第23話 桜川の元カレ①

 次に桜川と会ったのは、桜川が彼氏に別れを告げる日だった。

 俺は桜川と待ち合わせして、一緒に彼氏と会う場所に向かった。

「彼に今日はなんて言って呼び出したの?」

「いろいろ考えたんですけど、別れ話ってわかって来てくれなかったら困るから、普通にデートいう感じで誘いました」

「ふーん、まあ、それがいいか」

 俺は付き合ったことがないので、当然別れ話もしたことがないから、いまいちそういうことはわからない。

 そして、彼氏と会う場所に近づくと、俺はいったん遠くから二人の様子を見守ることにした。

 

 桜川はすでに来ていた彼のもとへと近づいた。

 俺は離れたところから見ていた。

 彼は以前に俺が見た時と変わらず、なかなかの男前だ。しかし、桜川からすでに話を聞いているので、どことなく嫌なオーラがあるように感じられた。

 桜川が彼に話しかけると、二人はすぐに歩き出した。

 俺はそれの後ろをついて行った。

 すると二人は近くの喫茶店に入った。

 ああ、そこで別れ話をするんだな。

 俺は外から店の中をうかがった。店内は案外広かったので、俺も店の中に入って、二人と少し離れた場所に席を取った。

 二人の話し声は聞こえるが、内容まではわからないぐらいの距離だ。

 俺はとりあえずコーヒーを注文し、二人の様子をチラチラと見ていた。

 二人は初めは和やかに話していたようだったが、次第に雰囲気が変わっていった。おそらく桜川が別れ話を切り出したのだろう。

 そして、しばらくすると、

「俺は嫌だ。別れないぞ!」

 と男の方が大きな声を出した。

「ちょ、ちょっとそんな大きな声を出さないで」

 桜川がそれを止めている。

 周りのお客も何事かという感じで見ていた。

「うるさい! お前、さては他に男ができたんだな?」

「そうじゃないって、それは誤解よ」

「いや、絶対そうだ。そうじゃなきゃ別れるなんていうはずがない!」

 男はかなり興奮しているようだ。

 俺はいつでも止めに行けるような体勢で待った。

「もう、そういうところが嫌になったの」

 桜川が言った。

「なんだとー!」

 男は立ち上がった。そして、右手を振りかぶった。

 あ、ヤバい!

 俺は素早く動いて、男のところに近づいた。そして、振りかぶった男の手を取った。

「なんだ! お前は?」

 男は突然のことに驚くと同時に逆上した。

「やめなさい」

 俺は冷静に言った。

「うるせー! なんだよ、お前は! 邪魔すんじゃねえ!」

 男は俺の手を振り払おうとしたが、俺の手は離れなかった。

「こいつ!」

 男は空いている方の手で、俺のことを殴ってきた。

 俺はやはりその動きはゆっくりに見えたので、あっさりとかわすと、そのまま逆に男の腹に軽めのパンチを放り込んだ。

「ウグッ!」

 男は息を詰まらせた。

 この場面で血を吐くほどのパンチを出すのはまずい。

 その時になって、店員が止めに来た。

「ああ、すみません。すぐに出ます」

 俺はそう言って、お代を払って店を出た。

 桜川も店を出る。

 彼氏は殴られた腹を擦りながら店を出てきた。

「テメー、やりやがったな。許せねえ。いったい誰だ?」

「誰と言われても、困るんだけど……」

 俺はこういう時になんと答えたらよいのかわからなかった。

「お前の新しい男か?」

 男は桜川に訊いた。

「違うわ。ただ、あなたのことを相談していたのよ」

「嘘つくな! 絶対こいつがお前の新しい男だ」

 男は妄想に憑りつかれているようで、なにを言っても聞きそうになかった。

 それに、俺みたいな弱そうな奴にいいようにやられたのが腹立たしいのだろう。

「クソ、ユリは渡さねえ!」

 また俺に殴りかかってきた。

 しかし、結果は同じだ。

 いまの俺からしたら、小さい子供を相手にするようなものだ。殴りかかってくるところに、カウンターで男の顎にパンチを入れた。

 男は、俺のパンチをもらうと、そのまま崩れるように倒れてしまった。

「シンジ、もうこれっきりにしてね。あなたとはもう会わないわ」

 桜川はきっぱりと言った。

 そして、桜川と俺はその場を離れた。

「良かったね。これでもう大丈夫だろう」

「ありがとうございました」

「もし、またなにか言って来たら俺がまたなんとかするよ」

「はい、お願いします」


 結局、その日はそれで帰ることになった。

 なにかもうちょっとあるんじゃないかと期待はしていたけど、本当に彼氏との別れ話に付き合うだけで終わった。

 なんかこれって、いいように利用されているだけじゃない?

 俺はそんな考えが頭によぎった。

 

 俺は桜川と別れた後、不完全燃焼な感じで自宅に向かっていると、そこに珍宝院が現れた。いつもどおり突然である。

「今日は活躍したようじゃな」

 珍宝院はやはりなんでも知っているのだ。

「ええ、そうなんですけど、なんだかあの子にいいように利用された気がして……」

「まあ、いいじゃないか。彼女もいまはあの男とのことで気持ちに余裕がないんじゃ。それよりも、あの子の元カレというのは気を付けた方がええよ」

「え、そうなんですか?」

 俺は意外なことを言われて驚いた。

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