第30話
そう解釈するにはレオニートはあまりにも真摯な双眸で、緊張を漲らせながら、結羽の心の底を攫おうと目を凝らしていた。
「……あの、それは……僕も、好きです。レオニートはとても賢明な皇帝だと思っていますし、そんなあなたを尊敬しています」
「結羽……私の言う、好きという意味は立場を慮った上での好意ではないのだ。君をひとりの人として愛しいと、私の心が訴えてやまない。君を抱きたい。私のものにしたいのだ」
熱烈な告白に、息を呑む。
力強い腕に抱き込まれた華奢な身体は、すっぽりとレオニートの腕の中に収められた。
レオニートがそんなふうに思っていたなんて、全く気づかなかった。
違う。気づかないふりをしていたのだ。
彼は結羽に、アイスダンスのパートナーになってほしいと懇願した。雪豹に襲われそうになって、怪我も顧みず助けてくれた。それよりも前から、もしかして靴をプレゼントしてくれたときから、彼の中での結羽は特別な存在だったのだろうか。
そのすべてのできごとは、ふたりで過ごした時間の積み重ねであり、結羽も同じ気持ちだった。共に過ごして彼の瞳を見て、言葉を交わすたびにレオニートへの恋心を募らせていった。
結羽もレオニートが好きだ。狂おしいほどに。
深い色をした紺碧の瞳がこちらにむけられ、銀色の髪が風になびくたびに想いは募り、心の泉から溢れんばかりに膨れ上がっている。
それだけでもたまらないのに、彼の熱い体温にほんの少し触れられただけで、鼓動は早鐘のように鳴り響く。
今も、レオニートの胸に抱き込まれているから、心臓が打つ音が聞こえてしまわないかと思うくらいだ。
「レオニート……僕は、僕は……」
けれど、自らの想いを正直に打ち明けることはできない。
レオニートには、アナスタシヤという妃になる人がいるのだ。
絶滅が危惧されている純血の白熊種。隣国の幼なじみ。皇帝と姫。誰もが認める、結ばれるべき婚姻だ。
そこに結羽のような異世界からやってきた平民の人間が、入り込む余地などない。
唇を震わせる結羽の背を、レオニートは大きな手のひらで優しく撫で下ろした。
「結羽の、本心を聞かせてほしい」
「それは……言えません」
「今の私は、皇帝ではない。結羽の前では、ただのひとりの男なのだ。……私は幼い頃から皇位継承者として周りに傅かれてきた。皇帝に即位した八年前、ユリアンを産んだ母と病に倒れた父が相次いで亡くなったとき、私という男は消滅したと思った」
「え……なぜです?」
地位にも美貌にも恵まれて不幸などとは縁遠いと思われるレオニートだが、両親を相次いで亡くしたのだ。その絶望は同じ経験をした結羽にも覚えのある想いだった。
けれど自身が消滅するとは、どういうことだろう。
レオニートは遠い目をして言葉を紡ぐ。
「皆が望んでいるのは、皇帝という肩書きを持った私だ。私が皇帝でなくなれば名前も分からないくらい、レオニートという男は浅薄な存在なのだ。それを即位したときに痛感した。人々は皇帝という服を着た私にしか興味がないと。私は己を殺し、よき皇帝として振る舞ってきた。……だが、結羽は違う。君は私を皇帝として見ない。ひとりの男として見てくれる。私の心にそっと触れてくる。それはとても新鮮な感覚で、私の消滅しかけていた心の奥底を疼かせた」
彼は、孤独なのだ。
皇帝という役目を全うするため、自分の心を犠牲にしてきた。
レオニートの心の奥深くに潜む孤独には、誰も気づくことができなかったのだろう。
結羽は腕を回して、レオニートの背を抱きしめる。
逞しい身体の中には、繊細な心が仕舞われている。
彼を、癒したい。心からそう思えた。
「僕も……好きです。レオニート……あなたの心に、僕は触れたい」
ああ、言ってしまった……。
素直に想いを告げるのはこんなにも甘く、そして苦しいものなのだと、結羽は初めて知った。
きつく抱き返され、逞しい胸に顔を埋める。レオニートの、雄の匂いが愛しさを呼び起こした。結羽は胸を喘がせながら、愛する人の薫りを胸いっぱいに吸い込む。
少し身体を離したレオニートは端麗な顔を傾けた。雄々しい唇が、ふわりと重ねられる。
「……ん」
口づけは、柔らかくて、甘かった。
優しく唇を吸い上げられ、ちゅっと水音が響く。
それだけでもう結羽の唇は甘く綻び、身体は熱を帯びてしまう。
「抱きたい。……良いか?」
間近から真摯な双眸で問われ、こくりと頷く。
好きだから、彼とひとつになりたい。
それは氷が溶けて水に還るように、とても自然なことだった。
「抱いてください……。僕のすべてはレオニートのものです」
毛皮の敷布の上に、そっと身体を横たえられる。晒された結羽の肌は暖炉の灯りに照らされて、煌々と輝いた。
「綺麗だ……。まるで極上の象牙のような、滑らかな肌だ。手のひらに吸いついてくる」
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