第45話 責任⑦

 ひったくりグループの件が解決してしばらくたった。

 俺はまた普通にアルバイト生活をしていた。

 特に楽しいことはないが、珍宝院に出会う前に比べて、まったく違う世界で生活をしているような気分だった。

 これまでは、これから先の目標もなく、ただただ毎日バイトをしてダラダラと過ごしているだけだった。いまもその生活自体が変わったということはないが、自信が持てるようになったせいか日常で起こることすべてが、以前よりも楽しく感じられた。

 勉強であれスポーツであれ芸能であれ、世の中で成功している奴っていうのは、こんな風な気分で生活しているのかなって思えた。そう思うと、世の中不公平だとつくづく思う。

 俺はこれから先の目標ができたわけではないが、なにか少なくとも世の中の役に立てるのではないかと思えるようになっていた。

 以前は、なんとか目立たないようにしながら、ひっそりと暮らしている気分だった。

 これも俺自身が変わったから実感することなんだろうけど。

 前の俺は、それが普通だから、誰も似たようなもんだろうって感じで思っていた。

 だから、どうしてそんなに他人のことに口出すんだとか、なんでそんなに必死になるんだとか、そんな奴に出くわすたびに鬱陶しく思っていた。

 でも、いまはそういう気持ちも多少は理解はできる。

 それにしても、一つのことだけでも自信が持てると、人の気分というのはこんなに変わるんだな。

 あれから桐山も活き活きしている。

 あいつは別に強くなっていないのに、どういうわけかあいつにも自信がついたようだ。

 まぁ、理由はなんであれ、親友が毎日活き活きしているのは悪い気分ではない。


 そんなある日、俺がバイトを終えて帰っていると、珍宝院が現れた。いつものように突然である。

「どうじゃ? 元気にやっておるようじゃな」

 珍宝院は知ってるはずなのにそんなことを言うのだ。

「元気ですよ」

 俺と珍宝院は歩きながら話した。

 珍宝院のボロボロの着物姿を、道行く人が人が遠巻きに見ていく。

 以前はそれを恥ずかしいと思っていたが、いまは不思議となんとも思わなくなっていた。

「ひったくりグループの件はあんなもんじゃろ」

 珍宝院が言った。

「そうですね。でも俺としてはもっとうまくやりたかったです。死人も出たし」

 俺は納得できていなかった。仕方がなかったという思いもあるが、そんな風に済ませたくない気持ちもある。ただ、考えても仕方がないので考えないようにしていた。

「確かにもっとうまくやれたかもしれんな」

 珍宝院は慰めるでもなく非難するでもなかった。

「どうするのが良かったと思いますか?」

 俺は答えが欲しかった。

「お前はどう思っているんじゃ?」

「え、俺ですか? 俺はあの時、ちゃんと時間どおりにファミレスに行けてたら三好も死ぬことはなかったと思います。でも途中でまさか原田や小島が絡んでくるなんて」

「なるほど。お前はそう思うじゃろうな。じゃが、本当にそうなったかはわからなんじゃろ?」

「うん? どういう意味ですか? だって時間どおりに行ってたら、あの三人組を俺はやっつけてたし、三好も死なずに済んだじゃないですか?」

 俺には珍宝院がなにを言いたいかのまったくわからなかった。

「お前の計画としてはそうだったんじゃから、そう思うのは当然じゃが、なんかあの時、おかしいと思うことはなかったか?」

「おかしい? そう言えば俺と桐山がファミレスに着くのは確かに遅くはなりましたけど、それにしてもあの連中が出て行くが早すぎたと思います」

 俺は珍宝院に言われて、あの時感じていた違和感を思い出した。

「そうじゃろ。あれは三好が金を別の場所に置いていると三人に言ったんじゃ」

「それでファミレスを出るのがあんなに早かったんですね」

「つまり三好はお前を信じてなかった」

「そういうことか」

「しかもそれだけじゃない」

「と言うと?」

「三好はある場所に三人を呼び出して、三人を殺すつもりだったんじゃ。そのための仲間も用意しておった」

「ええっ! そうだったんですか?」

「三好はいつか三人組からあのひったくりグループを乗っとるつもりでな。それで仲間も集めていたんじゃ。それであの時、三人組を仲間のところへおびき出すつもりだったんじゃが、三人組の方が先に三好を殺してしまったんじゃよ」

「そ、そんなことが俺の知らないところであったんですね」

 俺はあまりのことに、頭が混乱した。

「つまり、お前があの時、間に合っていても必ずしもお前が考えていたような形になっていたかはわからんのう」

「そ、そうですね」

 俺はそんなことが俺の知らないところであったということに驚いた。

「じゃから、お前もあまり自分を責める必要もないかもしれんわい。ワハハハ」

 珍宝院は愉しそうに笑った。

「は、はぁ」

 俺はなんだかキツネにつままれたような気分だ。

「さあ、これを飲め」

 珍宝院はビンを取り出した。

 俺は珍宝院の話を聞き気分が軽くなった。そして、ビンを受け取り中身をゴクゴクと飲んだ。

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