第6話 桜川百合①

「そうだ。あのビンは?」

 俺は爺さんにもらっていたビンを手に取った。

 あれ以来、机の上に置きっぱなしになっていた。

 俺はビンをしげしげと見た。

 小さなガラスビンの中には緑の液体が入っていたと思ったが、よく見ると黄色のようにも見える。光の加減で多少色が変わるようだ。

 俺はビンを振ってみた。すると泡立つ。

「なんなんだろう。これ?」

 爺さんが言うには、これを飲むと強くなるようだったけど、本当なんだろうか?

 しかし、あの爺さんの強さは確かに異常だった。そんじょそこらの格闘家なんて目じゃないぐらいの強さだ。

 それでいて見た目は華奢で小柄だから、余計にその強さが際立つ。

 俺はビンの蓋を開けて見た。そして、匂いを嗅いだ。少しアンモニアのような匂いがする。とてもじゃないが飲む気にはならない。

 しかし、あの爺さんが言うには、これを飲むと俺も強くなれるということらしい。

 俺はもう一度匂いを嗅いだ。

 やっぱりダメだ。

 飲む気がしない。

 俺は飲むをやめた。

 強くはなりたいが、それほど切羽詰まっているわけでもない。これまでこの弱い状態で生きてきたのだ。

 ここでこれを飲んで、ひょっとしたら死ぬかもしれない。死ぬまでは行かなくても、身体は壊しそうだ。

 あの爺さんを信用していないというわけでもないが、飲むところまでは決意が固まらなかった。

 もう少し様子を見よう。

 俺はビンをまた机に置いた。

 すると同時にメッセージの着信があった。

 スマホを確認すると、中学の時に唯一仲良くしていた友達の桐山からだった。

 今日暇?

 とある。

 なに?

 うちに来いよ。ゲームしよう。

 わかった。晩飯食べたらすぐ行くよ。

 と返して、一階に降り、母の作った夕食を食べた。そして、すぐに出かけ、桐山の家に向かった。


 桐山の家は近所で、歩いて五分ぐらいである。

 これまでもしょっちゅう桐山の家には行っている。なにせ中学の頃からだ。

 桐山も俺と同じで、学校カーストでは下級に属していたし、いまも俺と同じようにフリーターだ。女にもモテない。

 桐山の家に行くと、桐山の両親に挨拶をし、すぐに桐山の部屋に向かった。桐山の両親はもう当たり前のように、それに対応してくれた。

「おお、来たか。いまラスボス一歩手前までを倒したところだよ」

 桐山は興奮気味に言った。

「へえ、お前、そんなに強くなったのかよ」

 それから、二人で対戦プレイを始めた。

 一時間ぐらいして、少し休憩することになった。

 桐山が缶チューハイを二つ持ってきた。それをポテトチップスを食べながら飲んだ。

「中学の時にいた、桜川って覚えてるか?」

 桐山が唐突に言った。

「桜川? そんな奴いたっけ?」

「ほら、ちょっと地味だったけど、よく見たらかわいいってよく俺たちで話していたじゃん」

 それを言われて俺はすぐに思い出した。

 確かに中学二年の時に同じクラスに桜川はいた。桜川百合だ。

 桐山の言うように、地味な女子だった。クラスでもあまり話さず、目立ったことはしなかった。ただ、顔はかわいかった。地味なので男子は誰も興味を示していなかったが、俺と桐山は二人で桜川が実はかわいいって話したことがある。そして、当時俺は桜川に対して密かに思いを寄せていたことも思い出した。

「その桜川がどうかしたのか?」

「それなんだけど、この前、たまたま駅で見かけたんだけど、男と一緒だったよ」

「え、男と?」

「そうなんだよ。あの地味だった桜川が男とだよ。中学の時なんて男子と喋ってる姿なんて見たことないのに」

「でも、まあ、俺たちも二十二だよ。彼氏ぐらいできるだろう」

 正直言って俺は少しショックだったが、それを誤魔化すためにわざとそういう言い方をした。

「そうだけど、それは普通の女の場合だろう。あの地味で男とまったく話さなかった桜川がだぜ」

「うーん、まあ、そうなんだけど……」

「お前、俺たちの状況を考えて見ろよ。お互いまったく彼女なんてできそうにないじゃないか。桜川は女だけど、俺たちと同類って思ってたのに」

「そ、そうだな……」

 俺は桐山のセリフになんと返答していいものやらわからなかった。確かに桜川は俺も同類と思っていた。だから、なんとなく彼氏なんてできないものと思っていた。

「待てよ、だけど、お前の思い過ごしじゃないのか。男と一緒にいたとしても、それが彼氏と限らないだろう」

「え、ま、まあ、そうだけどな」

「だって、お前、桜川に確認したわけじゃないんだろう?」

「そりゃ、確認なんてしてないよ。離れたところから見ただけだ」

「それじゃあ、彼氏かどうかなんてわからないじゃないか」

 俺は自分で喋りながら、妙に安心していくのを感じた。

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