第3話 謎の老人①

 翌日、アルバイトは休んだ。

 真面目に生活をするのがバカバカしくなったのだ。

 ああ、俺はこれからどうすればいいのか。

 ベッドでゴロゴロとしながら考えたが、なにも浮かばない。

 時間は昼過ぎである。腹が減ってきた。起きてからまだなにも食べていない。

 俺は起き上がると一階に降りた。

 両親は出かけていた。うちは共働きである。父親は会社員で母親はパートで働いている。

 冷蔵庫を開けてなにか食べるものがないかと探したが、なにもないし、考えてみると、あったとしても料理をする気はない。

 なので、戸棚にあったカップ麺を食べることにした。

 湯を注ぎ、自分の部屋に戻る。そして、すぐに食べ終わったら、またなにもすることがない。

 自分のいまの状態を客観的に考えると、どう考えてもかなりヤバい状態だと思えた。

 俺はこのまま一生恋人もできず、もちろん結婚することもなく、子供もできず、ジジイになって死んでいくのか。

 そんなのは単に飯食ってクソしているだけの機械ではないか。

 ああ、そんなのは嫌だ!

 と言っても、じゃあなにをすればいいのか?


 俺はとりあえず出かけられる服に着替えた。寝間着のままだったのだ。

 自分のお金はカツアゲされてないので、母親がいつもヘソクリを隠しているタンスの引き出しを開けて、一万円札を拝借した。次のバイト代で返せばいいだろう。

 そして、目的もなしに家を出た。どこに行くということもないが、駅に向かった。

 出かけたから自分の人生がどうにかなるということでもないが、家に籠っていると気が変になりそうに感じた。それに、出かけることで気分転換をしたかった。

 街はいつもどおりの街である。昼間の住宅街はあまり人は歩いていない。静かなものだ。

 駅前はさすがに少しは人気があるが、それでも通勤時間帯に比べたら物の数ではない。

 俺はとりあえず切符を買い、来た電車に乗った。電車は誰もが座れるぐらいの空き具合だ。

 俺も空いているところに座ると、このまま終点まで行こうと思った。この電車はしょっちゅう乗っているが、これまで終点なんて行ったことがない。一度行ってみるのもいいだろう。


 電車に揺られること一時間半。終着駅に着いた。もうほとんど客はいない。同じ車両には自分ともう数人だけだ。

 駅に降り立つと、すっかり田舎に来たという感じだ。自分の最寄り駅とはまったく違う。

 周りはわずかに住宅があり、その向こうは山に囲まれている。改札を出ると、小さいロータリーがあり、そこには一台だけタクシーが停まって暇そうにしていた。

 観光案内図があったので、それを見てとりあえず行き先を探そうと思った。

 しかし、これといってなにもないところのようである。どうやら山の上にある金満寺というのが一番の観光スポットのようだ。それ以外には見るべきものはないという感じである。

 まあ、その金満寺というところに行ってみるか。

 金満というからには、金運が良くなりそうだし。

 観光案内図によると、駅から三キロとなっている。

 歩くには少し遠い気もするが、どうせ時間はある。それに最近運動不足気味だから、これぐらいは歩いた方がちょうど良いかもしれない。

 暇そうにしていたタクシー運転手は、こっちを見ていた。おそらく乗るんじゃないかと期待していたのだろう。だが、俺にはタクシーを使うなんて発想はそもそもない。

 俺は金満寺に向かって歩き出した。

 初めは良かった。平地だから坂はない。しかし、すぐに上り坂になり、あっと言う間に山道になった。

 石の階段があるところもあるが、ほとんどは土がむき出しだ。草が生えていないから道とわかるが、歩いていて本当にあっているのか不安になる。

 坂はどんどんきつくなる。

「ハア、ハア、何だこの坂は? それにこの感じ、ほとんど人が通っている雰囲気がないんだが」

 脚がガクガクと震えだしていた。

 完全な運動不足である。

 それはそうだ。高校を出て以来、運動なんてしていないんだから。

 しかし、このまま戻るのももったいない気がする。

 俺はなんとか力を振り絞って休みながら金満寺へと脚を進めた。

 そうやってしばらく行くと、金満寺と書かれた門が見えた。

「おお、やっと、やっと見えた」

 俺は門に近づいた。

 その門は瓦の庇がついていて、木の扉がある。いかにも寺の入り口という感じだ。しかし、かなり古びているようだ。木の板に書かれている金満寺という字もかなり薄くなっているうえに、傾いていていまにも落ちそうだった。

 よく言えば古刹という言い方ができそうだが、単にボロいというほうが正確に思えた。

 この寺、本当に観光名所なのか?

 とてもそうは思えなかった。

 いや、むしろお化けでも出るのではないかという雰囲気で、人を寄せ付けないオーラが漂っていた。

 当然、俺以外に誰も見学者はいない。

「あのう、入っていいですか?」

 俺は木の扉を押して開けた。扉はかなり薄く軽い。小指の先で押しても動くぐらいだ。

 中からは反応がない。

 やっぱ、やめとこうか。

 俺は引き返そうかと思った。

 特にこの寺に興味があってきたわけでもない。ただ、観光案内図に書いてあったから来ただけだ。

 しかし、ここまで歩くのは大変だったから、それを思うとお参りせずに帰るのももったいない気がする。

「あのう、誰かいませんか?」

 俺は躊躇しながらも、もう一度声をかけた。

 やはり反応はない。

 どうしようか迷ったが、とりあえず中へ入ることにした。

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