第22話 改めての出会い④
「どういうことって言われても困りますけど、ただ、私はそう思っただけです」
桜川はそう言って困った顔になった。
「そ、そうだよね。なんか変な質問をしてしまって……」
俺はいったいなにをしているんだ。
そこからまた会話が途切れた。
気まずいなぁ。
俺はどうしたら良いのかわからなかった。
桜川も俺と同じように思っていそうだ。
そんな風に考えていると、桜川の方から話してくれた。
「あの、前にナンパされている時に助けてくれたでしょう」
「そうだね」
「あの時、実はお付き合いしている彼が一緒だったんです」
「えっ?」
「でも、彼はあの人たちがナンパしてきた時に、私を放って一人でさっさと逃げてしまったんです」
「そうだったんだ」
「そして彼が逃げた後にタカシさんが助けてくれて……」
「そういう状況だったんだ。それにしても、ユリさんの彼氏もひどいね。放って逃げるなんて」
俺はムカッとした。
「やっぱりそう思いますよね。私も同じように思って、後から彼に訊いたんです。なんで私を置いて逃げたのかって。そうしたら、俺は逃げたつもりはないって言うんです」
「逃げたつもりはない?」
「はい、逃げたんじゃなくて、助けを呼びに行ったんだって。でも、それってどう考えても嘘なんですよ。だって、結局あの後、彼はあそこに戻っても来なかったですからね」
「そうなんだ。それは、つらいね」
「それからも付き合いは続いているんですけど、そんなことがあるからギクシャクしてしまって……」
「それはギクシャクするよね」
これはつまりその彼氏と別れるってことなのか?
俺は不謹慎ながら期待してしまった。
「それでつい、彼とタカシさんを比較してしまって、タカシさんてやさしくて勇気のある人だなって」
そう言って桜川は笑った。
しかし、桜川の顔は悲しそうであった。
「俺は勇気があるとかじゃなくて、無謀なだけだよ。現にあの時はひどい目にあったし。ハハハ」
俺はわざと明るく言った。
「いえ、あんなことなかなかできることじゃないです。私はそんなタカシさんを尊敬します。だから、また会いたいって思ったんです」
なんという嬉しいことを言ってくれるんだ。
「いやぁ、そんな風に言われると照れるなぁ。いままで人に褒められたことがないから」
「そんなぁ、タカシさんは立派な人ですよ」
とにかく俺は褒められ慣れていないので、どういう対応をしたら良いのかわからなかった。
「それで、厚かましいお願いがあるんですけど、聞いてもらえますか?」
と、桜川は突然、話題の矛先を変えた。
「お願い? あ、はい。なにかな?」
この流れではお願いを聞かないわけにはいかない。
「実は、その彼氏のことなんですけど、ギクシャクしてるだけじゃなくて、彼が横暴になってきたというか、あれ以来、やたらと偉そうになってきたんです」
「偉そう?」
俺は話の先が見えなかった。
「はい、それまではそんなことなかったんですけど、この前も、ナンパされるのはお前に隙があるからだ、とか言うんです」
「なるほど。要はナンパしてきた連中から逃げたことが恥ずかしくて、責任転嫁をしようとしているだな」
「そういうことだと思います。それで、私、彼に別れたいって言ったんです。そうしたら、彼は別れないって怒ってしまって、殴ってきたんです」
「ええっ、それは、良くないね」
「それで、私怖くなってしまって……。でも、もう彼とは無理だから別れたいんです。でも……」
「別れたいって言ったら、また殴られるかもしれないと?」
「はい」
この話の流れは、つまり俺に別れ話に付き合ってくれってことなのかな?
俺はそれならそれでやる気は十分あった。
なぜなら、こんなチャンスはそうそうないし、桜川を殴った男を許せない気持ちがあった。
それに、以前の俺なら殴るような男は怖かったが、いまはそういう俺ではなくなっているのだ。まさに、俺が得た力を活かすべき場面だ。
俺はそう考えると、心の中でガッツポーズを取ってしまった。
「それって、俺に別れ話に付き合えってことだよね?」
「は、はい。すみません。こんなお願いをして。でも、他に頼れる人がいなくて……」
おおっ、他に頼れる人がいない。なんという心地よい響きだ。昔からこういうことを言われる存在になりたかったんだ。
「任せてよ。その彼ときちんと別れられるように協力するよ」
俺はドンと胸を叩いた。胸板が薄いのでちょっと痛かったが。
「ええっ、いいんですか。ありがとうございます。助かります」
桜川はホッとした顔をした。
そこから、俺たちは一気に気持ちがほぐれて、緊張することなく話せるようになった。
桜川は今日俺と会いたかったのは、そのお願いをしたかったのだろう。そして、そのお願いを聞いてくれるとなったので、一気に気分が楽になったのだ。
俺としては、どんな用件であれ、こうやって桜川と二人でいられることが嬉しかった。
そして、俺たちは実際にいつ別れ話をするかを決めた。
「今日はありがとうございました」
喫茶店を出ると桜川は頭を下げた。
「いや、いいよ。ちゃんとその彼と別れられるように俺も手助けするよ」
「はい、お願いします」
そして、その日はそれで別れた。
俺はもう少しなにかあるのではと期待していたところはあるが、まあ、こんなもんだろう。
桜川が彼氏と別れるということだし、俺としては嬉しい限りだ。
初めからあまり多くを望んではいけない。
俺は軽い足取りで帰宅した。
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