第24話

「また来ましょう。今度はスケート靴を持って」

「そうだな。結羽は、スケートは滑れるのか?」

「少しだけ。でも僕も、ずっと滑ってないです」

 スケートリンクで滑った経験はあるが、昔のことだ。それも初心者なのでスケート靴は重くて刃が氷に引っかかり、前に進めなかったと記憶している。

 レオニートは繫いだ手を、きゅっと握りしめた。

 結羽よりも頭ひとつ高いレオニートが腰を屈めると、耳許に彼の呼気がかかる。

「私と一緒に、スケートを滑ろう。転ばないように、手を繫いで。そのときには晴れて美しい夕陽が見られるかもしれない」

「ええ、ぜひ」

「約束だ」

 嬉しそうに微笑むレオニートの端正な顔が近すぎて、結羽は息をするのも苦慮するほど胸を喘がせた。

 それは、彼が綺麗な人だから。

 手を繫ぐのは、転ばないためだ。

 そう結論付けた結羽だが、スケートでレオニートとまた手を繫ぐことができるという未来に、どうしようもなく胸が弾んでしまうのだった。

 


 スケートを滑る約束を交わしたレオニートは翌日になると、政務を調整して結羽と湖に行くと言い出した。

 いずれという話なので果たされないかもしれないと、一晩悶々と寝返りを打っていた結羽は呆気に取られてしまった。

 まさか次の日だとは思わなかった。レオニートからプレゼントされた靴の中にはスケート靴も含まれていたことを思い出し、これは重なり合った偶然なのだろうかと自分の足に合わせられたスケート靴を履きながら胸を高鳴らせる。

 純白のスケート靴は宝物のように見えた。

 いただくのは刺繍の施されたミドルブーツ一足で充分なので、他の靴はいただけないと一度は断ったのだが、靴はすべて結羽の足のサイズに合わせて作られた特注品なので返品は不可ということだった。もちろんすべて大事に仕舞ってあるが、ミドルブーツの他にも使用する機会を得られたことに感謝したい。

 レオニートの傍にいることで、一足ずつ、彼から贈られた靴を履いていけたら……。

 結羽はかぶりを振った。

 自分は異世界からやってきた平民の人間だ。本来なら、アスカロノヴァ皇国に存在することのなかった者なのだ。

 おこがましい望みを抱いてはいけない。

 それにいつか、元の世界に帰らなければならないのだから。

 足の怪我はとうに完治している。ユリアンの生徒や厨房の補助という役割を与えられていたので、まるでアスカロノヴァ皇国の住人であるかのように城の生活に馴染んでしまったけれど、いずれは結羽からレオニートに帰ることを告げなければならないだろう。

 そのときのことを考えると、つきりと胸が痛んだ。

 近頃、レオニートの傍にいるだけで胸が弾んだり、逆に痛みを覚えたりする。どうしてしまったのだろうか。

「結羽、支度はできたか? スケート靴は履いてみたか?」

 笑顔のレオニートが入室してきたので、結羽はすべての懊悩を胸の裡に押し込めた。

 昨日は漆黒のロングコートを纏っていたレオニートだが、今日はスケートを滑るので軽装だ。

 赤を基調とした厚手の上着に、黒地に金糸の刺繍が彩られた帯が腰に巻かれている。灰色の毛皮の帽子が彼の華麗な銀髪に落ち着きを醸し出していた。

「スケート靴は僕の足にぴったりです。プレゼントしていただいて、ありがとうございます」

 結羽の表情はふわりと綻ぶ。レオニートはまるで眩しい夕陽を眺めるかのように双眸を眇めた。

「よく似合っている。靴も、そのコートも」 

 結羽が纏っている白いふわふわのコートには、紺碧の幾何学模様が織り込まれている。これもレオニートからの贈り物だ。

 レオニートの瞳と、同じ色。

 そのことに彼の紺碧の瞳と見比べて気づかされ、結羽は頬を染めた。

「ありがとう……ございます」

「さあ、アイスリンクで滑ってみよう。今日も良い天気だ。実際に滑って、氷の具合を確かめなくてはな」

 スケート靴を脱いでブーツに履き替え、靴紐を結わえて持ち運ぶ。レオニートも同じように自分のスケート靴を携えていた。レオニートの靴は黒革で作られている。

 階段を下りる前に、ユリアンの部屋に顔を出した。

 昨日は沢山遊んだユリアンはまだ疲れが残っているのか、机で本を広げている。

「ではな、ユリアン。いい子にしているのだぞ」

「はい、兄上。結羽を独り占めされるのは悔しいけど、兄上なら仕方ないもんね」

 レオニートは微笑むと、ユリアンの髪に口づけをひとつ落とした。

 どうやらユリアンは留守番らしい。もちろんユリアンも一緒に行くものだと思っていた結羽は瞬きをした。

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