第33話 ひったくりグループ②

 なんとかタクシーを捕まえることができた。しかし、桐山の乗った車は見えなくなっていた。

 俺はイヤホンに集中した。

「ここからどれぐらいかかるんですか?」

 桐山が男に訊いている。

「すぐだよ。せいぜい十分もすれば着く」

 男は答えた。

 しかし、十分ぐらいで着くとしても、それが河川敷のどのあたりなのかいまいちわからない。

「どこまで行きます?」

 俺が乗ったタクシーの運転手が訊いてきた。

「えと、ちょっと待ってくださいね。ああ、とりあえず、このまま国道をあっち方向へお願いします」

 俺がそう言うと、運転手は怪訝そうにしながらも車を発車させた。

 後はだいたい十分ぐらい走ったあたりで近くの河川敷に行くと見つけることはできるだろう。この国道はおおよそ川に沿って走っているから、それほど探すのに苦労はしないはずだ。

 俺はイヤホンで音声を聞きながら、スマホで地図を開き、河川敷でバイクが集まりやすそうなところを探した。すると、河川敷の一部にちょうど集まりやすそうな駐車場があるのがわかった。ここからの距離感も、車で十分ぐらいという感じである。

「一丁目の交差点かぁ」

 桐山の声がイヤホンから聞こえた。

「はぁ?」

 桐山の不自然な独り言に、男が不審がっているようだ。

「ああ、いや、別に……。ハハハ、昔ちょっと知り合いがこのあたりに住んでたもので」

 桐山はなんとか誤魔化していた。

 俺はその桐山の独り言で、行く先がスマホで調べたところだと確信した。

 俺はすぐにタクシーの運転手に場所を告げた。

 運転手は小さく返事をすると、そのまま黙って運転をした。

 そして、おそらくこのあたりだと思われる手前でタクシーを降りた。

 イヤホンからバイクのエンジン音が聞こえてくる。桐山がひったくり仲間のところに着いたのだろう。

「それで、どういう仕事なんですか?」

 桐山が訊いた。ファミレスの時は内容がぼかされていたのだ。

「君はバイクの後ろに乗って、カバンをひったくるのが仕事だ」

 男が言った。

 俺はその会話を聞きながら、桐山がいる河川敷の方へと近づいた。イヤホンではなく、直接バイクのエンジン音が聞こえてきた。だからと言ってエンジンをバカみたいに吹かしているわけではない。アイドリングの状態だ。

 俺は河川敷に沿ってある道路に面した駐車場が見える位置まで来た。

 駐車場を見ると、三台のバイクがあり、桐山以外にファミレスに来た男と、他に五人がいた。全員二十歳ぐらいの男である。おそらくその五人がひったくりの実行をするのだろう。

 バイクは原付より少し大きい、辛うじて二人乗りが可能な程度のものだ。

 俺は出て行って、まず最優先で抑えるべき相手はファミレスに来た男だと考えた。あの男を捕まえれば、他のメンバーも見つけることは可能だろう。

「ひったくりなんて、俺できないですよ」

 桐山が言っている。

「いまさらそんなこと言ってもダメだよ」

 男が言った。

「でも犯罪はできません」

 桐山はそう言って立ち去ろうとした。

 桐山は俺が来ているかどうかわからないので、ここで逃げないとまずいと思っているのだろう。

「待てよ。いまさらやめることはできないよ。住所も本名もわかってるしな。やってもらう」

 男は言葉こそあまりきつくはないがあきらかに脅していた。

 桐山はなにも言えないようだ。

 ファミレスに来た男以外は、これといってなにもしゃべっていないようだ。

 さて、そろそろ出て行くか。

 俺はあまり様子を見ていると、桐山が断り切れずにひったくり犯にされそうなので、さっさと出て行ってやっつけるかと思った。

 あっ。

 そう思ったものの、素顔を見られたら、また後から報復とかに来る可能性もある。そんなにビクビクしながら生活するというのも嫌だ。

 俺はなにか顔を隠せるものがないか探したが、そんな都合良くはない。ハンカチでもあればそれを三角にして口元だけでも隠すのだが、それさえなかった。

 俺は周りをキョロキョロ見た。

 するとそこに白いレジ袋がフワフワと風に飛んできた。

 俺はそれを拾った。そして、目と口の辺りに指で穴をあけた。

 それを頭からかぶってみる。案外頭部にフィットした。少しガサゴソするが、なんとかなりそうだ。そして、首元を軽く縛って固定した。

 よし。

 カッコは悪いが仕方がない。これは急場しのぎだし、今度もしこういうことをするのなら、ちゃんとカッコいい仮面を用意しよう。

 俺は出ていった。

 そして、駐車場に近づいていく。

「待て!」

 俺は集まっている男たちに声をかけた。

 決まったぜ。

 一回こういう正義の味方的な言葉を言ってみたかったんだよなぁ。

 俺は子供の頃見ていたヒーローものを思い出した。

「なんだ?」

 例の男が言った。

「お前らのすることはわかっている。そんなことは俺がさせない!」

 俺はカッコつけて言ったつもりだが、レジ袋を被っているので、口元がゴソゴソとして話しにくかった。

 もっと口元を大きく開けた方が良かったな。

「はぁ? なに言ってんだ、お前。この変態野郎が。レジ袋なんか被って頭おかしいんじゃないのか」

 男は完全にバカにしていた。

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