第13話

 はっとした結羽に、セルゲイも真剣な眼差しで応える。

「私もぜひとも未知のデザートを味わってみたいです。かき氷について詳しく窺いましょう」

 期待に瞳を輝かせる一同を前に、結羽は必死に記憶を掘り起こしながら、かき氷機のデザイン画を紙に描いたのだった。



 こうして皇帝の命の元、アスカロノヴァ皇国初のかき氷機が製作されることになった。

 注文を受けた鋳物職人は結羽のデザイン画を眺めて話を聞くと、すぐに作業に取りかかってくれた。

 かき氷機はハンドルを回すと、連動したかさ歯車が掴んだ氷の塊を台座の上で回転させる。台座に取り付けられた鉋状の刃で、氷をスライス状に削っていく仕組みだ。

 鋳物のフレームや歯車が着々とできあがり、組み立てられる。結羽もひとつひとつの行程を見学しては、想像どおりのかき氷機になるようお手伝いをした。レオニートも政務の合間に作業場を訪れては興味深げに見入っている。

「ほう、なるほど。梃子の応用というわけか。これなら鉋で直接削るより、遙かに効率的な作業が可能だな」

「すごいですよね。僕もかき氷機から作るのは初めてです」

「かき氷とはどんな味なのか楽しみだ」

 レオニートだけでなく、ユリアンもとても楽しみにしてくれている。結羽は期待に胸を膨らませて機械の製作に携わった。

 そしてようやく、かき氷機は完成した。ハンドルを回すと歯車は噛み合い、試しに入れてみた氷は問題なく回転している。

「後はシロップを作らなくちゃ」

 クリームやジャムは氷とは相性が良くないので、やはりかき氷用のシロップが必要だろう。セルゲイに頼んで、結羽は城の厨房を借りた。

 かき氷のシロップは自作することも、もちろん可能だ。城では温室を利用して自家栽培を行っているので、野菜や果物が手に入る。

 まずは王道のイチゴシロップを作ってみよう。

 真っ赤な苺を潰して砂糖を加え、鍋で煮詰める。濃度を見ながら水を少量足していく。

「うん、このくらいかな」

 味見してみると、濃密な美味しさのイチゴシロップができあがった。

 皆に試食してもらうため、談話室にかき氷機と氷の塊、そして自作のイチゴシロップを用意する。

 かき氷の醍醐味とはやはり、実演にあるのではないかと思う。かき氷を摺り下ろす段階から見てもらおうと考えた結羽はレオニートとユリアン、それからセルゲイを招いた。皇帝の側近として付いてきたダニイルは壁際で気味悪そうにかき氷機を眺めている。

 ユリアンは完成したかき氷機を、瞳を輝かせながら触れた。

「わあ、すごい! ハンドルが付いてる。これが、かき氷を作る機械なの?」

 ハンドル部分が気になるようで、把手を掴む。回してみたくて仕方ないようだ。

「一緒に回してみましょうか。では、氷を入れますね」

 氷の塊を器具に挟んで、ハンドルを握るユリアンの小さな手に自らの手のひらを添える。

 くるくるとハンドルを回転させると、小気味よい音が鳴りだした。鉋が氷を削り取る爽快な音が室内に響く。

「これ楽しい! あっ、見て兄上! 氷の欠片が出てきたよ!?」

 削れた薄い氷が、クリスタルの器に続々と重なり合っていく。それはまるで宝石が零れ落ちるような美しさだった。

 レオニートは少年のように紺碧の瞳をきらきらさせて、器に盛られていくかき氷に見入っている。

「これは面白い。画期的な発明だな」

「僕が発明したわけじゃないですよ。元いた世界に予めあったものなんです」

 瞬く間に五人分のかき氷ができあがった。ユリアンはもっと作りたいとねだっていたが、氷なのですぐに食べなければ溶けてしまう。容器に入れていたイチゴシロップをかければ、煌めく氷が真紅のドレスを纏う。

「どうぞ、皆さん、召し上がってください」

 スプーンを添えて各々に器を手渡す。結羽は緊張の面持ちで皆の試食を見守った。

 美味しいと言ってもらえるだろうか。

 かき氷をひとさじ掬ったレオニートは、優美な仕草で口許に運ぶ。

「うむ。とても軽やかな舌触りだ。氷の清廉な味わいが、シロップの甘みを引き立てている」

「ほんとだ。氷なのにすごく食べやすいよ。かき氷って美味しいね」

 レオニートとユリアンには喜んでもらえたようだ。結羽は表情を綻ばせた。

 料理長であるセルゲイの感想はいかがなものだろうか。彼に目をむければ、眉根を寄せて、ううむ……と呻っていた。

「これは……なんという斬新な発想、革命的な調和。このような素晴らしいデザートが存在したとは驚きました」

 セルゲイは驚嘆して、かき氷への賛辞を述べながら試食していた。どうやら料理長をも納得させられる革新的なデザートだったらしい。ただひとり、ダニイルだけは胡散臭そうな目をかき氷にむけている。

「ダニイルも食べませんか? 冷たくて美味しいですよ」

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