第18話 仕返し③
「わかりました。どうすればいいですか?」
俺はこの二人をまず倒してしまおうと思ってそう言った。
「ちょっとついて来な」
二人組は俺を挟むようにして歩き出した。どこか人気のないところへ連れて行くつもりだろう。
俺は挟まれなくても逃げる気はないが、連中はこういうことに慣れているという感じだ。
歩きながら一人がどこかへ電話をかけた。
「おう、俺だ。例の奴見つけたぞ。三丁目のあの月極駐車場にいまから行くから」
あれ、ひょっととして仲間を呼んだ?
俺は計算が狂った。
二人を相手にするつもりだったのに、どうやらそれでは済まないようだ。しかし、ここまで来て逃げるわけにもいかない。
珍宝院は大人数でも負けないように言っていた。
あの言葉を信じようと努力した。しかし、胸の鼓動は自然と早くなった。
少し歩いて月極駐車場に着いた。ビルに囲まれた静かなところで、人気はまったくない。ついでに陽も当たらず薄暗い。
そして、そこについたらほとんど同時にバラバラと人が集まってきた。どうやら連中の仲間のようだ。誰もがパッと見で悪そうな風体だ。初めの二人と足して、全員で六人になった。
さすがに怖い。
「おう、光司をボコボコにしてくれたそうじゃねえかよ」
加わった中で一番ボス格の奴が言った。身長は百八十ぐらいでがっちりとした体格だ。いかにも喧嘩が強そうである。
「いや、ボコボコってほどではないですよ。一発だけです。殴ったのは」
俺はとにかくこういうのに慣れていないので、どうも迫力が出ない。
「うるせえ。病院送りにしてただで済むと思ってんのか?」
「そう言われましても、病院に行くことになるとは考えてなかったものでして……」
「ゴチャゴチャ言い訳するな。この落とし前はつけてもらうからな」
「は、はあ」
すると男は俺の胸倉をつかんで引っ張った。
俺は身体が引かれるのに合わせて、相手の脛を蹴った。靴の底の固い部分が相手の脛に当たった。
「ギャアアアアアア」
軽くしたつもりではあったが、相手の脛の曲がってはいけないところが曲がっていた。骨折したようだ。
男は脚を抱えるようにして、その場に転がった。
「コノヤロー、やりやがったな!」
「やっちまえ!!」
残りの五人がいきり立つ。そして、俺の方へと向かってきた。
俺にはやはり相手の動きがノロノロとスローに見えた。
相手のパンチを余裕でかわし、こちらもパンチをお見舞いする。
「グワアア!」
殴られた相手は、吹っ飛んで倒れた。
俺の拳には相手の頬骨が折れた感触が残った。
そこから、次々にかかって来たが、一気にかかれるのはせいぜい二人だ。だから、大して問題はなかった。珍宝院が言っていたように、時間こそかかるが少人数の時と大して違いはなかった。
俺は、全員を一分ほどで全員倒してしまった。
地面にはうずくまって痛みに呻く者もいれば、気を失ってなにも言わない者もいた。
「どうします? まだやる?」
と俺は言ったものの、もうそういう状況ではなさそうだ。
「じゃあ、もう俺行くよ」
俺はその場を立ち去った。
すげえ。俺ってすげえ。
俺は自分の手を眺めながら思った。
俺は本当に強くなったのだ。これまではあまり実感がなかったが、今日は明らかに実感があった。
意識して相手を倒したという実感だ。
そして、俺が家に帰る途中だった。
「おい、タカシ」
突然名前を呼ばれ振り返ると、そこにはボロボロの着物姿の珍宝院がいた。
「あっ、珍宝院様。どうしてここに?」
俺は驚いた。
「どうやら、不良どもを退治したようじゃな」
「え、は、はい。どうしてそれを?」
「わしはなんでも知っとるわい」
「はあ、そうなんですか」
俺たちは歩きながら話した。
「あの連中は、前から好き勝手にして街の人らも困っていたからのう。あれだけやればちょうどいい薬になるわ」
「珍宝院様はあの連中を知ってるんですか?」
「ああ、知っとる。以前からカツアゲや暴行やらで被害者がいっぱいおるんじゃよ。おまけに最近は良からぬ薬を売るようにもなっていたからの。だから懲らしめんとなと思ってたんでな」
「そうなんですね」
俺はこの爺さんがなんでも知っていることを、あまり不思議に思わなくなっていた。なにせおしっこを飲むだけでこの力がつくような爺さんだ。
本人が言うように普通の人間ではないのだろう。
「ところで、どうしてここに?」
「お前もこれまで真面目に金満寺まで通ったし、それ以外でもわしの眼鏡にもかなったから、今度からはわしがお前に例のものを届けに来てやろうと思ってな。ほらこれ」
珍宝院はビンに入った尿を取り出した。
「え、いいんですか? ありがとうございます」
俺は本当に嬉しかった。これからわざわざあの山の上にある金満寺に行かなくていいのと、なによりも認められたことがだ。これまで誰かに認められたことなんてなかった。子供の頃からこれと言って特徴がなく、秀でたものはないが劣った部分は多々あるという存在だった。親ですら俺のことをほめたことなんてほとんど記憶にない。
そんな俺をこの珍宝院はなぜだか認めてくれた。
「まあ、この調子で頑張るんじゃぞ」
珍宝院はそう言うと、そのまま俺から離れて街の雑踏の中へ消えて行った。
俺は受け取ったビンの中身を、その場でゴクゴクと飲み干した。
家に帰る前に、直接桐山の家に行った。
「おい、例の不良をやっつけたぞ」
俺はすぐに桐山に報告した。
「え、マジかよ。いつ?」
「いまさっき。たまたまバイト帰りに不良に見つかって、それでその流れで」
俺はあったことを自慢げに話した。
「ふーん、本当かよ。その話」
桐山はやはり信じていないようだった。
「本当に決まってるだろう。いったいどれだけ疑うんだよ」
「だって、お前、前はそいつらにボコボコだったじゃないかよ」
「お前、前はちょっと信じてたじゃんか」
「そうなんだけど、やっぱりどうも疑わしいと言うか、なんか裏があるんじゃないのか?」
「ないよ。どこまで疑り深いんだ」
桐山が信じられないのも無理はない。
桐山は俺を子供の頃から知っているのだ。その俺がそんなに喧嘩が強くないのはよく知っている。
子供の頃も、よくガキ大将にいじめられて泣いていた。それも桐山は知っているのだ。
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