しに使えってことなんでしょうけど……覗き込んだらなにか見えるのだとしたら、もうそれ自体が相当なファンタジーじゃないですか?」


 それはそうなんだけど、その水晶玉の持ち主が0期生唯一のファンタジア組だから仕方ない部分がある。

 今回はある意味この電学ファン研の新章開幕、ずっと「ファンタジーを探す」をコンセプトとしてきた動画にファンタジア組が登場する回だから前振りの台本も慎重に作られたそうだ。その上で結局ファンタジア組の助けがないと辿り着けなかった形にしたことには、何か制作側のメッセージがありそうだった。


「でも実際、興味はあるよね」

「ね! せっかくだし、やってみよっか」

「…………別になにか見えたりはしないな」

「さすがにそう簡単には……あれ、光ってます?」

「だんだん強くなってるね。何かを感知しているのか……」


 さて、このあたりで私もスタンバイだ。演者の距離感覚と音のためだけにわざわざ画角の外に設置された扉(単体)の奥に立つ。

 こうしてやっているとどうしても思うのだけど、やっぱり私は演じるのが好きだ。それは声優の道を捨てても変わっていなかったようだし、こうしてライバーとしてやれているのが凄く嬉しい。


「眩し……あ、弱くなりはじめた?」

「今誰かが外を通り過ぎたよ!」

「じゃあそいつだろ! ちょっと見てくる……ん、フロル!?」

「わあっ!? ……陽くん、いきなりどうしたの?」


 その扉を開けてこちらに来た陽くんと軽く言葉を交わして、手首を引っ張ってもらいながら画角の中へ。……演者にも見えるようにカメラの奥に用意されているモニターには、実は時折使われていて初めてではない人間姿で映っていた。

 もちろん本当に光っているわけではなく、演出で光るようにされる予定の水晶玉はむしろ、見つけたことで発光が収まることになっている。でないとずっと眩しいままで困るから。


「あ、E組の月雪フロルちゃん」

「え、えっと……何事? というか、どういう集まり?」

「ここはファンタジー研究会の部室です」

「ファンタジー研究会……?」

「日常に潜む小さな違和感や異変からファンタジーの存在を探究する部活……というか同好会だよ。今はこの水晶玉を試していたところなんだ」

「えっと、だとしたらその水晶玉が一番ファンタジーじゃない?」

「ああ、俺もそう思う。……じゃなくて」


 立ち位置をそれぞれ調整して、私は端っこに立つ。手首は陽くんにしっかり握られたままだけど、そう見せかけて力は入っていないから痛くない。

 先に何も知らないフロルに簡潔な状況説明をしてから、軽い天丼を挟んで本題に入る。ファン研の面々にとって、私は少なくとも何かに繋がりうる手がかりだ。


「この水晶玉でファンタジーな何かを探したら、フロルが近づくほど光ったんだ。……つまり、これはお前に反応した」

「フロルちゃん、もしかしなくても、何か知ってるよね?」


 びく、と跳ねる演技。なにしろ図星だ。それから咄嗟に逃げようとして、陽くんの手に掴まれてそれが叶わない、という動作も挟んでおく。……こういうちゃんとしたお芝居は、リリりではやらなかったものだ。

 ただ……私はここで擬態を諦めて、真逆に舵を切る。


「……みんなはそのファンタジーを見つけて、それでどうするの?」

「どうするって? 基本的には知的好奇心だから、調べてそれだけだけど」

「あとはそこから人生の教訓を見つけたりはするけど、そのくらいだね。吹聴したり危害を加えたりする気はないよ」

「そっか。なら、いっか」


 ぱっ、と。私は少し大きな動作で陽くんの手を振り払った。向こうもわかっているから、ここではあっさり離してくれる。

 それらしい、あまり無理のないモーションで動くと、それに合わせてモニターの中のフロルが普段の姿に変わった。擬態を解いた、という表現だ。


「何か知ってる、というか」

「これって……」

「私自身が、お望みのものだよ」


 ───後から映像を見返して、これは確かに私が適任だ、と思った。アルラウネのアバター、予想以上に擬態解除のモーションが映えていた。

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