第26話
結羽の表情は太陽の光と、氷の煌めきを受けて輝いた。
「そうだ。私たちは、リンクに輝く一対の宝玉なのだ」
一対の宝玉。
その言葉は深く結羽の心に染み入り、緩やかに溶け込んだ。
レオニートと初めてスケートを滑ったのに、遙か昔からこうしていたかのような不思議な懐かしさが脳裏を巡る。
それはレモン味のかき氷のように甘酸っぱくて、心の深いところから泉のごとく湧き上がってくるものだった。
見上げればすぐ傍には、優しく眇められた紺碧の瞳。
深い色をしたレオニートの双眸に見つめられて、結羽の胸に、その想いはすとんと落ちた。
好き。
僕は、レオニートが好きだ。
彼に対する想いは皇帝としての敬愛だとか、男としての尊敬だとか、そういった気持ちではなかった。
レオニートを、ひとりの男の人として愛したい。
胸の裡で甘く疼く恋心は一度自覚してしまえば、あとからあとから指先に滲むまで湧いてくる。
――けれど。
「結羽は筋が良い。もうエッジの使い方を心得たようだな」
「レオニートのリードが上手だからですよ」
この想いは、封印しなくてはならない。
レオニートには、妃になる人がいるのだ。
芽吹いたばかりの恋心を無理やり心の底に押し込もうとしたが、うまくいかなかった。
消せないのだ。理屈で恋心を消滅させることはできないのだと、結羽は恋をして初めて気がつかされた。
今も紺碧の瞳を見返しているだけで、想いは溢れそうになってしまう。繋いだ手から、滲む愛しさが伝わってしまうのではないか。
せめてレオニートに気づかれないよう、好意を決して口にしないことを己に課した。
ひと休みして氷上に止まったレオニートは結羽の腰を解放する。
ずっと抱えられている間中、胸がどきどきして心臓がはち切れてしまうかと思った。
ほっとしたのと同時に、妙な物足りなさを覚えてしまう。
結羽の戸惑いなどもちろん知らないレオニートは快活に告げた。
「結羽、私のパートナーになってほしい」
「……えっ!? パートナーとは?」
結ばれるはずなどないと思うのに、パートナーという言葉がレオニートの口から突然飛び出したので動揺を隠せない。
狼狽える結羽に、レオニートは平然と話を続けた。
「アイスダンスのパートナーだ。私は昔、習い事のひとつとしてコーチについてスケートを教わっていたのだが、シングルしか滑らなかった。けれど実は、アイスダンスに憧れていたのだ」
「あ……アイスダンスのパートナーですか」
それは相方という意味だ。考えてみればパートナーには公私の区別がある。結婚のパートナーのわけがない。勘違いしてしまった己を結羽は恥じた。
「でも僕は初心者同然なので、なんの技術も持っていないのですが。アイスダンスどころか、ひとりで滑ることもできませんよ」
「それでいい。アイスダンスは相手があってこそなので、シングルに慣れてしまうと癖が付いてしまい、相手に合わせることができないという側面がある。ふたりで滑ればお互いに支え合える。私の技術も習い事という域だから、なにも気負わずとも良い」
そうはいっても、結羽に務まるのだろうか。たとえ趣味の領域でも、レオニートのパートナーだなんて。
迷いを見せる結羽の額に、こつんとなにかがぶつかった。
はっとして顔を上げれば、レオニートの精悍な面差しがこれ以上ないほど近づけられている。
彼と額を合わせられたことに気づいた結羽は息を呑んだ。
「結羽とアイスダンスを踊りたい。私の願いを叶えてはくれないか?」
懇願するレオニートはまるで、断らないでくれ……と怯えているようにも見えた。
神獣の血を引く白熊皇帝であるレオニートが見せる弱々しさに、きゅんと胸が疼いて、絆されそうになってしまう。
芽生えたばかりの恋の若芽に甘い吐息を吹きかけられては、断れるわけもなくて。
結羽は、こくりと頷いた。
「……わかりました。僕でよければ、お受けします。アイスダンスのパートナーになります」
本当は、舞踏会でレオニートと踊るアナスタシヤが羨ましかった。
あのような華麗な舞台で、彼と手を繋いで踊ることができたら……なんて、密かに夢見ていた。
結羽が了承すると、レオニートは雄叫びを上げてジャンプした。いつも冷静沈着な彼が見せる弾けた喜びように、結羽は瞳を見開いて驚いてしまう。
「やったぞ! ありがとう、結羽!」
きつく抱きしめられ、思わず逞しい背に腕を回して抱き返した。
そんなにもアイスダンスを踊ってみたかったのだろうか。
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