第49話

 ルスラーン王国の兄妹が、父王から婚姻を認められたという便りが届く頃、結羽は子を出産した。

 人間の身で神獣の血を引く子を産めるのだろうかと不安もあったが、レオニートに心身共に支えられて無事に産むことができた。

「エミルは、おねむかな?」

 産まれた男の子はエミルと名付けた。白熊の赤ちゃんらしい、ふわふわした純白の毛を纏っている。結羽に似た黒曜石のような瞳は眠たげにとろんとしていた。

 おくるみに包まれたエミルを抱っこしていた結羽は、子守唄を歌いながら自らの身をゆっくり揺らす。母の揺り籠に包まれて、エミルは安心したように瞼を下ろして寝息を零しだした。

「……眠ったな。泣いたり寝たり、子は忙しないものだ」

 レオニートはベッドに座る結羽の隣に腰を下ろして、エミルの寝顔を見ながら呟いた。

 子の世話は大変だが、レオニートは抱いたりミルクをあげたりして手伝ってくれるのでとても助かっている。乳母がいるので預けることもできるのだが、できるだけ自分たちの手で育てたいというのがふたりの希望だ。

「ユリアンくらいの年頃になれば、人型になるんですね。瞳の色は僕に似たけど、顔立ちはレオニートに似ているみたい」

 今は完全な獣型だが、成長すれば白熊の耳だけが残り、やがて人型になるのだという。成年になれば自分の意思で獣型に変化できる。 

「エミルの成長が楽しみだ。……まあ、私に似たのなら、講義を抜け出して獣型で城中を走り回る子どもになりそうだな」

「……レオニートの小さい頃はそういう感じだったんですね。意外です」

「たまにだ。そんな白熊に惚れたのは誰なのだ?」

 軽口を叩くレオニートに、耳朶を啄まれる。

 ちゅ、と耳許で淡い水音が鳴った。

「それは僕です。どんなレオニートでも、愛しています」

「私もだ、結羽。……今夜は、君を抱きたい」

 求められて、頬が朱に染まる。

 妊娠中は結羽の体調を慮ってくれたレオニートは挿入を伴う行為をしなかった。身体中にキスをしたり、手を繫いだりと、優しい触れ合いに留めていた。

 けれどエミルが生まれて少々経過し、身体も回復したので、もう体調に問題はない。なにより、結羽もレオニートを欲していた。でもそんなことは、はしたないと思い、言い出せなくて。

「あの、あの……エミルに聞こえてしまいます」

「眠っているではないか。もう夢の中だ。返事は?」

 唇で耳朶をなぞられ、顔を真っ赤にした結羽は、こくりと頷いた。



 藍の天には数多の星々が瞬いている。

 城のバルコニーから天空を見上げていた結羽は白い息を吐いて、悠久の時を刻む星たちに見入る。

 アスカロノヴァ皇国を訪れてから起こった様々なことが脳裏に呼び起こされた。もはや遙か遠い昔のようだ。

 けれど、愛する人が傍にいてくれたから乗り越えられたのだと思う。

 ふわりと温かな腕に背後から抱き竦められた。

 振り返らずとも、誰かは分かっている。結羽は己を抱く逞しい腕にそっと手のひらを這わせた。

「薄着で外に出ていたら風邪を引いてしまう。ほら、身体はもう、こんなにも冷えているではないか」

 耳許に低く囁く官能をくすぐる声と、背に押しつけられた逞しく熱い体に、結羽の鼓動はとくりと跳ねた。

「星を見ていたんです。毎日が忙しいと、永遠に時を刻むものを見たくなるんですよ」

「星の他にも、永遠を刻むものがあるではないか」

「……え? それは、なんでしょう」 

 身体を返されて、レオニートに向き直る。今は夫となった彼は彫りの深い端正な顔に、極上の笑みを浮かべた。

「私たちの、愛だ」

 結羽は驚きと喜びの両方を伴って瞠目した。

 ああ、この人は、永遠に僕を愛すると心に決めているのだ。

 それは結羽も同じ気持ちだった。レオニートを生涯大切にして、愛し抜こう。年老いても、死んでも、愛を貫き、アスカロノヴァ皇国の墓石に並んで身を沈めよう。

 もう何度も決意したことだけれど、改めて心に刻みつけた。

「……そうですね。僕たちの愛は、永遠です」

 瞳を閉じて、柔らかく口づけを交わす。

 触れるだけの優しいキスは、ふたりの挨拶だ。おはようと、おやすみ、そして口喧嘩の後の仲直り。

 けれど唇を離したとき、レオニートの紺碧の瞳には欲情の色が浮かび、艶を帯びていた。蠱惑的な眼差しをむけられただけで、結羽の身体の奥がずくんと疼く。

「レオニート……。僕の中に、入ってください。あなたの中心に、貫かれたい……」

 ぽろりと、心からの願いが零れ落ちた。

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