第12話

「聞こえてましたよ、陛下。おかげで飲み物係の召使いは、より苦い珈琲豆を求めて世界中を旅したいなどと訴えるようになりました。どうしてくれましょう」

「良いではないか。もっとも、セルゲイがデザートを作成する際に砂糖を控えれば済む話だとは思うが」

 くつくつと喉奥で笑うレオニートは美味そうに苦い珈琲を口に含む。

 純白のコック服に身を包んだセルゲイは得意気に胸を反らした。そうすると彼のコック帽も後ろに反り返る。

「そこで、私は解決法を考えました。新しいデザートを考案してみようとね。その試作品がこちらです」

 彼の中に砂糖を控えるという選択肢はないらしい。

 セルゲイはクリスタルの器に盛られた新開発のデザートを各々の前に置いてくれた。

 その形状を一目見た結羽は瞬きをしてから、首を捻ってしまう。レオニートとユリアンも怪訝そうに新しいデザートを眺めていた。

「ほう、これがそうか。だがこれは……氷ではないか?」

 レオニートの指摘どおり、それは砕いた氷塊の上からジャムやクリームをかけたものだった。豪快なかき氷とでも言うべきだろうか。

 セルゲイは驚嘆の表情で皇帝に言い募る。

「なんと! 陛下にはただの氷に見えますか! アスカロノヴァ皇国におかれましては、氷は最愛の友であります。そして大地の恵みです。私はこの滑らかな食感、爽やかな後味に着目いたしました。氷はデザートとして成立するではないかと……!」

 ユリアンは添えられたスプーンで氷をひとさじ掬い上げた。熱弁を振るうセルゲイに、ちらりと目をむける。

「やっぱり、ただの氷だよね。セルゲイは大げさなんだから」

「そこまで言うのなら試食してみようではないか。ただし二杯目の珈琲は準備しておいてくれ」

 スプーンを手にするレオニートに、セルゲイは意気込みを露わにする。

「どうぞ、御賞味ください。きっとお代わりの珈琲は必要ないでしょう。結羽さんもどうぞ、食べてみてください」

「では、いただきます」

 クリームを乗せた氷をひとくち含んだ結羽は、塊を奥歯で噛み砕いた。

 ガリッ……ガリッ……。

 室内に氷を砕く硬質な音が響き渡る。

 氷塊はアイスピックで砕かれているようだが、大きさにばらつきがある。塊になっているので、どうしても噛み砕かなければ呑み込めず、歯で砕いているうちに舌に残ったクリームの甘さが口の中いっぱいに広がり……溶け出した氷の水分と混ざり合って……とても……。

「おいしくないよ、セルゲイ。奥歯が痛くなっちゃった」

 歯に衣着せぬユリアンの評価に、セルゲイはがくりと肩を落とした。

「なんと……。氷の硬い食感と瑞々しさは楽しめませんか?」

 セルゲイには申し訳ないが、確かに美味しいとは感じられない。氷とトッピングの相性が悪いのだ。塊も大きすぎる。

 レオニートもやはり同意見のようで、早々にスプーンを置き、珈琲に口をつけている。

「セルゲイはセイウチの獣人だからな。牙が丈夫なので氷を砕く食感を楽しめるのだろうが、我々には酷なデザートだ」

 哀しそうに項垂れたセルゲイの口許には立派な犬歯が光っている。彼の獣型はセイウチらしい。それならば氷を噛み砕くのも容易なのだろう。

 折角作ってくれたデザートだ。もう少し改良を加えれば良いのではないだろうか。

 そう考えた結羽は明るい声を出した。

「もう少し氷を薄く加工して、かき氷のようにすれば食べやすいんじゃないでしょうか。かけるものもシロップにすれば舌にざらつきが残らないと思うんです」

 結羽の提案に、セルゲイは首を傾げる。

「かき氷とは、なんでしょうか?」

「えっ」

 どうやら、アスカロノヴァ皇国にかき氷は存在しないらしい。

 寒い国なので、わざわざデザートとして氷を食べるという概念がないのかもしれない。

「僕の生まれ育った国にあるデザートの名前なんです。そういえば、夏に食べるんですよね。専用のかき氷機で氷を薄く削ったものを器に盛り付けるんです。上からイチゴやメロンなどの甘いシロップをかけると美味しいんですよ」

 ユリアンは瞳を輝かせて結羽の話に聞き入っていた。

「それ、ぼくも食べてみたい!」

「簡単に作れますよ。ただ……かき氷機がありませんよね」

 かき氷が存在しないのなら、かき氷機もないだろう。氷を削るなら鉋で代用できるだろうが、ひとり分を作るのにも膨大な時間がかかってしまう。

「その、かき氷機という機械は大型の装置なのか?」 

「いえ、そうでもないですよ。これくらいかな」

 手で示して見せた結羽に、レオニートは口端を引き上げた。悪戯めいた表情に、結羽は瞬きを返す。

「作ってみてはどうかな? かき氷というものを、私もぜひ食べてみたいな」

 そうか。道具がなければ、作れば良いのだ。

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