第49話 ホスト④

「とにかく今月末までには払ってくれよ」

 ルキアが言った。

「そんなぁ……。でも、元々はあなたが美紀と結婚してホストを辞めるから、その前にナンバーワンを取りたいって無理に通わせたんだし。もう少し待ってあげてもいいんじゃないんですか?」

 桜川が言った。

「結婚? なんのこと?」

 ルキアがきょとんとしてる。

「結婚ですよ。美紀と結婚するって約束したでしょう?」

 桜川が詰め寄るように訊いた。

「してないよ。そんな約束」

 ルキアの反応からして嘘ではなさそうだ。

「えっ、嘘! 美紀は結婚の約束をしたって言ってましたよ」

 桜川は驚いていた。

 俺もその話に驚いた。

「ねえ、美紀。どうなの?」

 桜川が隣に座っている藤堂に訊いた。

「結婚したいって言ったじゃない」

 藤堂がボソッとルキアに向かって言った。

 しかし、声は怒っている感じはない。むしろかなり自信がなさそうだ。

 あれ、なんかおかしいな。

 俺は違和感を感じた。

「結婚したいって言ったよ。確かに。いずれはしようってぐらいでさ。でもそれは遠い将来の話だろ。なんの具体性もない。付き合ってる男女なら誰だってそんな話ぐらいするだろ」

 ルキアが言った。これも嘘ではなさそうだ。

 そして、二人が付き合っていたのは事実のようだ。

「じゃあ、結婚を機にホストを辞めるからナンバーワンを取りたいって話は?」

 と桜川。

「ホストを辞めるなんて言ってないよ。それにナンバーワンが取りたいって話はいつもしてることだし」

 ルキアがそう言った。

 なんか微妙に話がずれている。いったいどうなっているんだ?

「でも、ナンバーワンになりたいからって無理に通わせたのは本当でしょう?」

 と桜川がさらに訊いた。

「だって、美紀が実家に金があるから大丈夫だって言うし。でも、無理に通わせたんじゃないぜ。美紀が自分からナンバーワンにしてあげるからって通ったんだからな」

 ルキアはやはり嘘を言っている感じではない。

 なんだか前提がすべて崩れていく。

「あ、こんな時間だよ。俺、もう行かないと。じゃあ、どんな方法でもいいから金を集めて、今月末までには払ってくれよ」

 ルキアはそう言うと、さっさと喫茶店から出て行った。


 なんだか拍子抜けだ。

 俺はルキアの座っていた席に移動した。

「ところで、あのルキアってホストとは、いまはどういう関係なの?付き合ってるの?」

 俺は疑問を藤堂に訊いた。

「いえ、いまは別れています。お金のことでもめて……」

 藤堂が消えそうな声で言った。

 ま、そらそうか。

 この状態で付き合いが続いているわけがない。

「どうしよう……」

 藤堂美紀はメソメソとしていた。

「どうにかして払うしかないじゃない。だってフーゾクは嫌でしょう?」

 桜川が言った。

「そうだね。ツケなんだから払うしかないよ」

 俺も言った。実際そうなのだから仕方がない。

 それにルキアってホストも別に無理やりフーゾクに売り飛ばすってわけでもなさそうだし。

 本当にただ溜まっているツケをどうにか払ってくれってだけで、それ以外の考えはなさそうだ。

「でも、実家にお金があるなら、やっぱり親に払ってもらったら?」

 俺が言った。

「嘘なんです」

 藤堂はまたボソッと言った。

「え?」

 俺と桜川の声がそろった。

「どういうこと?」

 桜川が訊く。

「実家は母親だけでお金はないの。父親はだいぶ前に亡くなってて、母親はパート暮らしなの」

 藤堂はまたボソボソと話した。

「そうだったの……」

 桜川はがっくりと肩を落とした。

「あの、二人って友達って聞いてたけど、どういう友達なの?」

 俺としては、桜川があまり藤堂の事情を知らなさそうなので気になった。

「高校の頃にバイト先で知り合ったんです」

 桜川が説明した。

 俺は二人がかなり親しげなので、てっきり高校の同級生とかかと思っていた。バイト先の知り合いなら、あまり詳しい家庭の事情とかを知らなくても不思議はない。

「そうだったんだ。その割には親しいね」

 俺が訊くと、

「その当時意気投合したんです。でも、最近会えてなかったんですけど、今回、このことで相談されて……」

 と桜川が答えた。

 つまり久しぶりに再会したら、ホストクラブのツケの相談をされたってことか。というか、その相談のために会いに来たという方が正解か。

「とにかく、俺としてはもうなにも協力できないよ。あのルキアってホストが無理やりフーゾクに売り飛ばすって感じでもないし」

 ホント、なんだったんだ。

 俺は心の中で毒づいた。

「そうですよね。すみませんでした。どうもありがとうございました」

 桜川は申し訳なさそうに頭を下げた。

 しかし、肝心の藤堂はメソメソとしているだけで、礼も言わない。

 ホント、むかつく女だ。

 そんなことを思うと同時に、美人だからって協力した自分のスケベ心も反省した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る