第21話
「ユリアン、皆で雪合戦しましょうか」
「ん……でも、ぼく、見てるだけで村の子たちと遊んだことないんだ……」
そのとき後続の馬車から降りたダニイルが荷台から荷物を下ろし始めた。すべてかき氷のための道具だ。ダニイルは皇帝のお伴が結羽だけでは心許ないという理由で付いてきたのだが、レオニートに荷物係に任命されてしまった。
「おい、結羽。荷物下ろしを手伝え。おまえのかきごお……ぶっ!?」
ばしゃり、と突然ダニイルの顔面に雪玉がぶつけられる。
雪塗れになった近衛隊長を、一同は息を呑んで見守った。
雪玉が飛んできた方向に目をむけると、男の子が悪戯めいた笑顔でダニイルの反応を窺っている。
手のひらで顔を拭ったダニイルは、ぎり、と歯噛みした。
「この悪ガキめ! 良い度胸だ!」
吠えたダニイルが広場に駆け出すと、子どもたちは大きな嬌声を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。逃げながら雪玉をダニイルに投げつけるので、広場には大量の雪玉が飛び交った。
「どうやらダニイルは鬼に仕立てられてしまったようだな」
笑いながら鬼ごっこを眺めているレオニートの傍にも雪玉が飛来する。子どもの作った雪玉とはいえ、雪は結構な重さなので、投げると飛距離が出るのだ。
「ひゃあ!」
結羽の頭にぶつかりそうになった雪玉を、レオニートは腕を伸ばして受け止めた。
「防戦一方ではよくないな。ようし、結羽、ユリアン。我々も雪合戦に加勢するぞ!」
走り出したレオニートを慌てて追いかける。皇帝が雪合戦に参加するなんて怪我でもしたらどうするのかと危惧したが、レオニートを警護するはずのダニイルは雪玉の標的と化している。
「待ってください、レオニート! ダニイルさんに加勢するんですか?」
「鬼に雪玉をぶつけながら逃げるのだ。捕まるなよ!」
そっち!?
縦横無尽に追いかけてくるダニイルから逃げ惑いながら、子どもたちに混ざり、雪玉を作っては投げる。広場は鬼を避けながら雪玉を投げ合うという遊びに大変な盛り上がりを見せた。
「ダニイル! こっちだよ!」
始めは物怖じしていたユリアンも子どもたちにすっかり溶け込み、楽しそうにはしゃぎながら雪合戦に興じていた。
やがて陽射しの温かさに伴い、子どもたちの息が上がる。雪上にもかかわらず、すっかり汗を掻いてしまった。
ダニイルはついに雪の上に寝転がってしまった。大の字になった彼の髪とコートは、雪に塗れて真っ白だ。
「ダニイル、ご苦労だったな。はは。君が雪だるまのようだ」
「……陛下だって雪だらけじゃないですか……」
「子どもの雪玉は侮れない。避けるのが大変だ」
「まったくですね……」
労いの言葉をかけたレオニートは馬車へ赴くと、自らかき氷用の荷物を運び出した。結羽も額の汗を拭いながら手を貸す。
「レオニート。僕がやりますから」
「よいのだ。私にも手伝わせてほしい。子どもたちも喉が渇いただろう」
子どもたちはなにが出てくるんだろうと期待を込めた眼差しをむけて結羽たちを取り囲んでいた。
広場の隅に折りたたみの簡易テーブルを設置して、その上にかき氷機を置く。すると子どもたちは、かき氷機にくっつくほどの勢いで寄ってきた。
「なにこれ!?」
「車輪がついてるよ。走れるの?」
「これは、かき氷が作れる機械なんです。今からみんなに、かき氷をごちそうしますね」
かき氷ってなに、と賑やかな質問が飛んでくる。結羽は早速ひとつ作って、子どもたちに見せた。氷は陽の光を受けて、きらきらと輝いている。
「これが、かき氷です。この中からシロップを選んで、かけて食べると甘くて冷たくて美味しいです」
掲げられたかき氷を目にした子どもたちの間から、わあわあと歓声が上がる。
子どもたちにとって初めて目にするものは、胸をときめかせる極上の玩具らしい。
シロップはイチゴの他にレモンとメロンを用意した。自家製のシロップなので、とても濃厚な味わいだ。
「ぼく、イチゴがいい!」
「わたしは黄色いの。これ、レモン味なの?」
「順番にあげるから、並んでくださいね」
子どもたちは行儀良く並んで列を形成した。いつの間にかユリアンも列に加わり、村の子どもたちと同じように笑顔を浮かべている。
レオニートは漆黒のコートを脱ぐと、袖を腕まくりした。
「では私がハンドルを回して、かき氷を作ろう。結羽は子どもたちの要望を聞いてシロップをかけてくれ」
「はい、わかりました」
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