第27話
皇帝のレオニートが望めば、どんな貴婦人でもパートナーにしてほしいと願うだろうに。
それなのに、レオニートはあえて結羽を選んでくれた。彼の期待に答えられるよう、懸命に練習しようと心に刻む。
「レオニートってば、子どもみたい」
「嬉しくてどうしようもないんだ。今日は最高の気分だ!」
満面の笑顔を弾けさせたレオニートは、結羽の細腰を両手で掴む。軽々と頭上まで高く掲げられ、結羽の身体は蒼穹に翻る。
すき。
「すごい、まるで空を飛んでるみたいです!」
リフトの体勢でレオニートはくるりとスピンした。結羽の身体も一緒に回り、ふわりと宙を舞う。
「結羽は鳥のようだ。私はこんなにも清らかで美しい鳥を、初めて見た」
すき。
くるりくるりと幾度も氷上を舞いながら、結羽は切ない恋心を抱えて、レオニートの嬉しそうな表情を見下ろしていた。
レオニートと組んだ氷上のアイスダンスは、毎日のように繰り広げられた。
始めは覚束ない滑りの結羽だったが、レオニートに指導してもらううちに要領を掴み、着々とスケーティング技術を向上させていった。
それにいつでもレオニートが傍に寄り添って、結羽を支えていてくれるのだ。その安心感を得ているだけでも自信に繫がり、身体の表現に表れてくる。
「さあ、アウトカーブだ。エッジをインサイドに意識して」
レオニートに腰を抱えられながら、エッジを緩やかにインサイドにチェンジする。
上半身は氷に対して水平に保つ。
膝を伸びやかに使って、身体を左右に振らないように。
レオニートの趣味に付き合う形ではあるが、結羽は真剣に取り組んだ。
彼と、ずっと一緒にいたいから。
レオニートに、結羽がアイスダンスのパートナーで良かったと思ってもらえるように。
それにどんなに練習しても、ちっとも疲れないのだ。
昔、友人とアイスリンクで滑ったときは足が痛くなってたまらなかったのに、レオニートと滑っていると、なんて足が軽やかに動くのだろうか。
湖畔で見学していたユリアンとダニイルは雪だるまを作っていたが、それも飽きたようで帰り支度を始めていた。
「あにうえー、ゆうー! いつまで滑ってるの? 足がつかれない?」
「このスケート靴は魔法の靴です。上手くスケートが滑れる魔法がかかっていますよ」
ユリアンに手を振り返すが、彼は呆れたように両手を腰に宛てている。
「まさかぁ。ぼくは転んじゃうからスケート苦手だな」
ユリアンとダニイルも交えてスケートを楽しんだ日もあるのだが、ふたりはまさに初日の結羽と同じく生まれたての子鹿を演じた挙げ句、何度も転んでしまった。苦手だと思うと楽しめないようで、以来結羽とレオニートの踊るアイスダンスを見学するだけとなっている。
「ユリアンも大人になれば、スケートの楽しさが分かるようになる」
「ぼく大人になれるかな。まだ耳もあるし。兄上みたいに、大きい白熊になれるのかな」
ユリアンは小さな白い耳を指先で弄る。その純白の耳は、白熊種である証だ。
「なれるとも。私もユリアンの年頃に耳がなくなったのだ。そうなればおまえも、立派な大人だ」
レオニートを誇らしげに見上げるユリアンは、兄に尊敬の念を抱いていると分かる。結羽には兄弟がいないので想像でしかないが、きっと自分にも年の離れた弟がいたら、ユリアンと同じように大切にしただろうと思えた。
つと、レオニートはダニイルに目をむけた。
「では頼んだぞ、ダニイル」
「承知しました。お気を付けて。帰りましょう、ユリアン様」
ダニイルはユリアンを連れて馬車にむかう。手を振るユリアンを呆然と見送っていると、レオニートは身を寄せて囁いた。
「今日は、ずっと結羽とアイスダンスを踊っていたい。夕暮れを見て、そして夜空の星々を見るまで」
「レオニート……僕も、同じ気持ちです。あなたとずっと……」
一緒にいたい。手を繫いでいたい。同じステップを刻み、アイスダンスを共に踊り続けたい。
レオニートへの想いは、抑えきれないほど胸に溢れていた。
再び手を取り合い、ふたりは氷に華麗な軌跡を描く。
美しい夕陽が氷上を紅に染め上げている。ふたりの姿までも溶け込むように、氷の世界は赤々とした情熱の色に燃えていた。
やがて日は沈み、藍の紗幕が下りた空には眩いほどの大粒の星々が煌めく。青から紫、そして緑に色を変化させたオーロラがカーテンの襞のように幾重にも重なり合い、天空へ舞い上がる。
ここは、ふたりだけの舞踏会。
キリアンポジションからワルツポジションにチェンジして、向き合う形になった結羽は優美なオーロラを背にして微笑んだ。その笑みは数多の星々よりも光り輝き、見惚れるほどに美しい。
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