第14話

「俺は結構だ。どうしてわざわざ氷なんか食べなきゃならないんだ?」

 呆れたように肩を竦められてしまった。寒冷地に住んでいる人々にとって、氷は地面を覆っているものだ。食べ物という認識がないのだろう。

 珍しくもない氷なんて見たくもないといったふうに顔を背けるダニイルに、完食したレオニートは笑いかけた。

「ダニイルは素直じゃないからな。後で食べてみたかったと言っても、こんなに美味しいものはなくなってしまうぞ。なにしろ氷だから溶けてしまう」

「陛下の冗談は面白くありませんからやめてください」

 場は笑いの渦に包まれた。ダニイルの分まで食べてあげているセルゲイは、何事か閃いたように表情を輝かせる。

「そうだ、陛下。ルスラーン王国の方々をお迎えする晩餐会で、かき氷をお出ししたらどうでしょう。きっと姫様も喜んでくれますよ」

 ルスラーン王国とは、アスカロノヴァ皇国の隣に位置する国だ。以前地図で見たことがあるが、山岳に囲まれた北方の国なので、アスカロノヴァ皇国と同様に寒い国だろう。

 今後、そのルスラーン王国の人たちがやってきて、晩餐会を催すことが予定されているようだ。近隣諸国との交流を図るのも、国として重要なことだろう。

「ああ……そうだな」

 なぜかレオニートは表情を曇らせている。

 もし晩餐会のデザートでかき氷を出してもらえるのなら、結羽もお手伝いをしてみたい。

「僕にもなにか手伝わせてください。以前は調理師の仕事をしていたんです。かき氷だけでなく、調理もできます」

 セルゲイは喜んで手を打った。

「なんと結羽さんは調理師なんですか! それはありがたい。厨房は手が足りなかったんです。陛下、晩餐会のときは結羽さんにお手伝いをお願いしてもよろしいですか?」

「いいだろう。結羽はセルゲイの補助ということにしよう。無理のない範囲で、手伝うといい」

 了承してくれたレオニートだが、やはりその顔は元気がなかった。先ほどかき氷について語っていたときとはまるで違う彼の様子に結羽は首を捻ったが、セルゲイと厨房についての話に及んだのでそちらに意識がむいてしまう。

 自分にできることを、なにかしたかった。アスカロノヴァ皇国のため、そして、レオニートのために。



 ルスラーン王国から姫君がやってくる。その噂は城内に広まり、結羽の耳にも届いた。

 噂によると、ルスラーン王国の姫はレオニートとは幼なじみであり、久しぶりの再会なのだという。花のように美しい姫君と名高く、これまでに求婚した王や王子は数知れないのだとか。

 城中が異国のお姫様のことで浮かれていた。外は変わらず雪景色だが、城の中だけは様々な花が飾られ、まるで春のような装いだ。

 今宵はルスラーン王国の姫を歓迎するための舞踏会が開かれ、その後に晩餐会が予定されている。結羽は厨房の手伝いに勤しんでいた。晩餐会の最後のデザートとして、かき氷の実演を披露することが決まったので気合いが入っていた。

 異国の人に食べてもらうのは初めてだ。お姫様の口に合うだろうか。今から緊張してしまう。

「結羽さん、ここはもういいよ。舞踏会に出席するんだろう? そろそろ行かないと遅れてしまう」

 料理長のセルゲイをはじめ、料理人たちは厨房を忙しく立ち回っていた。まだ夕刻だが、今夜の晩餐会で給仕する料理は着々と準備が進められている。

 イチゴシロップは事前に作ってあるし、氷もすでに凍らせてある。かき氷の支度は整っていた。

「それでは失礼します。デザートの時間が近づいたら、また来ますね」

 礼をして厨房を出ると、宛がわれている自室へむかう。

 結羽は今夜の舞踏会に出席することになっているのだ。

 皇族でもない自分が舞踏会に参加するなんておこがましいと思うのだけれど、レオニートにぜひにと望まれた。ユリアンも、結羽に傍にいてほしいと言ってくれたので、皇弟の侍従という立場で列席する運びになった。

 侍従なので、もちろん踊る必要はない。

 舞踏会に出席するなんて初めてのことで胸が高鳴ってしまうけれど、心配しなくても、結羽はダンスなんて一歩も踏めない。ただ見学するだけだ。

 宮廷の舞踏会という華やかな世界を少しでも目にすることができる。そのことが胸を弾ませた。

 エプロンを外して、用意してもらった侍従用の衣装に着替える。

 シャツは襟刳りに細やかな襞が付いており、腰には真紅のサシャを巻く。いつもより少々華やかな装いだ。

 そして靴は、レオニートから贈ってもらった金の刺繍が付いた藍色のミドルブーツ。

 鏡にむかって黒髪を撫でつければ、お洒落をした結羽ができあがった。

 仏頂面では困るので、口端を引き上げて笑顔の練習をしてみる。

 意識して笑うのは苦手だ。

 レオニートのように自然に優雅な微笑みができないだろうかと頬に力を入れていると、扉をノックする音が響いた。

 ダニイルだろうか。粗相をしないよう気をつけろと何度も注意を受けたので、またその話かもしれない。

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