第21話 改めての出会い③

 俺がメッセージを送ると、意外なことにすぐに返信が来た。

 私も会えて嬉しかったです。また会いたいです。

 と書いてある。

 俺はその内容に驚いた。また会いたいと言われるとは思わなかったのだ。

 これって、ひょっとして俺に好意があるのか?

 俺は期待してしまった。

 いや、そんなはずはない。桜川は彼氏がいるんだし、俺なんかに好意を持つはずはない。

 俺はこれまでの経験から、こういうのに期待してはいけないということを学んでいた。女のこういうセリフは社交辞令と思って対応しないと恥をかくのだ。

 俺は嬉しい気持ちが湧き上がるのを押さえた。

 しかし、また会いたいというのは、社交辞令としてはちょっと行き過ぎではないかとも思える。

 こんなことを書いて、じゃあ会いましょうなんて言われたら困るだろう。

 そんな風に考えると、本当に会う気があるのかもしれない。

 俺は考えを二転三転させた。

 そして、とりあえず、

 俺も会いたいな。

 と送ってみることにした。

 その反応で相手の気持ちを推し量ろうと思ったのだ。

 そして、送った。

 すると、これに対してもすぐに返信が来た。

 良かった。じゃあ、今度の休みの日に会いませんか?

 と来た。

 マジか?

 俺はこれは本物だと思った。社交辞令で言っているのではない。

 そこから数回やり取りして、会う日時を決めた。

 そしてスマホを置いた。

 はぁ、まさかこんなことになるとは。ついに俺も女の子とデートだ。やったー!

 いや、待てよ。

 なにも彼女はデートとは言ってないよな。

 あくまで会うというだけで、なんの目的で会うのかわからないなぁ。

 この前助けてもらったお礼ですって感じで、なにか渡されてそれっきりになるかもしれない。

 俺はそんなことが頭によぎり、また不安になった。

 これまでの人生で女の子と二人で会うことなどなかったのだ。それがこんな流れで、急にそういう展開になったことが信じられなかった。

 絶対こういうのは裏があるはずだと、どうしても疑ってしまうのだ。


 桜川と会う当日になった。

 当日になっても、俺はまだ不安があった。そんなにうまい話が世の中にあるはずがないと思えてならなかった。

 それに、仮に桜川が俺に好意を持ってくれていたとしても、彼氏がいるのだから、あまりそれ以上の関係は期待もできそうにない。

 そんな思いを抱えながら、桜川との待ち合わせ場所に行った。


 俺が待ち合わせ場所の駅前のロータリーに行くと、すでに桜川は来ていた。

 ブルーのワンピースを着て、臙脂えんじ色のベレー帽を被っている。

 目立たない地味目な服装で、その雰囲気は中学の時のままだった。

「ごめん、待った?」

 俺は小走りで近づき声をかけた。

「あっ、タカシさん。ううん、そんなに待ってません」

 桜川は微笑んだ。

 ああ、かわいい。

 俺はドキッとした。

「あ、あの、どうしようか?」

 いまは昼の二時だ。

「とりあえず、お茶でもしませんか?」

 桜川がそう言うのに、俺は反対するはずもなかった。

 そして、俺たちはすぐそばにある喫茶店に入った。

 店内は空いていた。

 俺はコーヒーを注文し、桜川はアイスティーを注文した。

 俺はなにか話題がないかと探したが、まったく頭に浮かんでこない。

 桜川も黙っていた。

 せっかく会ったのに、会話のない重苦しい空気が苦しかった。

「あ、あの、ユリさん」

 俺はあまりの苦しさに、とりあえずなにか無理やりでも話そうと口を開いた。

「はい」

 桜川も俺が話しかけたことで、やっと呼吸ができたという感じだ。

「仕事ってなにをやってるの?」

 と俺は訊いた。

 こんな質問が適切なのかはわからないが、それぐらいしか思いつかなかったのだ。

「仕事は、本屋で働いています」

「へぇ、本屋。バイト?」

「いえ、正社員です」

 ああ、そらそうだよな。

 桜川はちゃんと正社員で働いてるよなぁ。

「タカシさんは、なにを?」

 この流れなら当然出る質問だ。

「あ、俺は、そのう、フリーター」

 俺はフリーターというのが恥ずかしかった。しかし、言わないわけにもいかない。

「そうなんですね。なにか夢でもあるんですか?」

「夢?」

「はい。将来やりたいことがあるから、いまはフリーターをしているとか?」

「あ、いや、ハハハ。そういうわけでは……」

 フリーターなんかやってる人は夢のために頑張っているって発想なんだ。

 俺はますます恥ずかしくなってしまった。

 俺は将来の夢なんてない。ただ、流れでフリーターをしているだけである。

 だけど、これまで別にそれが恥ずかしいとかそんな風に考えたことはなかった。いや、あったのかもしれないけど、深くは考えないように避けていたのかもしれない。

 ましてや、夢なんて発想はまったくなかった。

「そうなんですね。でも、フリーターって自由な感じでいいですね」

 桜川はどういうつもりで言ったのかわからないが、少なくとも俺がフリーターであることを別に軽蔑はしてはいなさそうだ。

「自由っていっても、結局は毎日八時間ぐらいは働いているから正社員とあまり変わらないよ。それでいて給料は安いし、ボーナスもないし。ハハハ」

 俺はなぜか最後笑ってしまった。

「そうですか。でも、タカシさんは人間としてはやさしいし、勇気もあるし、素晴らしい人だと思います」

「えっ」

 急に褒められて、俺は一瞬言葉に詰まった。そして続けて、

「ど、どういうこと?」

 と訊いた。

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