第7話

「俺の獣型はヒグマだ。他に城に勤めている者の中には、アザラシ、セイウチ、ペンギンなどがいる。おまえは白熊白熊と簡単に呼ぶが、陛下とユリアン様は太古の神獣の血を受け継いだ聖なる血族なんだぞ。本来ならば、おまえのような平民の人間が口を利けるような御方ではない」

 厳しく諭され、結羽は首を竦めて小さく「すみません」と謝る。無知ゆえに、動物園の白熊と同じ感覚でいたが、アスカロノヴァ皇国では神聖な一族なのだ。しかも白熊は皇家のみが受け継ぐ血筋らしい。

 レオニートは項垂れる結羽の肩に手を回すと、朗らかに笑った。

「よい、ダニイル。堅苦しいことを言うな。私は皇帝様、神獣様と無闇に傅かれたいわけではない。結羽には気兼ねなく接してほしいのだ」

「しかし、陛下」

「結羽はユリアンの恩人なのだ。それに異世界より来たばかりで、皇国のことをまだ知らない。だから、これから学べば良いな?」

 肩を引き寄せられて、思わず首肯してしまう。レオニートの精悍な相貌が近すぎて、なぜかまた頬が赤くなってしまい、困ってしまう。

「はい。せっかくユリアンのおかげでこちらの世界に来ることができたので、皆さんのことをもっと学びたいです」

「そこでだ。結羽の怪我も快方に向かっていることだし、やることがなくては退屈だろう。ぜひ、ユリアンの生徒になってはくれないか?」

「はい、ぜひ。……え、生徒? 僕のほうがですか?」

 瞳を輝かせているユリアンは喜びを隠しきれない様子で、座面から立ち上がりかけている。 ユリアンの年齢を考えれば二十歳である結羽のほうが教師だと思うのだが、どうやらこちらが教わる側らしい。

「ぼくがいろいろ教えてあげるね。一緒に本を読んでくれるひとがいたらいいなって思ってたんだ」

「こら、ユリアン。遊びではないのだぞ。きちんと結羽に皇国の歴史や文字を教えてあげなさい」

「わかってるよ、兄上」

 確かにアスカロノヴァ皇国や獣型のことなど、まだ知らないことが沢山ある。

 そういえば城内にはユリアンの他に小さな子どもは見当たらなかった。ユリアンには遊び相手がいないのかもしれない。これは結羽の勉強を兼ねたユリアンの子守ということではないだろうか。

 レオニートを見上げれば、彼は紺碧の瞳の片方を瞑った。茶目っ気のある仕草に、くすりと笑みが零れる。

「よろしくお願いします、ユリアン。僕もがんばって勉強しますね」

「わあい! じゃあ結羽、はじめはこの本を読もう!」

 満面の笑みでお気に入りらしい本を手にしたユリアンと机に移動し、隣り合って腰掛ける。児童書らしいその書籍を捲ると、見慣れない記号が飛び込んできた。

「えっ? この文字は……?」

「ある日の朝、ミハイルはベッドから飛び起きました……。結羽、どうしたの?」

 キリル文字に似たデザインだが、全く読むことはできない。

 そういえば国や文化が違えば言語も異なっていて当然だ。なぜ結羽とアスカロノヴァ皇国の人々の会話が通じるのか、結羽は初めて疑問に思った。

 呆然として文字を眺める結羽に、様子を見ていたレオニートは深く頷いた。

「やはり、結羽がアスカロ語を話せるのは、私の神獣の力が影響を及ぼしたようだ」

「レオニートの力が……? というか、僕は今、アスカロ語を話しているのですか?」

「そうだよ? 始めから結羽はアスカロ語で喋ってたよ?」

 ユリアンは不思議そうに首を傾げている。

 始めにレオニートと話したときの違和感の正体に、結羽は気がついた。

 話す言葉が脳内で変換されているように感じたのは、結羽がアスカロ語をすでに習得していたからなのだ。

「私が抱いて眠ったことにより、神獣の力が結羽の身体に作用してアスカロ語を話せるようになったのだ。しかし学習して会得したわけではないので、文字は読めないようだな」

「……なるほど。言語習得は勉強するのが一番というわけですね……」

「そういうことだ。よろしく頼むぞ、ユリアン」

「任せて、兄上!」

 神獣の力は奇蹟的で素晴らしいものだ。……が、願わくば文字も解読できる状態になっていてくれれば良かったな……。

 微苦笑を零す結羽の前に、ユリアンは嬉々としてアスカロ語の文字から教えてくれるのだった。



 ユリアンの指導による結羽のアスカロ語習得は順調に進められていった。

 外国語を勉強するなんて学生のとき以来だけれど、ユリアンと本を読みながら楽しく学べるので、結羽としても弟ができたようで心穏やかに過ごせた。

 会話は脳内で自動的に変換されている状態なので不思議な感覚ではあったが、その分、文字を理解するのも早かった。

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