第20話

「残りの分のかき氷もできあがったけど……それは手を付けなかったものかな」

「アナスタシヤ姫とヴァレンチン王子には食べていただけませんでした。バニラアイスクリームをご所望です」

「わかった。バニラアイスクリームは常に用意があるよ。結羽さんは、できあがったかき氷をすべて配膳してくれ」

 数十人分のかき氷をすべて提供し終えて、空いた器を下げる。

 無事にバニラアイスクリームも他の召使いの手で運ばれていき、厨房には食べ終えた後の皿が溢れた。

 かき氷の入っていたクリスタルの器は、半数ほどが手を付けられないまま下げられていた。空の器と、手を付けていない器が席の位置で明確に分けられている。

「どうやら、ルスラーン王国の賓客の口には合わなかったみたいだね。まあ、国が違えば好みが違うのも当然だ。気にすることはないよ」

 セルゲイの慰めに、結羽はさらに落胆してしまった。自国の王子と姫が食べないのだから、臣下だけが食べるわけにはいかないという事情もあったのかもしれない。

「そう……ですね。でも、捨てるの勿体ないですね……」

 懸命に作った食べ物を廃棄しなければならないのは心が痛む。

 結羽はひとつの器を手にした。盛り付けたときは、ふわふわだったかき氷は溶け出していて、春の雪のように形が崩れて固まっていた。

 舞踏会での一件で強張っていた頬は厨房の忙しさでほぐれたが、固まったかき氷は結羽の笑顔を失わせた。セルゲイも気遣ってくれているのに、分かっているのに顔を上げられない。

「俺が食べてやってもいいぞ」

 声がしたほうをふと見遣ると、厨房の戸口にダニイルが腕を組んで凭れていた。舞踏会のときの装束のままで、白の軍服姿だ。

「おや、ダニイルさん。気が変わったのかい? 試食のときは、ただの氷なんて食べたくないと言っていたのにね」

 からかうようなセルゲイの物言いに、ダニイルは気まずそうに眉を寄せた。

「捨てるのが勿体ないんだろう。別に結羽のためじゃない。食材のためだ」

 ぱっと表情を輝かせた結羽は、かき氷機に新たな氷を投入した。疲れなど吹き飛んだかのように勢いよくハンドルを回し始める。

「ありがとうございます、ダニイル。折角だから、新しいかき氷を作りますね」

「おまえは俺の話を聞いてないのか、俺の腹を壊したいのか、どっちだ」

 後片付けに勤しむ厨房が笑いに包まれる。腹を抱えて笑い転げたセルゲイは、ダニイルの眼前にかき氷の器を並べた。

「さあ、気合い入れて食べてくれ。氷はまだまだ沢山あるからね」

 やけ食いのように掻き込んで食べるダニイルの前に、次々と空になった器が積み上げられる。ダニイルは、ぽつりと漏らした。

「同じ味ばかりで飽きるな。シロップはイチゴしかないのか?」

 結羽は瞳を瞬かせる。イチゴに拘っているわけではない。シロップの種類は他にも沢山存在するわけで。

「なるほど。沢山食べる人のために他のシロップもあればいいですよね。イチゴ以外にも、メロンやレモンなど色々な種類があるんですよ」

 今日はルスラーン王国の人々に食べていただけなかったが、違う味のシロップなら興味を持ってくれるかもしれない。それに複数のシロップが用意してあれば、選ぶ楽しみも増える。

 早速結羽は城内の温室に赴いて、利用できる果物や野菜を吟味した。



 貴重な冬の太陽が眩い陽射しを地上に振りまいている。見上げた天は一面の蒼穹。

 晴れ渡ったある日の昼下がり、結羽とユリアンはレオニートに連れられて馬車に乗り、丘の上に建つ城を下りて麓の村へやってきた。

 アスカロノヴァ皇国に来て以来、城以外の場所へ赴くのは初めてのことだ。結羽の心はまだ見ぬ世界への期待に弾む。

「わあ……綺麗な白樺。湖もすぐ近くなんですね」

 車窓に映る広大な白樺の森を過ぎれば、ぽつりぽつりと雪を乗せた屋根の合間に煌めく湖が見える。湖も凍っているようで、白刃のような氷に輝いていた。すべてが純白の世界に覆われた幻想的な光景だ。

 寒くないよう厚手のコートを着込み、毛皮の帽子を被ったユリアンは嬉々として外を眺める。

「村には子どもたちがいっぱいいるんだよ。みんなで雪合戦したり、雪だるま作ってるんだ」

 きっとユリアンも村の子どもたちと一緒に遊びたいのだろう。本日は、村の子どもたちにかき氷をごちそうしてはどうかというレオニートの提案で、かき氷機と食材、器一式を持参してきた。もちろん結羽の新作シロップも用意してある。

 どうやら晩餐会の一件で落胆した結羽に配慮してくれたらしい。挽回の機会を与えられたこと、そしてレオニートが気遣ってくれたことを嬉しく思う。

 馬車は村のはずれにある広場に到着した。雪のない時季は公園になっているようだが、広場は一面が真っ白な雪に覆われている。

 その広場は子どもたちの歓声に包まれていた。沢山の子どもたちが手袋を嵌めた手で雪玉を作り、雪合戦に興じている。

 馬車から降りたユリアンは瞳を輝かせてその様子に見入っていたが、結羽の影に隠れている。恥ずかしいのかもしれない。

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