第7話 桜川百合②

 桐山の家を出たのは深夜になってからだった。いつものことながら、桐山の両親には申し訳ない。

 俺は静かに桐山の家を出ると自宅へ帰った。


 それから、数日後、俺も偶然駅で桜川を見かけることになった。久しぶりに見た桜川は当然大人っぽくはなっていたが、あまり変わっていなった。

 しかし、桜川は桐山が話していたように男と一緒だった。

 俺は十メートルほど離れた場所からそれを見ていた。向こうは俺のことには気づいていない。

 相手の男は同じ年ぐらいで、見た感じかなりイケている雰囲気だ。背は高いし、顔もなかなかの男前だ。

 二人は仲良さそうにイチャイチャしている。

 それはどう考えても付き合っているカップルだった。

 そんな……。

 俺はショックだった。

 桐山に話を聞いたときは否定できたが、目の前で見せられると、どうしても否定できなかった。

 あの桜川に彼氏ができるなんて……。

 裏切られた気分だった。

 勝手に同類と思っていただけなのだが、仲間が敵に寝返ったような、そんな感じだ。

 男とイチャつく桜川は女の顔をしていた。中学の時には見たことがない顔だ。

 俺はその場から離れた。乗るはずの電車が入ってきたが、それをやり過ごした。とても一緒の電車に乗る気にはならなかった。


 その日俺は家に帰ると、桐山に連絡をした。

 いまから会えるか?

 いいよ。うちに来るか?

 行く。

 やり取りは簡潔に終わり、俺はコンビニで一番安い缶チューハイをいっぱい買って桐山の家に行った。一人で部屋にいるのが辛かったのだ。

 桐山と会ったからといって、どうなるものでもないのだろうが、一人でいると悶々と考え込んでしまいそうに思えたのだ。

 そうなるのが嫌だった。

 それに中学の時は好きだったにしても、あれから何年もたっているのだ。それなのに、いまその好きだった子に彼氏ができたことにショックを受けていることを認めたくなかった。

「どうしたんだ? なにかあった?」

 桐山は俺の異変にすぐに気づいた。

「いやあ、まいったよ。俺も見たんだ」

 俺はわざと明るく振舞った。

「なにを?」

「桜川だよ。お前の言うとおり、男といるところ見たんだ」

「お前も見たんだ。どうだった?」

「あれは完全に付き合っているよな」

「だろう。だから言ったんだよ。あの雰囲気は絶対そうだって」

 桐山は前とは違い自信満々である。

「あの桜川に彼氏ができるなんてなぁ」

「ホントだよ。時間がたつと変わるんだな」

 俺たちはしみじみとなった。

「それなのに、俺たち二人はまったくだな」

 俺が言うと、桐山はがっくりとうなだれた。

「あの二人、もうやってるのかな?」

 桐山がボソリと言った。

「え、そ、それは……。まあ、付き合ってるなら、やってても不思議はないけどな」

 俺はそこの部分については考えたくなかった。しかし、そう訊かれては嫌でも考えてしまう。

 あの桜川があの男と、か。

「そらそうだよな。やってるよな。いいよなぁ。俺もやりたいよ。いったいいつまで童貞のままなんだ」

 桐山はため息交じりだ。

「そ、そうだな。人生不公平だよな。あの桜川と一緒にいた男は、見た感じモテそうだったし、桜川といいことできてるんだよな」

「クソー。俺もやりてー!」

 まるで桐山の魂の叫びだ。

「おいおい、お前の両親いるんだろう。そんなこと大声で言うなよ」

 俺はあわてて言った。

「あ、そうだった。あまりの悔しさに、つい」

 桐山は手で口を押さえた。

 その夜、俺は桐山の部屋に泊まった。安い缶チューハイを二人で何本も飲んだ。

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