第10話 謎のドリンク②
翌日、俺はアルバイトに行った。
顔の痣は治っていないが、いつまでも休むわけにもいかない。あまり休んでしまってはお金が底を着いてしまう。
バイト先では案の定あれこれ訊かれたが、適当に誤魔化しておいた。しつこく訊いてくるような人は幸いいない。
その日のバイト終わり、家に向かっていると、おとといのチンピラが同じ場所で、またナンパをしていた。今日のナンパ相手は桜川ではないようだ。
俺は鼓動が早くなった。
これは、あのチンピラに復讐する絶好の機会であると同時に、あの爺さんがくれた謎のドリンクの効果を試すチャンスだ。
でも、本当に効果あるのかな?
なかったら、またボコボコにされるし。
俺はどうしようか考えながら歩いていると、どんどんそのチンピラどもに近づく。
すると、俺がどうするということもなく、チンピラの方が俺のことに気づいた。
「おっ、前の兄ちゃんじゃねえか」
「ああ、正義の味方気取りの兄ちゃんか」
チンピラはからかうように言って、こちらに寄ってきた。
俺は身体が自然とすくんだ。なにせついこの前はこの二人にボコボコにされたのだ。すくんで当然である。
しかし、俺はあの爺さんを信用しようと頑張って意識した。この状況で、また前みたいに、ただ殴られるだけなんて嫌だ。
「おい、今日はナンパを止めないのか?」
「へへへ、また前みたいにカッコよく止めてみろよ」
二人は完全に俺をバカにしていた。
俺は腹は立つものの、それ以上に恐怖を感じていた。
だから、なにも言い返せずに身体は固まっていた。
周りの人は見ぬふりをして、遠巻きに通り過ぎて行った。誰も助けてくれそうにはない。
それはそうだ。
誰だって関わりたくないもんな。
「なんとか言えよ」
「へへへ、ビビってるじゃねえのか」
チンピラどもはますます図に乗っているようだ。
それはそうだよな。
俺なんていかにも弱そうだし。
そんなことを思っていると、チンピラの一人が、俺の胸倉をつかんできた。
あ、また前のように殴られる。
そう思った瞬間だ。
チンピラのパンチがゆっくりに見えた。それはまるで相手がねばつく液体の中で動いているような感じだ。
もちろん実際はそんなはずはない。
だが、俺にはそう感じられた。
俺は、恐怖心を振り切って、相手のパンチが自分の顔に当たる前に、相手の顔面に頭突きを放り込んだ。それは自分でやっておきながらも信じられない速さだった。
ガチンと俺の額が、相手の鼻柱に当たったかと思うと、相手の鼻は完全に顔面にめり込んでいた。
そして、そのまま後ろに気を失って倒れた。
男の鼻からは鼻血が大量に流れ出した。
な、なんだこの感触は!
俺は身体がこれまでに感じたことがないくらい軽く、その上ものすごく力が漲っているのだ。
「てめぇ、やりやがったな」
もう一人の男が、激高して俺の方に向かってきた。
しかし、その動きもノロノロとしたものに感じられた。
俺は、爺さんが以前助けてくれた時のように、相手の股間を蹴り上げた。
すると、爺さんほどではないが、男はかなり宙に浮かんで、そのまま地面に落ちた。
ドサッと肉体がアスファルトに落ちる音がした。
俺は二人をあっという間に倒してしまった。
おそらく喧嘩慣れしているだろうチンピラ二人を、三秒ほどで返討にしたのだ。
こ、これは、すごい。
俺は興奮で身体が震えた。
周りの人は、その様子を見て、ざわざわとし始めていた。
チンピラ二人は俺の前に倒れている。一人は鼻を陥没させて、もう一人は股間を蹴り上げられて白目を剝いている。そして二人とも気絶しているようだった。
いや、ひょっとすると死んでいるのかも?
俺はそんなことを考えると急に怖くなった。
そして、その場からさっさと立ち去った。
しばらく小走りで現場から離れてから、普通に歩いた。動悸はしばらくおさまりそうにない。
俺は心配もあったが、それよりも興奮していた。
あんなチンピラを一瞬で倒してしまったのだ。
あの爺さんのくれた謎のドリンクは本物だった。
そんなことを思うと、徐々に気分が高揚してきて、自然と顔がニヤついてしまった。
これまでこんなことはもちろん経験がない。
一方的に殴られたことは何度もあるが、殴り合いの喧嘩なんてしたことがないし、人を殴ったのは今回が初めてだ。
その初めての殴り合いの喧嘩が、あんなことになるとは。
俺は、これまでのつまらない人生から脱出できるのではないかと思えた。
俺のことをこれまでバカにしてきた奴らを全員見返してやる。
俺はそんなことを考えているとワクワクしてきた。
ありがとう、爺さん。
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