第24話 桜川の元カレ②

「お前は彼女が彼と別れることができたと思ってるんじゃろうが、男女の関係はそんなに単純なものじゃないぞ。確かに彼女と彼の関係は終わるかもしれん。でも、彼はいまのままでは気持ちがおさまらんじゃろうからな」

 と珍宝院は言うのだった。

「でも、いまの俺があの男に負けるってことはないと思いますけど……」

「ハハハ、そりゃそうじゃ。いまのお前とあの男が普通にやり合っても負けることはない。じゃが、突然後ろからブスッとやられることもあるわいの」

「え? それってあいつが闇討ちをするってことですか?」

「あいつがするとも限らんわい。誰かに頼むってこともあるじゃろうし、複数人でそういうことをするってこともあるわい」

「そ、そうなんですね。そういうのにはいまの俺でも対応できないってことですか?」

「まあ、難しいのう。いまのお前は確かに強くなってるぞ。しかし、人間であることには変わりはない。刺されたら死ぬし、刺して来るのがわからなかったら避けようもないじゃろ。だから、せいぜい気を付けるんじゃな」

 そんなことを言われてもなぁ。

 その話だと、外を歩くときは常に気を付けていないとダメということだ。

「わかりました。とにかく気をつけます」

「うむ、それじゃあ、これを飲め」

 珍宝院はいつものビンを差し出した。

 俺はそれを受け取り、飲んだ。

 慣れとは恐ろしいもので、ジジイの小便とわかっていても、いまとなってはほとんど抵抗なく飲めてします。

「じゃあ、またな」

 珍宝院はそう言って歩いて去っていった。

 以前に大きな鴉に乗ってやってきているように言っていたが、その鴉はどこにいるのかと思ったが、訊く前にいなくなった。


 それから数日、俺は外を出歩く時は周りに気を付けた。

 なんでも知っている珍宝院が言うことだ。おそらく本当にそういうことがあるのだろう。注意しておいた方がいい。

 しかし、人間の注意力なんてそんなに持続できない。

 そして、注意力が散漫になりだした時に、得てしてそういう事態は起こるものだ。

 俺はバイトから帰る途中、ちょっとコンビニに寄った。そして、コンビニから出た時だった、

 背後から誰か近づいてくる気配を感じた。

 そして俺が振り返ったら、チンピラ風の男がナイフを手にすぐそばまで来ていた。

「クソー!」

 男は俺が気づいたことに慌てて、ナイフを突き立ててきた。

 俺は咄嗟に身をかわした。ナイフの先は俺の身体には触れなかったが、服の一部を切り裂いた。

 俺はその男の腹を蹴った。

「ウグッ!」

 男は蹴られた反動で、道路を数回転がって悶絶した。

 すると、もう一人の陰から男が現れた。その男も手にはナイフを持っている。

「この野郎」

 男の目はギラついていた。

「ちょっと待て。お前らいったいなんだよ?」

 俺が訊くと、

「うるせー! お前に恨みはないが、これも仕事なんでな」

 と言う。

 これが仕事って、こいつらひょっとして殺し屋?

 俺は女にフラれた腹いせに、さすがに殺し屋はやり過ぎじゃないのって思った。

「ちょ、ちょっと待ってよ。俺を殺す気なの?」

「殺しはしねえ。お前を痛めつけてくれって頼まれたんでな」

 それならナイフはちょっとひどくない?

 俺は思った。

「頼まれたって誰に?」

「知らねえよ。アニキの命令だ」

 男はそう言った。

 話の感じからして、裏の世界の人間なのだろう。

「痛めつけるのにナイフを使うって、やり過ぎじゃない?」

「フフフ、別に殺しはしねえよ。太もも辺りをブスッとするだけだ」

「ヒイイ、そんな物騒な」

「とにかく俺らはお前を痛めつけねえと帰れねえんだ。観念しな」

「いや、それはそっちの都合で、俺は困るんだけど」

「うるせー!」

 男はそう言いながら、ナイフを振り回してきた。

 しかし、俺にはそんなものを避けるのは余裕だった。まったくゆったりとした動きに見えるのだ。

 男はムキになって振り回すが、まったくかすりもしない。

 俺はしばらく避けていたが、きりがないので、相手がナイフを振ってきたのをかわして、そのまま相手の顔面を殴った。

 ガツンという感じで、男の顎に当たった。

 男は後ろに吹っ飛び地面に倒れ込んだ。

 コンビニの前だ。人通りもあるので、警察とかが来たら厄介だから、それはすぐにその場から逃れた。


 俺は家に帰らず、そのまま桐山の家に行った。

「久しぶりだな」

 桐山が言った。

 確かに最近少し会っていなかった。会うときはほとんど毎日のように会っていただけに、かなり久しぶりのような気がする。

 俺は会っていなかった間にあった出来事を話した。

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