第16話 仕返し①

 二日後、俺はまた金満寺に行った。

 初めのうちは二日に一回は飲んだほうがいいと言っていたので、きちんと言うとおりにしようと思ったのだ。

「こんにちは」

 俺が金満寺に入ると、爺さんはすでに賽銭箱の横に座って待っていた。

「おう、来たのう。さあ、ビンを出すんじゃ」

 爺さんは早速そう言った。

 俺は持ってきたビンを出した。

 すると、爺さんはその中にまたジョボジョボと放尿した。

「ほれ」

 俺は爺さんの差し出したビンを受け取った。

 しかし、三度めとはいえ、いま出してすぐのものを飲む抵抗感はぬぐえない。

 だけど、そんなことを言ってもいられないので、俺は鼻をつまんで一気に飲み干した。そしてすぐに持ってきていた缶コーヒーを飲んで、洗い流した。

「いい飲みっぷりじゃ」

 爺さんは嬉しそうに言った。

「これって、いつまで二日に一回ぐらい飲まないといけないんですか?」

「まあ、一か月ぐらいじゃな」

「ええ、一か月! そんなにですか?」

「なんじゃ、一か月ぐらいすぐじゃろ。あんたのすることはわしの小便を飲むだけなんじゃし」

「いや、そうなんですけど、ここまで来るのが大変で……」

「それぐらい辛抱せい」

「は、はあ」

 確か、前には俺が本気だったら届けてくれるようなことを言っていたような。

「あのう、こんなことを言うのも差し出がましいのですが……」

「なんじゃ?」

「何日分かをいっぺんにもらうというわけにはいかないですか?」

「わしはそんなに一度にションベンは出ん」

 爺さんはつれない返事だ。

「そ、そうですよね」

 これは、やっぱり少なくとも一か月はここまで通わないとダメだな。

 俺は覚悟を決めるしかないようだ。

 それに、ひょっとしたら俺の本気度を試しているのかもしれないとも思えた。

「あ、そう言えば、お爺さんって名前はなんて言うんですか?」

「わしは珍宝院じゃ」

「チンポ?」

「チンポじゃない、チンポウじゃ。珍しい宝って書くんじゃよ」

「そ、そんな名前だったんですね。あ、俺は梅田です。梅田タカシです」

「知ってるよ」

「そ、そうなんですか?」

 知ってるというのはどういう意味なのか、俺にはわからなかった。いままで名前を言ったことはない。やはり普通の人ではないということなのだろうか?

 そもそも俺の気持ちも読まれているようなので、名前ぐらいは知っていてもおかしくないような気もした。

「タカシよ。これからお前はわしの弟子として、しっかり修行に励むのじゃぞ」

 珍宝院はこれまで俺のことを「あんた」と呼んでいたが、急に名前で呼び、威厳たっぷりに言った。

「は、はい」

 俺はそれに圧倒されて、思わずそう答えた。

 あれ、俺ってこの爺さんの弟子になったの?

「さあ、また明後日に来るのじゃ」

 珍宝院はそう言い残して、本堂の中へと入って行った。

 俺はまた長い道のりを歩いて駅まで戻った。

 これをこの先一か月も、二日に一回やらないといけないのかと思うと、少し気が重くなった。


 俺が家に帰ると、すぐに桐山から連絡があって、いますぐ俺の家に来るという。

 俺は別に構わないと言ったら、本当にすぐに来た。

「どうしたんだよ?」

「見たんだよ。前にゲーセンで会った不良を」

 桐山は興奮気味だ。

「どこで?」

「駅前の広場だよ。前の二人と他の不良連中がたむろしてて、大きな声で話していたから、ちょっと会話を聞いてたんだよ。そしたら、一人が知らない奴にボコられて入院したって」

「ほう」

「それで、そのボコった奴をみんなで仕返してやろうって相談してたよ」

「え、仕返し? マジ?」

「ああ、マジだよ。お前、前にあの不良の一人をやっつけたとか言ってたよな? あれってマジの話だったのか?」

 桐山はやっぱり信じていなかったのだ。

「マジに決まってるだろう。お前信じてなかったのかよ。だから、俺は言っただろう。不良の一人をやっつけたって」

「確かに言ってたけど、いやあ、本当だったんだな」

「まったく。ところで仕返しって言ってたのは確かなのか?」

「ああ、確かだよ。しかも不良仲間を集めてるみたいだったぞ。お前大丈夫か?」

「大丈夫もなにも、相手は誰がやったか知らないんだろう? 俺が狙われる理由がないよ」

「そうだけど、あの手の連中は油断がならんぞ。仮にお前がやったってわかって、大人数でかかってきても大丈夫か?」

「うっ、た、たぶん、大丈夫と思うけど、どうなんだろう? 人数にもよるかも……」

「しばらく出歩かないほうがいいんじゃないのか?」

「うーん」

 俺は自信は多少はあったが、不良が人数を集めるとなるとどれぐらい集められるのか想像できなかった。それに、自分の力がどれぐらいの相手をできるのかも、いまいちわからない。

「とにかくしばらくは気を付けた方がいいぞ。一人だけなら相手にできたのかもしれないけど、大人数になると話が違うだろう」

 桐山は本気で心配してくれていた。

「ああ、気を付けるよ」

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