第48話

 ダニイルだけは意外にも冷静に、レオニートに意味ありげな眼差しをむけた。

「ということは陛下の愛する人とは、どなたなんでしょうか。なにも知らない我々に紹介してください」

 ぐい、と逞しい腕で結羽の身体は抱き寄せられる。レオニートは結羽の肩を抱きながら、皆の前で明快に告げた。

「私の愛する人は、ここにいる結羽だ。私は結羽を、妃とする。彼と婚姻を結ぶ」

「レオニート……!」

 驚嘆が部屋中に轟き、結羽は狼狽した。

 僕が、レオニートの妃だなんて。

 そんな幸福が、あっていいのだろうか。

 戸惑う結羽を固く抱いたレオニートは手のひらを掲げて皆の驚きを鎮めた。

「異世界よりやってきた妃は、氷の花をもたらしてアスカロノヴァ皇国の危機を救う。初代皇帝の予言は真実であった。結羽こそが、伝説の妃なのだ。彼は命をかけて氷の花を採取し、ユリアンを救ってくれた。これは私の憶測だが、氷の花を植えたのは初代皇帝ではないかと思う。氷の花は神獣の力に共鳴しているのだ。結羽が手にしたことにより、初代皇帝から脈々と連なる力が解放されたのだと思われる」

「でも陛下、結羽さんは人間ですよ。なぜ初代皇帝や神獣と関係があるんです?」

 セルゲイの素朴な疑問に、レオニートはひとつ頷く。首を捻る皆を紺碧の双眸で見回したレオニートは、さらりと告げた。

「それは、結羽のお腹に私の子が宿っているからだ」

 再び驚愕の声が湧き上がり、皆の開いた口は塞がらなくなった。

 結羽は居たたまれず、俯いて身を小さくする。

 守るように下腹に手を遣れば、そこには確かに馴染んだぬくもりが存在した。

 この子が……力をくれたんだ。

 レオニートの神獣の血を受け継いだお腹の子が、結羽を霊峰の頂上まで登らせてくれたばかりか、氷の花を復活させるための涙をくれた。

 氷の花の淡い光に包まれたのは、神獣の力が共鳴したからだった。レオニートと、お腹の子の神獣の力が合わさり、氷の花を復活させたのだ。

 セルゲイは喜びを露わにして手を打った。

「それは素晴らしい! お子さまが生まれるなら、白熊一族の衰退も解消されますね。陛下もアナスタシヤ様も好きな人と結ばれるし、みんなが幸せになれます。早速、お祝いの御馳走を作りましょう!」

 驚きの収まらない室内だったが、セルゲイの言葉に納得したように大臣も側近たちも頷いた。予想した未来とは異なったものの、皆が幸せになるという結末に異を唱える者はいない。

 ダニイルが拍手を送り、皆もそれに倣って盛大な拍手が広がる。

 ユリアンは笑顔でベッドから下りた。

「赤ちゃんが生まれるんだね。ぼくはお兄さんになれるんだ!」

 みんなは祝福してくれるのだ。

 レオニートの傍にいられる。ずっと彼と共に、生きていける。

 その喜びと温かなレオニートの腕に包まれて、結羽は瞳を潤ませた。

「ありがとうございます、みんな……。レオニート、ありがとう……」

「私も感謝を捧げよう。私たちを巡り合わせてくれた運命に。そして私たちの子に、支えてくれた皆に、なによりも、愛しい私の妃に」

 鳴り止まない拍手の中、レオニートはそっと結羽の頬に口づけた。

 幸福な淡い光は、いつまでもふたりを包み込んでいた。



 ルスラーン王国より訪れた使者は、ヴァレンチンとアナスタシヤの帰還を促す王の信書を携えてきた。信書には皇帝への謝罪と、両国の平和は永久のものであることが記されていた。

 手を取り合ったヴァレンチンとアナスタシヤが帰還して少々の月日が経過すると、レオニートは結羽と婚姻を結ぶことを国民にむけて発表した。結羽は初代皇帝が予言した伝説の妃であると伝えられ、氷の花を発見して皇弟の命を救った功績を讃えられた。

 古い文献を検分した結果、レオニートの予想どおり、氷の花の正体は初代皇帝が霊峰の頂に植樹した霊樹の花であった。白熱病をも治癒できる氷の花で、白熊種絶滅の危機を救ってほしいという願いを託した初代皇帝の遺志は叶えられた。遠い異世界よりやってきた者ならば、白熱病に罹る心配がない。勇気ある異種族の者を妃とすることで、皇家をより身体の丈夫な血統にしていくためという思惑が初代皇帝にはあったのだと思われる。

 一方で、言い伝えは氷の花を求めた人々を死に至らしめるという悲劇も生み出してしまった。そこで結羽とレオニートは、霊峰から持ち帰った氷の花の種を城の温室に植えた。芽を出して花が増えれば、病に苦しんでいる国中の人々のために役立つことができる。それはふたりの意思だった。

 アスカロノヴァ皇国に氷の花をもたらした伝説の妃と皇帝は、国民に祝福されながら結婚式を挙げた。同時に、妃は子を宿していることが伝えられ、絶滅を危惧されていた白熊一族もこれで安泰だと大いに喜びに湧いた。

 結羽は人間なので、子は純血の白熊ではなくなる。その分、妃として皇国のために尽くし、母として子を守ろうと誓う。お腹の子の神獣の力は強大であると、氷の花の一件で見抜いたらしいレオニートは笑って結羽に告げていた。

 この子は、父を凌ぐ立派な皇帝になる。

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