第22話

 子どもたちは、はやくはやくと声を上げている。

 レオニートがハンドルを回転させて氷の塊を削り出すと、下部に置かれた器に小さな氷の山ができあがる。

 かき氷の器を取り出した結羽は並んだ子どもたちからどのシロップが良いか聞いて、そのたびに色鮮やかなシロップを匙でかけていく。数が多いので大変だったが、レオニートとの連携が上手くいったので次々にかき氷を作ることができた。

 やがてすべての子どもたちにかき氷を配り終えて、一段落した。

 さすがに疲れたらしく、レオニートは腰に手を宛てて深い息を吐いている。彼の額には汗の粒が浮かんでいた。

「お疲れさまでした。レオニートのおかげで、みんなにかき氷を食べさせてあげることができましたね」

「私のしたことなど、たいしたことはない。かき氷を作りあげたのは結羽の力だ。新作のシロップも毎晩遅くまで作っていただろう」

「見てましたか……」

「私はいつでも君を見ているよ」

 爽やかに笑ったレオニートの表情は生き生きとしており、それは結羽が初めて見る彼の表情だった。いつも皇帝らしく威厳と気品に満ちているレオニートも、まるで子どものような顔もするのだ。

 結羽の心にまで爽やかな風が吹き込んで、優しく撫でていくようだった。

 子どもたちは笑顔で色とりどりのシロップをかけたかき氷をスプーンで掬い、味わって食べている。

 汗を掻いたので冷たいものが美味しく感じるのだろう。子どもたちの笑顔は輝いていた。ユリアンもすっかり村の子と打ち解けたようで、楽しそうに話しながらメロン味のかき氷を食べている。

 シロップも丁度良い量だったようで、容器の底にわずかばかり残るのみだ。

 結羽は残った氷を削り、器に盛り付けた。ひとり分のかき氷ができあがった。

「レオニートはどのシロップにしますか?」

「私のもあるのか」

「もちろんです。お好きな味をお選びください」

「好きな味か。そうだな……」

 ふとレオニートは真摯な眼差しをして、結羽の瞳の奥まで覗き込むように顔を近づけた。ふたりの視線が絡み合う。紺碧の瞳に吸い込まれそうな錯覚が過ぎり、くらりとした。

 けれどそれも一瞬のことで、笑みを刻んだレオニートはシロップの容器に目をむけた。

「レモンにしようか」

「は、はい」

 今のは、なんだったのだろう。

 結羽の気のせいだろうか。

 時々、レオニートが作り出す空気が甘さを含んでいるような気がして、勘違いをしそうになる。

 僕はなにを考えているんだ……。シロップの味のことなのに。

 結羽はとくりと鳴る鼓動を懸命に抑えながら、平静を保ってシロップをかけた。

「どうぞ」

 スプーンを添えて、レオニートに両手で器を差し出す。彼はまた結羽の瞳を見つめながら、レモン味のかき氷を受け取った。

「ありがとう」

 そのとき、温かな手が結羽の冷えた指先に触れた。

 どきり、と心臓が高く跳ねる。

 結羽の手を引くのが遅かったせいか、レオニートが器を見ていなかったためか。

 手袋は付けていない。作業の邪魔になるので互いに外していたのだ。

 手を引こうとしたが、レオニートの手のひらは結羽の手ごと器を包んでいる。

「あ、あの……レオニート……」

 どうして、こんなにどきどきするんだろう。

 手に触れるのは、初めてじゃないのに。

 彼の手に触れられるたび、その熱さに胸を躍らせてしまう。

 レオニートは柔らかな笑みを浮かべ、片手で結羽の手と器を抱えながら、空いたほうの手でスプーンを掬い上げた。

「頑張ったご褒美だ。食べさせてあげよう」

 レモン味のかき氷を乗せたスプーンが、優美な所作で、けれどほんの少しの緊張を交えて、結羽の口許に運ばれる。思わず口を開ければ、そっと優しく、スプーンを唇に押しつけられた。

 かき氷を食めば、レモン味の爽やかな酸味が口の中いっぱいに広がった。

「ん……美味しい」

 水分に濡れた結羽の唇を、レオニートは熱の籠もった紺碧の瞳で見つめている。

 どうしてこの人は、そんなにも情熱的な瞳をむけてくるのだろう。

 とくり、とくりと、甘い鼓動が刻まれていく。

 レオニートは結羽の唇を付けたスプーンで氷を掬い、自らの口に入れた。

「レモン味も美味しいな。私はこの味が好きだ」

 あ……、と結羽は気づいたが、濡れた唇を引き締めた。

 今のは間接的に接吻してしまったことになるのではないだろうか。

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