第10話
靴を脱がされているだけなのに、まるで裸にされるような錯覚を覚える。
結羽の記憶がないだけで、レオニートにはもう服を脱がされたことがあるのだから、彼にとっては裸を見た相手の靴を脱がすなんて造作もないことなのかもしれない。
時折、顔を上げてこちらを窺う紺碧の瞳が胸をざわめかせる。
結羽の胸が、とくりと甘く鼓動を刻んだ。
ようやく両脚のブーツを脱がされて、レオニートは自らの選んだ藍のミドルブーツを手にした。
その靴の甲に、彼はひとつ、口づけを落とす。
「え……?」
ブーツの紐を解いていくレオニートは何事もなかったように平然としている。
なぜ、靴の甲にキスしたのだろう。
その靴は、結羽の足に履かせられるのに。
まるで間接的に情愛を捧げられたかのような気分になってしまう。そんなこと、あるわけないのに。
するりと、接吻を受けたミドルブーツが履かせられた。
「履き心地はどうだ? きつくはないか?」
「……ええ。とても、心地良いです。サイズも、丁度良くて……」
レオニートの長くて美しい指が、履かせてくれたミドルブーツの紐を結い上げていく。
節くれ立った男らしい指だ。爪は綺麗に切り揃えられている。その指は、とても好ましく結羽の目に映った。
この時間が、ずっと続けばいいのに。
しっとりとしたレオニートとの優しい時間に浸る。
やがて紐は美しく結い上げられた。
レオニートは名残惜しげに、結羽の足から手を放す。
「この靴を履いた結羽は美しい」
「……え」
まるで稀少な宝石を眺めるように双眸を細めて見上げられ、戸惑ってしまう。
どうしてレオニートは、そんなことを口にするのだろう。
きっと、靴への賛辞なのだ。キスをしたのも、美しい刺繍への褒美だ。
けれどレオニートはまっすぐに結羽を見つめてくるので、勘違いをしそうになる。
「お願いです……からかわないでください。僕は、褒められるのに慣れていないので、困ってしまいます」
平凡な見た目で凡庸な能力の自分は、誰かから褒められるような逸材ではない。
頬を染めてうろうろと視線を彷徨わせると、柔らかく微笑んだレオニートは結羽の膝に手を置いた。
それはとても自然な仕草だった。まるでそこにあるから、つい手を付いたような。
だから結羽も特別なことは感じなかったのだが、ただ、レオニートの手のひらはとても温かくて、布越しでもその熱さは染み入るようだった。
「では結羽が困らないように、沢山褒めて慣らすことにしよう」
「ええ? そんな……」
やっぱり、からかわれている。
レオニートは爽やかに笑うと、手を伸ばして結羽の黒髪をくしゃっと掻き混ぜた。
「今宵の晩餐会はその靴を履いてくれ。結羽と食事を共にできることを、とても楽しみにしている」
「……はい」
嬉しくて、なんだかくすぐったくて。
結羽は髪にじわりと残るレオニートの熱を仄かに感じていた。
招待された晩餐会に赴けば、優美な笑みを浮かべたレオニートに出迎えられる。
紺青のジュストコールを纏うレオニートはさながら童話に登場する王子様のようで、結羽は感嘆の息を漏らしてしまう。
自分は、お伽話の世界に紛れ込んでしまったのではないだろうか。
甘い目眩を覚えていると、紺碧の瞳を眇めたレオニートは紳士的な所作で手のひらを差し出した。
「よく似合っている」
結羽はプレゼントしてもらったミドルブーツを履いていた。
この靴はレオニートが見繕ってくれたもので、試着したところは見たはずなのに、改めて褒められれば面映ゆくて仕方ない。
深い海を思わせる紺碧の瞳でまっすぐに見つめられたら、胸の奥に小さな疼きがもたらされてしまう。
「ありがとうございます……」
睫毛を瞬かせながらレオニートと瞳を絡ませて、そして彼の喉元を飾るクラヴィットに視線を移し、また紺碧の双眸を上目で見る。
恥ずかしくて、どこを見れば良いのか分からない。
結羽が視線を彷徨わせているのをレオニートは優しい微笑みで見守っていた。
レオニートはその間もずっと手を差し出したまま、引こうとはしない。
結羽が手を取るのを待っているのだ。
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