第9話 謎のドリンク①

 俺は家に帰ると自室に入った。そして、あの爺さんにもらった怪しいビンを取った。

 強くなってやる。

 俺はビンの蓋を開けた。

 匂いを嗅ぐとやっぱり飲む気はしない。しかし、これを飲むと強くなれるのだ。

 あの爺さんを信じたわけではないが、これを飲んで仮に死んでしまうようなことがあってもいいと思った。

 どうせつまらない人生だ。

 このままここで終わっても後悔はない。

 俺は鼻をつまんでビンに口を当てた。そして、一気に口の中へと流し込んだ。

 鼻をつまんでいるせいか、意外と味は悪くない。おいしいわけではないが、飲めないほどでもなかった。少し変わった味の麦茶という感じである。

 冷蔵庫で冷やしていたらもっと飲みやすかっただろう。

 飲み終えて、ビンを眺めた。すっかり飲み干し空になっている。

 だが、特に変化は感じられない。

 悪い方にも良い方にもだ。

 俺は少しがっかりしたし、ホッともした。しかし、考えて見ると、そんなにすぐに効果が出ないだろう。明日ぐらいには何か変化を感じられるかもしれない。

  俺はそんなことを思いながら、椅子に座って今日の出来事を思い返した。

 桜川が俺のことを覚えていなかったのは悲しいが、突然のことだったのでわからなかっただけかもしれない。

 なにせ中学を卒業してから会っていないのだ。あんな状況で再会してもピンと来なくて当たり前かも、とできるだけ楽観的に考えるようにした。

 それよりも、あのチンピラだ。

 散々ボコボコにやられて、いまも体中が痛い。

 あんな連中が大手を振って街を歩いているなんて、この世はどうかしているよ。

 俺は無性に腹が立った。

 鏡で自分の顔を確認した。口の端は切れているし、目の周りも痣になっている。それに身体のあちこちが打撲で動くたびに痛みがある。

 あの爺さんがいてくれたら、あんな連中なんてあっさりやっつけていたんだろうな。

 あの爺さんの強さは本物だった。とんでもない強さだった。人間離れしたパワーがあったし、スピードがあった。

 あの謎のドリンクを飲んだから、俺もあんな風に強くなれるのではと期待した。

 しかし、いまのところなんの効果も感じられない。

 だが、あの爺さんがわざわざ嘘をついてからかっているとも思えなかった。

 そんなことをしてもあの爺さんにはなんの得にもならないのだ。

 そんな風に考えると、やはりあのドリンクを飲むと本当に強くなれると考えるのが普通だろう。


 次の日、またアルバイトは休んだ。身体が痛くてそれどころではなかった。それに顔もかなりひどい状態だから、あまり他人と会わないほうがいいだろう。

 その夜は、また桐山の家にお邪魔した。一人で部屋にいると悶々としてしまうからだ。それに桐山にだったらこんな顔を見られてもいい。

 桐山は俺の顔を見てすぐに、

「いったいなにがあったんだ?」

 と言った。

「実はチンピラに殴られて……」

 俺は昨日の出来事を説明した。

「そんなことがあったのか。それにしても桜川も覚えていないなんてひどいなぁ」

 桐山は同情してくれた。

「いや、いいんだ。中学卒業以来会ってなかったし、覚えてなくても仕方がないよ。それよりも、俺はあのチンピラどもが許せないんだ」

「まあ、そうだよな。警察はなにもしてくれなかったのか?」

「さあ、どうかな。少し事情は訊かれたけど、それ以上はなにもなかったし、どうせ捕まえたりはしてないだろうよ」

「警察もちゃんと仕事しろよな」

 桐山は自分のことのように腹を立ててくれた。

「警察からしたら、こんなことは些細なことなんじゃないの。俺は初めから期待してないからね」

 俺はそう言って力なく笑った。

「しかし、それじゃあ、腹の虫がおさまらないだろう?」

「まあな。なにか仕返しをしたい気分だよ」

「だけど、相手がそんな奴らだと、逆にやられて終わりそうだな」

 桐山の言うことはもっともだった。

「そうなんだ。それで、実は俺、いままで黙っていたけど、この前変な爺さんに会ってさ……」

 俺はあの爺さんとの出会いや、爺さんからもらったドリンクの話、それから半グレから助けてもらった話をした。

「へえ、そんなことがあったのかよ。それでそのドリンクは飲んだのか?」

「飲んだ。昨日」

「それでどうなんだ?」

「どうって?」

「いや、強くなったのか?」

「ううん。まったくその感じはない」

「なんだそれ。お前、からかわれただけなんじゃないのか?」

 桐山の言うのはもっともな話が、俺はそうは思わないと説明した。

「まあ、確かにそうか。その爺さんがからかう理由はないよな。じゃあ、そのドリンクの効果もそのうち出てくるのかな?」

「うーん、それは、どうなんだろう。俺も初めて飲んだから、どういう風に効果が出るのかわからないしな。それに爺さんも喧嘩が強くなるとしか言っていなかったから、それがどういう風に強くなるのかよくよく考えるとわからないんだよな」

 その日、二人でうだうだとそんな話をして、俺は家に帰って寝た。

 結局、その日はなんの変化も感じられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る