第23話

 けれどレオニートは一向に気にしていないようで、結羽が口づけたスプーンを何度も往復させてレモン味のかき氷を食べている。

 紅い舌で、まるでスプーンを舐めるように味わっているレオニートの官能的な仕草に、ずくりと腰の奥を抉られるような快感が過ぎる。

 いけないと思うのに、目が離せない。

 重ねられたレオニートの手のひらも熱くて、結羽の体温は追い上げられるように身体を火照らせた。

「結羽、顔が赤い。暑いか? もっと、かき氷を食べるのだ」

 再びスプーンを差し出され、結羽は朱に染まった頬を背けて、一歩下がった。するりと器から、レオニートの熱い手のひらから逃れる。

「いえ、もう、結構です。みんな食べ終わったようですから、そろそろ片付けますね」

 満足そうに微笑んだ子どもたちは次々に空の器をテーブルに置いて、今度は雪だるまを作ろうと話し合っている。あちらこちらで雪玉が転がされ、それは次第に子どもたちの身体ほどもある大きな雪玉になっていった。

 村の子たちと雪だるまを作っているユリアンを遠目に眺めながら、結羽は雪を掬い上げて顔にまぶす。火照った頬を冷やしてから、使い終えた器やかき氷機を箱に仕舞っていった。

 レオニートの視線を、意識しないよう努めながら。



 やがて陽は傾き、銀世界は暮色に染め上げられる。広場に行儀良く並んだ雪だるまたちが、家路に着く子どもたちを見守っていた。

 ユリアンは仲良くなった子どもたちとまた会う約束を交わし、さよならと手を振ると、目を擦りだした。

 どうやら疲れて眠くなったらしい。別れが寂しくて泣いているのかと心配した結羽は、欠伸をしているユリアンを窺って頬を緩めた。小さな身体を馬車の座席に横たえれば、すぐに安らかな寝息が聞こえてくる。

「今日はありがとう、結羽。ユリアンがあんなに笑顔で遊んでいるところを、私は初めて見た。物怖じして村の子たちには混ざれなかったのが嘘のようだ」

 共にユリアンの寝顔を眺めていたレオニートに感謝を告げられて、緩くかぶりを振る。

「僕のほうこそ、お礼を言わなければなりません。ユリアンや子どもたちの笑顔を見ることができて、心が温まりました。かき氷を食べたことがみんなの笑顔の一端だとしたら、こんなに嬉しいことはないです」

 身体も心も、心地良い疲れに包まれていた。素晴らしい充実感を得られたのも、村へ来ることを提案してくれたレオニートのおかげだ。

 礼を述べる結羽を眩しそうに双眸を細めて見つめたレオニートは、馬の手綱を確認していたダニイルに告げた。

「少し待っていてくれ。結羽と散歩してくる」

「承知しました」

 レオニートはなぜか、装着していた革手袋を片方だけ外した。素手で結羽の手を取り、広場のむこうへ歩き出す。

 結羽の手袋はポケットに入れたままだ。ふたりの体温が、剥き出しの皮膚を通して混じり合う。

 乾いた大きな手のひらに、結羽の手はすっぽりと収められていた。レオニートの手のひらは硬くて、男らしい手だ。きっと剣の稽古で硬くなったのだろう。肉刺の痕が手のひらをくすぐる。結羽はその手を、とても好ましいと思えた。

「この先に、小さな湖があるのだ。夕暮れが美しい。見に行こう」

 日暮れが近いので風が出てきた。

 けれどレオニートの手のひらから伝わる熱が、じわりと結羽の身体に染み込んでいくようで寒さを感じない。

 昼間は暖かいこともあり、かき氷を作っていたので互いに手袋をしていなかった。

 だから、器を介して手を触れ合わせてしまった。

 それは不可抗力だったはずなのに、なぜレオニートは、あえて手袋を外したのだろうか。それも片方だけ。

 僕と、手を繫ぐために……?

 なぜか結羽は、息苦しいような、胸が締めつけられるような、それでいて甘い心地に満たされた。

 繫いだ手から、彼の想いまで伝わってきてしまいそうで。

 それが、結羽の都合の良い希望に取り違えてしまいそうで。

 結羽は無心になり、ただただレオニートの温かな手のひらに意識を集中させた。

 今はなにも考えず、彼のぬくもりを感じていたい。

「ここだ。……夕陽が雲に隠れてしまったな」

 辿り着いた湖畔は白樺に囲まれた静かな場所で、地平に沈もうとしている夕陽は厚い雲間にその雄姿を滲ませていた。

 雲がないときはきっと、橙色の夕陽が凍った湖に射し込んで、純白の氷を赤々と染め上げてくれることだろう。

「静かで、素敵なところですね」

「冬は湖が凍っているのでスケートができる。……滑りたいな。昔はここで滑ったものだが、もう何年も来ていなかった」

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