第19話 改めての出会い①

 それから俺のところには、二日おきに珍宝院が現れた。

 それはいつも突然だった。どこからともなく現れて、俺にビンを渡すのだった。

 「じゃあ、そろそろ飲む間隔を空けるか」

 ある時珍宝院が言った。

「え、そうなんですか? どれぐらいの間隔ですか?」

「まあ、これからは週に一回で良かろう」

「そうなんですね。じゃあ、俺ももうかなり強さが定着してきたんですね」

 俺は嬉しかった。もう爺さんのおしっこを飲むことに抵抗感はなくなっていたが、それでも飲む回数が減るのは、だいぶ気が楽だ。

「なので、これからは週一回だけお前の前に現れるからの」

 この日はバイトの帰り道で突然現れたのだが、そのままどこかへ行こうとした珍宝院を俺は呼び止めた。

「あの、いつもなんで俺のいるところがわかるんですか?」

 俺は前から疑問に思っていたことを訊いた。

「それは、わしが普通の人間じゃないからの」

「つまり超能力者ってことですか?」

「ホホホ、まあ、そう思ってもらってええよ」

「あの、ここまであの金満寺からどうやって来てるんですか?」

 普通に考えたら電車に乗って来ているのだろうが、どうもそういう雰囲気でもない。

「空を飛んできてるんじゃ。大きな鴉の背中に乗ってな」

「え? 空を飛んで? 大きな鴉?」

 俺は言っている意味がわからなかった。

「まあ、そんなことはいまはわからんでええよ。じゃあな」

 珍宝院はそう言うと、スタスタと歩いて行った。

 俺はそれを見ているしかなかった。


 数日後、俺は桜川と駅でばったり会った。

 桜川と会うのは、チンピラにナンパされているところを助けて以来だ。

「あ、この前はどうもありがとうございました」

 桜川は頭を下げた。やはり俺が中学の時の同級生であることはわかっていないようだ。

「あ、ハハハ、いえ、気にしなくても」

 俺は頭を掻いた。どう答えて良いのかわからない。

「大丈夫ですか? あれから?」

 桜川は俺の顔をじっと見た。

 俺はドキッとしてしまった。

「あ、だ、大丈夫。なんともないよ」

「実は、前に助けてもらった時にちゃんとお礼をできなかったので、いつか会えないかと思ってたんです」

 桜川は、俺が想像もしたこともない嬉しいことを言ってくれた。

「ええ、そうなんですか? でも、別にお礼なんていいよ。気にしなくても」

「そうはいきません。あ、そうだ。連絡先を交換してくれませんか?」

 桜川はそう言ってスマホを取りだした。

「う、うん。いいよ」

 俺もスマホをポケットから出した。

 そしてラインの交換をした。

 俺のアカウント名はタカシにしている。それで桜川は俺のことに気づくかと思ったが、まったく気付いている様子がなかった。

「タカシさんって言うんですね。前は名前も聞けなかったから」

 桜川は俺の名前を知っても、まったく思い出す様子はなかった。俺の下の名前なんて、そもそも中学の時から知らないのかもしれない。

 俺は桜川百合ってフルネームで覚えているのに。

 桜川のアカウントはユリとカタカナで書かれていた。

「ユリさんなんですね」

 俺は中学の同級生とは名乗れなかった。なんだかいまだに中学の時のことを持ち出すのが、恥ずかしい気がしたのだ。

 だから、今回初めて知り合ったという体で行くことにした。

「あの、たまに連絡してもいいですか?」

 桜川はまた嬉しいことを言ってくる。 

「も、もちろん」

「じゃあ、タカシさんも遠慮なく連絡くださいね」

「あ、はい」

 桜川は笑顔だった。その笑顔が輝いていた。

 桜川は小さく手を振って去っていった。

 俺はその後ろ姿をボーッと見つめていた。

 俺の人生が変わってきた。

 これまでクソみたいな人生だったのに。

 俺は夢でも見ているんじゃないかと、古典的ながら頬をつねって確認した。

 確かに痛い。

 どうやらこれは夢ではないようだ。

 俺は気分が高揚した。叫び出したくなる気分だった。

 そして、この気持ちを誰かに話したいと思い、桐山のところへ行った。


 毎度のことだが、桐山は家で暇そうにしていた。

「なんだよ。今日はやけに嬉しそうだな? なんかいいことあったのか?」

 桐山は訝しげだ。

「ハハハ、あったもなにも、桜川と駅で会った」

「はあ、それだけでそんなに嬉しいなんて、お前、幸せもんだな」

「違うよ。ラインも交換した」

「へえ、それがそんなに嬉しいのか?」

 桐山にとっては、桜川は単に中学の同級生でしかないのだから、もっともな意見であった。

「ま、まあ、そう言われてみたら確かにそうなんだけど、とにかく俺は変われる気がするんだ。それが嬉しいんだよ!」

「そうか、そうか。良かったな。ま、一杯飲めや」

 桐山はいつもの安い缶チューハイを一本出してくれた。


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