第44話 ネズミの執念
竹林を目指して逃走を続ける伊織達は、幻影の村を抜けたところであった。
死霊が群がるかのように何度も何度も伊織達に向かって行く手を阻もうとする人々を、五社が片っ端から殴り倒して道を作っていった。
「せ、先生! 五社先生! 限界!」
由岐が泣き言をいう。
伊織、蔵之助、由岐の三人も、交代で意識の無い陽介を担ぎながら五社の援護をしていたが、無念の道場で死闘を繰り広げた後である。肩で息をし、息は荒れている。
「あと少しで村を抜ける! 耐えろ!」
前から刀を振るってきた男の顔面に蹴りを入れながら、五社が応える。
襲ってくる敵を薙ぎ払い続ける、妖怪じみた五社の動きに、伊織は目を見張り、こんな風にいつか自分も動けるようにならないと駄目なのかと思えば、道程の遠さに気が遠くなる。
村を抜けて、ようやく地蔵の前まで来た時に、襲ってきていた人の群れは、ついに途切れた。
管轄のようなものがあるのだろうか。
村を抜ける時には、無数にいた敵が、ポツリポツリと数が減った。
「何を遊んでいやがる! タマ!」
振り返った五社が、恐ろしい形相で後方の天を睨んだ。
伊織が振り返って空を見ると、そこには、大きなネズミが黒雲に乗って笑っていた。
「無念ネズミ!」
ネズミの前足には、一人の見知らぬ男が掴まれている。
「いや、このネズミが言い出したのじゃよ。人間の姿で刀で戦えと」
ヘラヘラとネズミの手の中の男が笑っている。
ちっと、五社が舌打ちをする。
「え、あれ……タマさん? タマさんって、人間になれたのね?」
「そりゃ……無念が人間に化けられるのなら、タマさんだって出来るんじゃないですか?」
「ええ、まじかよ。だったら、もっと家事とかやってくれれば良かったのに」
由岐、伊織、蔵之助が、やいやいと言いたいことを言う。
この状況で、これほどのんきなのは、五社とタマの指導の結果なのだろう。
「お前ら……もうちょっとだけ、緊張!」
五社が、あまりののん気さに、子どもらを叱る。
「ですが、五社先生。焦っては、見えるものも見えなくなるのでは?」
「ほんと、伊織は生意気だよ」
言い返す伊織に五社は苦笑いを見せるが、どこか嬉しそうで、伊織には不思議であった。
「人間ども、とくと見よ。タマが握りつぶされるところを!」
無念ネズミが、高らかに宣言する。
執念深く恨み続ける無念ネズミは、どこまでもタマ達を蔑むことを考えているようだった。
ミシリ……。
力を入れた無念の前足から、タマの肋骨が軋む音が聞こえる。
タマの表情が歪めば、伊織達が、タマを案じて泣きそうな顔になる。
「タマさん! いい加減にしろ!」
五社がそう叫ぶ声に、タマが高らかに笑う。
「そう急くな。佐内」
タマの体全体が、青い炎になって燃え上がった。
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