第8話 桜川百合③

 また何日か過ぎた。

 俺がアルバイトを終えて帰っていると、自分の進む先にナンパをしている男がいた。二人組だ。

 ガラの悪そうな二人の男が、一人の女にしつこく声をかけていた。

「姉ちゃん、ちょっと付き合えよ」

「いいだろう。奢るからよ」

 今時こんなナンパがあるのかと思うようなセリフが聞こえる。まだそこそこ距離があるのに会話が聞こえるぐらい声が大きいのだ。

 周りの人も当然それには気づいているが、見て見ぬふりをしている。

 ナンパ男が怖いからだ。

 男たちはそれがわかって、余計に周りを威嚇するような態度をとっているのだ。

 年齢的には俺と同じ年ぐらいだろう。ただ、見ただけでチンピラという恰好をしている。

 そんな奴らに関わりたい人なんていなくて当然だろう。

「困ります。や、やめてください」

 ナンパされている女の声は震えていた。

 怖いんだ。

 かわいそうに。

 そうは思ったものの、俺だって怖いし関わりたくない。ここはこのまま通り過ぎようと思った。

 そして、そのナンパ現場を通り過ぎようとした時、ナンパされるってどんな女なんだと興味がわき、チラッと視線をやった。すると女と目が合った。

 なんと女は桜川だった。

 桜川は俺と目が合った瞬間、助かったという目になった。

 あ、ヤバい。

 俺は一気に体温が上がった。

 どうしよう。

 このまま気づかなかった振りをして行ってしまおうと思った。だが、そんなことをして桜川に軽蔑されたり、中学の同級生に言いふらされたりしたら嫌だという気持ちもあった。

 俺の迷いはなくならなかったが、身体が勝手に動いてしまった。

 前に爺さんが半グレどもをやっつけたことが頭の隅にあったのだ。だから、俺にもできるかもしれないという風に無意識が判断したのかもしれない。

「ちょ、ちょっとやめてもらえますか」

 俺はナンパ男に言った。

「あん? なんだお前」

 男がすごんだ。

 正直それだけでもう身体は震えだした。

「その人、俺の友達なんで、やめてください」

 俺は声を震わせながら言った。

 逃げ出したい気分はやまやまだが、こうなっては逃げられない。

「友達? だったらなんだっつーんだよ」

 一人の男が俺の胸倉をつかんだ。

「ぼ、暴力はいけ……」

 言いかけた時には殴られていた。

 頬が痛い。

 殴られてクラクラし、地面に倒れた。

 そこからは、倒れた俺を男たちが蹴りまくった。

 俺は全身蹴られまくってボロ雑巾のようになってしまった。

 そして、そんな状態になった時に警察が来たようで、男たちは逃げて行った。

 俺はボコボコにされて、口元からは血が流れていた。

 警察官に救急車を呼ぼうかと訊かれたが、幸いそれほどのケガはしていなさそうだったので断った。

 ただ、全身が痛い。

「ありがとうございました」

 桜川が頭を下げた。

「いや、気にしなくていいよ」

 俺はやせ我慢をしてそう言った。

「おケガは大丈夫ですか?」

「大したことないよ」

 と言った時、俺はあることに気づいた。

 桜川は俺のことを覚えていない。

「あの、お礼をしたいんで、お名前教えてもらっていいですか?」

 と決定的なことを言われた。

 俺は頭が真っ白になった。

 桜川が中学の同級生の俺に助けを求めていると思ったから頑張ったのに、どうやらそうではなかった。あの時の目は、ただ単に知らない男でも助けてくれそうだと思っただけなのだ。

「いや、名乗るほどのものでもないですから」

 俺はボコボコにやられてボロ雑巾のようになっているのに、まったく似つかわしくないセリフを言ってしまった。

 そして恥ずかしくなり、慌ててその場から立ち去った。

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