第39話 責任①

 翌日、俺は普通に過ごした。アルバイトにも行った。

 そして、その帰りだった。珍宝院が現れたのは。

「どうじゃな? その後は」

 珍宝院はわかっているはずなのに、そんなことを訊くのだった。

「どうって言われても困るんですけど……。昨日は失敗してしまいました」

「なにが失敗だったんだ?」

「なにって……」

 俺はひったくりグループのことと、昨日あったことを話した。

「確かにそれは失敗と言えるな。だが、お前はなんの得にもならなにことを善意でやったんじゃ。そういうことをできるようになったのは成長したと言えるな」

 珍宝院は褒めてくれているようだ。

「それは、そうかもしれません」

 しかし、俺は素直に喜べなかった。

「なんでも初めはうまくは行かないものじゃ。だが、それで済むことと済まないことがあるのも事実じゃ」

 珍宝院は俺を慰めているのか、それともさらに落ち込ませるつもりなのか。

「そうですね。今回のことは反省してもしきれない気分です。あの後、三好って男がどういう目に遭ったのかって考えると、初めてのことだからっていうだけでは理由にならないと思います」

 俺は本心でそう思っていた。

 昨日、桐山と別れて家に帰った後も、その事がずっと頭から離れなかった。

「しかし、あまり考えてばかりいても仕方がないわい。世の中にはどうにもならないこともあるからの」

「はい。確かにいまさらあれこれ考えてもどうにもならないですね。でも、俺、やっぱり考えてしまうんです。これまでこんなことって経験ないですよ。よくよく考えたら、ずっと無責任に生きてきた気がします」

「自分のやったことの責任の重さを痛感したということかな」

「そうです。善意で勝手にやったこととはいえ、結果としてはこんな中途半端なことになってしまって」

「人がなにか行動をすれば、どんなことであれ必ずその波紋は周りに広がるものじゃ。そして、その波紋が思わぬ影響を及ぼすことがある。それを人はいったいどこまで責任を負えばいいものかの」

「俺にはそんな難しいことはわかりません。でも、今回のことは俺の責任だと思います」

「なるほどな。しかし、まだこの話は終わったわけではないじゃろ」

「ええ、終わってません。あの三人組を捕まえないことには、なにも解決していませんから」

「じゃあ、それを終えてから本当に反省をしなさい。いまはまだその時ではないわい」

 珍宝院の言うとおりだと思った。

 まだ終わっていないのだ。反省をするのは結果をきちんと出してからにすべきだ。その結果が良いものになるのか、悪いものになるのかわからないけど。

「ほれ、これを飲め」

 珍宝院はいつものビンを出した。

 俺はそれを飲み干した。

「これからは、もっと間隔を空けても大丈夫じゃろ。わしは必要な時にはまた来る」

 そう言うと、珍宝院はいつものようにスタスタと歩いてどこかへと消えて行った。


 俺はその日、夕食を食べると桐山の家に行った。

「おう、来ると思ってたよ」

 桐山はそう言った。

「お前、今日は大丈夫だったか?」

 俺は今日一日桐山のことも気にしていた。

「大丈夫だったよ。俺も普通にバイトに行ったけど、特になにもなかった」

「そうか」

「それよりも、昨日のことがなんかずっと引っかかっててさ。あんまり寝れなかったよ」

 桐山は確かに眠そうな顔をしている。

「三好のことか?」

「そう。三好があの後どうなったのかって考えるとな」

「なんだ。お前もか。俺もだよ」

「お互い様だな」

 二人はため息をついた。

 上の三人と車に乗っていた時の三好の顔が印象的だった。

 辛いような、恐れているような、血の気が失せた顔が忘れられない。

「ネットニュースとかは調べてみたか?」

 俺が訊いた。

「いや、調べてみようかと思ったけど、怖いからやってない」

「ちょっと調べてみるか? なにか出てるかも」

 俺はスマホを取り出した。

「おいおい、ホントに調べるのか?」

 桐山は驚いていた。

「マズいか?」

「いや、マズくはないけど……。もしニュースになっているようなことだったら、それこそ俺、責任の重さに耐えられそうにないよ」

 桐山は深刻な顔をしていた。

「それは俺もそうだよ。でも、ニュースで見ても見なくても、もうどうにかなっているのは確かだろうし。確認してニュースになってなかったら、少なくともそんなにひどい目には遭ってないって思えるだろ」

「それはそうかもしれないけど……」

 桐山は同意しかねるという雰囲気だが、俺は無視して検索した。

 すると、すぐにあのひったくりグループと思われるニュースがヒットした。

「あった!」

 俺が言うと、

「ええっ!」

 と桐山は身体を跳ねさせて驚いた。

 俺はニュースを黙読した。そして、

「三好は死んだみたいだ」

 とだけ言った。

「ええっ!」

 桐山はまた身体を跳ねさせた。

「ど、どういうことだ? 殺されたのか?」

 俺は手に持っていたスマホを、黙ったまま桐山に渡した。

 桐山は焦るようにニュースを読んでいた。

「殺されたんだ……」

 桐山は読み終えて、ボソッとそれだけ言った。

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